辺境の万能術士 Ⅲ — 契約 —
「んだよ、案外しけてんな」
晴れやかな空の下、裏庭にずらりと並べられた武器類――刃こぼれした数本の剣、柄の先にヒビの入った斧、無数の切れ味悪そうなナイフ――に加えて、少しばかりの装飾品――不細工なエメラルドが付いた指輪や、金銀の腕輪――等々を眺めながら、エスクは軽く舌打ちした。
周囲には紙の鳥が何羽も飛び回り、足元にはずんぐりむっくりの小さな絹人形たちが、えっちらおっちら先の武器や装飾品を運んでいる。
彼らはエスクの前にそれらの品々を置いては、調達場所へ戻って回収するのを繰り返す。
その調達場所とは、裏庭に無造作に積み重ねられ、瀕死で泡を吹いている盗賊たち。
即ち。つまるところ。エスクがこの絹人形たちを操り行っているのは、重傷に追い込んだ盗賊たちに対する追い剥ぎだった。
「相変わらずの外道ぶりですね、ご主人様」
追い剥ぎも終盤に差し掛かったところで、傍らに佇むメイドの六号が、咎めるというよりは褒め称えるような口調で言ってきた。
「当然の権利だろ。元の持ち主もいるんだろうが、こんな雑魚にやられるのが悪い」
「金目のものを物色したら、いつも通り街道に放置ですか?」
「街の憲兵まで持っていって説明するのも面倒だしな。まあ、うろついてる狼にでも食われるかもしれないが……、そうなったらなったで大自然の摂理ってやつだ」
一通り物色を終えたのか、絹人形たちがエスクの前にひょこひょこ集まって整列を始める。
口は無いので喋りはしないが、少なからずの知性はある。一、二、三、四と手を挙げて、点呼確認。ご主人様の指示を待っている。
「よし。じゃあ七号、改式連[物品/移動/倉庫]。あと一号、改式連[重傷者/移動/街道]。――って感じで。俺らは戻るか、六号」
「はい。かしこまりました」
命令を受けた絹人形たちは武器や装飾品を運び始め、ゴーレムは盗賊たちをひょいひょいと肩に載せていく。
そしてメイドの六号は、エスクの車椅子を押して家の中へ。
「お嬢サマ、あんたも部屋ん中に戻ったらどうです。そろそろ迎えが来るでしょう、本物の方が」
裏口に入りかけたところで、声をかけたのはアンジェラに対してだった。真昼の日差しに腰まで伸びた金髪を反射させながら、先ほどからずっと押し黙ったままでいる。
口を開いては残念になる少女だったが、言葉を発しないからといって賢くなるわけでもないらしい。ぽかんと呆けた顔のまま、時間でも止まったかのように動かない。ずいぶん驚いた様子だったので、あんまり魂消すぎて本当に魂まで消えてしまったのかもしれない。
まあ、黙ってくれる分には静かでありがたい。エスクは裏口から部屋に戻ると、飴玉をポーンと投げ上げ、ひょいぱく――
「エスク様ぁああッ!」
早くも恒例となりつつあるけたたましい絶叫が、またも家の中に響き渡った。
口の中に狙いを定めていたはずの飴玉が驚いたエスクの額に当たり、うおっ、とっ、とっ、と両手を振り回すたびに、右へ左へ宙を舞う。
そして見事にキャッチ。したのは六号で、ふぅと息で吹いてから、はい、あーん。とエスクの舌の上へと直接置いてきた。そして少しだけ舌に触れた指を、六号は嬉しそうにぺろりと舐めてから、微笑む。
前から思っていたが、お前ちょっと気持ち悪いぞ六号。
「……で、何ですかね。急に大声あげて」
エスクが身体をひねって入り口にいるアンジェラに向き直ると、
「何だではありませんわ、何だでは! 何だというより何ですの、アレは!」
開けっ放しの扉の向こう。盗賊を回収して動き出すゴーレムを指差しながら、アンジェラは叫んだ。
「何って、どう見てもゴーレムですが」
「では、コレは!」
続けて、部屋の中で幸せそうな顔で寝転ぶ獅子頭を指差す。
「これもどう見てもキマイラでしょうよ」
「ならば、さっき光の矢を放ったアレは!?」
次は鋼鉄で造られた人形を指差す。今は砲塔を背中から丸出しにして、冷却モードだ。
「古代兵器の機械人形。いくつか可変機構を付けたはいいものの、おかげでよく壊れるから作り直そうか迷ってるとこ」
「じゃあ、このこのこのこのこの子たちは!?」
エスクとアンジェラの目線の間を、紙の羽で横切る鳥の姿。それぞれ数体がかりで、よいしょよいしょとボロの剣を運ぶ、無数の絹人形。
それらをアンジェラは指差し差し差し差しまくってから、ばあっと手を広げる。
「そいつらは式神ってやつですよ。増やすの簡単なんで、今は結構な数がいるんです」
「でしたらアレは!? あとソレは!?」
宙を浮かぶ幾何学模様の球体と、浮かび上がるビジョンを指し示す。
「魔導球体と像写水晶……だったかな。どっちも文献を漁って造ったけど、正式名称は知りませんね」
聞いてアンジェラはいよいよふらふらと、めまいでもしたかのように壁へと寄りかかる。
「……ええと、ゴーレムに、キマイラに……機械人形と式神、それに魔導機械……? これら全て、あなた様のものですわよね……? エスク様、魔導術士としての腕は存じておりましたが……一体どれだけの技術を持ってらっしゃるの……?」
