第一階層【影囃子の鉱窟】 Ⅰ — 出立 —

 豊かに胸の膨らむ上半身に着込んだのは、あらゆる物理的衝撃を弱めるミストローブ。下には魔導の力を高めるルーンスカートを履いて、靴はあらゆる動きを助けるウィングブーツ。

 左手には甲の部分に竜の鱗を敷き詰めた薄手のグローブを付け、右手には少女の細腕を包んで直径を二、三倍にはしている巨大なガントレットを装着。

 最後に金髪のロングヘアを左右に二房軽くまとめて垂らし、準備万端。


「さあっ! 行きますわよ!」


 街外れにあるネブラティスカ別邸の門前で、アンジェラが高らかに声を上げた。


『いや、行きますわよじゃねえわ』


 そして、姿無き声が即座に否定した。


 ジャネーワの声が聞こえてきたのは、アンジェラの目の前に浮かぶ魔導球体から。相変わらずの幾何学模様は常に変化を繰り返して、まるで意思を持っているかのようだ。

 魔導球体の左右には褐色のゴーレムと、無闇矢鱈にパーツの付いた機械人形が一体ずつ。そのまた横には獅子頭に蝙蝠の翼、サソリの尻尾を振るキマイラが一匹、後ろ足で首を掻いていた。


 彼らはエスク・イニストラードの造りあげた使役物や生物である。ゴーレムが一号、キマイラが二号で、魔導球体が四号。機械人形が五号と呼ばれている。

 この計四体がネブラティスカ別邸の前に出揃って、別邸内のエスクとは交信良好。さあダンジョン攻略に出立しようとしていたタイミングでの、アンジェラの登場だった。


『何? 何しに来てんのお前? 寝惚けてんの? 酔ってんの? それとも、ちょっと頭がおかしい子なの?』

「あらあら、エスク様。この装備を見て分かりませんの? 綿密な調査と研究を重ねて、わたくしにベストな品を揃えさせましたのに。本当にかつてダンジョン攻略をいくつも成し遂げていらっしゃるのかしら?」


 アンジェラは虚空に手を差し出して、ポーズを一つ。それからくるりと回ってガントレットを構え、再びビシッと格好を付ける。


 エスクは呆れて言葉も無く、一つ『はあ』と息を吐いた。


『……格好の意味は分かる。しかし行動の意味が分からん。お前、ダンジョン攻略を『俺に』頼んだんだよな?』

「そうですわ」

『じゃあ何故、お前もついてくる!?』


 アンジェラはやれやれと首を振り、察しの悪い分からず屋にご教授差し上げようという調子で語り出す。


「これはわたくしの熟慮の末の、苦渋の決断なのですわ。確かにこの美を絵に描いたかのような玉の肌、薄汚れたダンジョンに突入させるなど世界に対する裏切り……。しかしもし、あなた様の操るこの子たちだけで攻略を完遂した場合、困ったことになる可能性があるのです」


 語るアンジェラは、再びポーズを決めると一時停止。

 魔導球体の向こうからはエスクが飴玉を転がす音をさせて、続きをだらだらと待っている。それから『ああ』と察して、


『……その心は?』


 面倒臭さを隠すことなく、形ばかりの合いの手を入れた。


「もし、この子たちだけで攻略された場合、お父様がエスク様を攻略者として扱う可能性があるでしょう?

 その場合、ダンジョン攻略の報酬として、わたくしを娶るのはエスク様ということになりかねません。お父様とて、エスク様が庶民といえど天才魔導術士として高名なことはご存じのはず。大喜びで婚約を用意する可能性は十二分」


『はあ。まあ、大体分かったけど』

「ちょっ、ちょっとお待ち下さいませ!? わたくし最後まで言ってませんわよ!」

『いや説明とか一々いらないから』


 エスクの冷めた態度にアンジェラは頬を膨らませて、


「むー、だったら分かったことを言ってみて下さいまし! 本当に正解かどうか答え合わせして差し上げますわ!」


 挑戦的な言葉を投げかける。


『だからさー。ダンジョンをお前自身が攻略したってことにするんだろ? 俺の存在はまあいずれバレるとしても、それはそれ。あくまで主体がアンジェラ・ヴィズ・ネブラティスカなら大丈夫。本人と結婚できるわけはない』


「ぐっ……そ、その通りですわ」


『んでお前も、爺さんから教わって、ちょっとは魔導の心得があるわけだ。魔導系の増幅をする装備に、術式用のガントレット。まあ侯爵令嬢のレベルじゃたかが知れてるが、お前からすれば足を引っ張らないくらいの自信はあるってとこか』


「…………む、むう……だ、だいたい当たってますわね……」


 図星中の図星を突かれ倒し、アンジェラは口を尖らせながらよそ見を一つ。


『ま、別にいいよ。俺も一緒にダンジョンに入る人間は居た方がいいと思ってたからな。ダンジョン内で他の冒険者と鉢合わせた時に、面倒になるのを避けられることはありそうだし』

「でしょう? わたくし、やっぱり必要ですわよね!」

『それで、お嬢サマの魔導の実力はどんなもん?』


 言われて一瞬、アンジェラが固まった。そして視線を横にそらす。


「…………き」

『き?』

「き、基本の術式は一通り……あとは、轟雷の真術式くらいなら……」


 魔導球体の向こうで、エスクが『ふっ』と小さく声を出した。


「あー! あー! 今笑いましたわね!? 笑いましたでしょう!?」

『んんー? 気のせいじゃねーかなー。あっはっは。冒険者としてはまあ悪くない線は行ってるよ』

「その言葉、絶対に本気じゃないでしょう! 馬鹿にしてますわ、絶対してますわ! そりゃあ? あなた様は天才でいらっしゃるのですから? 秘級の術式まで自在に扱えるのでしょうけど? でもわたくしだって、中々の才能だとお祖父さまも言ってらしたんですからね!」

『いやあ、実際その歳で考えれば悪くない実力だよ、お嬢サマ。装備も金持ちなだけあって高品質だし、しばらく足は引っ張られずに済むかもな』


「当っ然ですわ! わたくしこの日のために準備してきましたもの! さあ、もう参りましょう。すぐに参りましょう。あ、もちろんいざという時はあなた様が護って下さるんですよね? 天才様でいらっしゃいますものね?」

『現役の時なら余裕だったけど……ま、気は配っとくよ』

「では決定ですわね。さあ、いざダンジョン探索に出発です!」


 意気揚々と歩き出したアンジェラの背中を魔導球体の像写水晶越しに眺めながら、エスクは一言、


『何だかんだ理屈付けてるけど、多分ダンジョン潜りたいだけだな、あれは。……観光で行くような場所じゃないんだがなあ』


 呟いてから、ゴーレムたちもアンジェラの後を追った。

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