「どれだけって言われてもねえ……。えーと、刻印術と、邪導術と、機工術、魔導術、陰陽術に錬金術……あ、そうそう。一応こいつもホムンクルスですよ。家の管理する奴が欲しかったもんで。なかなか上手く出来てるでしょう?」
主人に紹介された六号はくるりアンジェラに向き直って、スカートの裾をつまんでうやうやしく礼をする。
「改めまして、私ホムンクルスメイドの六号と申します。ご主人様のお食事から掃除洗濯夜伽まで、身の回りのあらゆるお世話をこなせるようにと日々精進しております」
「お前、今ちらっと聞き捨てならないことを言ったな」
「ご希望があればと、毎晩用意だけはしております。私のベッドにあるイエスノー枕はいつでもイエスでございます」
「いやいや待て待て! 俺はそんな機能を付けた覚えはないぞ!? 何を言っている!?」
「左様でしたか? しかし私は毎晩ご主人様を思いながら、慰めるように自らの秘――」
言いかけたところで、エスクは六号の頭をひっぱたく。
「…………私は暴力的な行為でもどんと来いです」
「くそっ、全然動じねえ、こいつ!」
二人が夫婦芸人のごとくに下世話なやりとりをする横でアンジェラは、
「そうだったん……ですのね」
ふらり、ふらりと長椅子まで歩き、エスクの人形たちより、よほど機械的に――すとん。座ってから、じっと虚空を見つめ始めた。
唇は細かく動き、何やらぶつぶつと呟いている。これはついに、今度こそ完膚なきまでに気をやってしまったか。
なんて思っていると、突然笑顔がぱあっと輝き、
「こぉっれぇですわぁああああああッッ!!」
またしても巨大なシャウトを打ち上げる。
しかし何度も同じ轍を踏まないのが、エスクが天賦の偉才たる所以。今度はすでに指で耳栓をしていた。……のだが、それでも頭の中まで音が響いた。うん。この作戦は失敗である。
「ああもう、毎回毎回うるっせえな! 今度は何だバカ女!」
「これこそが最後にして最良の手段ですわ! エスク様、エスク様! わたくしあなたにお願いがあるのですが――」
「こいつらは貸さんぞ」
即言い切ったエスクに、アンジェラが分かりやすいショック顔をする。
「ええッ!? いえ、というかエスク様、わたくしの考えが――」
「分からいでか。どうせこいつらにダンジョン攻略を任せたいってんだろ? それが嫌だから黙ってたのに、バレたからってホイホイ貸し出すと思うか、阿呆が」
次第に口調が崩れていくエスクの全否定に、嫌々をしながらアンジェラは猫なで声を出す。
「冷たいですわあ~! つれないですわあ~! どうせあなたがやるわけではないんだから、いいではありませんのぉ~!」
「俺がやることになるんだよ結果として。六号は別だが、あいつらの大半は俺が命令しないと大して動かないんだから」
「だったらあなた様が手伝ってくださればいいでしょう? 未来の国王夫人に恩を売れますわよ! 報酬だってしっかりたっぷり、前払い後払い出世払いの三回払い! これはお得! ――というか、こうなればもう首を縦に振るまで帰りませんわよ!」
頑としてノーを突きつけるエスクに負けじと、アンジェラは矢継ぎ早に言葉を続けていく。
「何が足りないんですの? お金? いくらでもどうぞ。宝物? ご自由に。出せるものなら、何でも出しましょう。わたくしの持つものなら何でも捧げますわ。……それでも駄目なら、そうですわね……危険な使役生物たちを造って、国家転覆を謀っていると触れ回ってやりますわよ! あるいは怪しげな実験に手を出して、年若い少女を造っては夜な夜なSM行為に走っているとあなたのお知り合いにバラしてしまいますわよ!」
「最後は誤解だし、途中からは単なる脅迫になってんぞ」
「それだけわたくしは追い詰められているのですッッ!」
机を叩いて、アンジェラはまたも叫んだ。
肩でハアハア息をして、いい加減に嗄れそうな喉に唾をごくりと飲み込む。それから小さく首を振り……
「どうしても……そんなに駄目だと言うのなら……」
座ったままのエスクに、アンジェラは前から寄りかかるように縋りついてきた。そしてドレスの胸元をすっとゆるめる。
「こうなれば……覚悟を決めますわ。どうせこれが駄目なら、馬の骨に売られる身。ならば十四になったばかりのこの清らかなる身、いっそあなた様に捧げてでも……」
細い指先を震わせ、頬を紅潮させながら、アンジェラはエスクの鼻先に、切ない吐息を漏らしてくる。
開いた胸元からは、乳房の谷間が露わに。アンジェラはその胸元をさらに大きく広げると、一つ一つボタンを外し、真っ白な両肩が見えるようにドレスを緩めていく。
身体を小さく震わせながら、恥ずかしそうに伏し目がち。その顔は明らかに初心で幼い少女のそれで、今のアンジェラは玉の輿だ酒池肉林だと調子づいていた先ほどとは、まるで様子が違っていた。
そこでエスクは、成る程と気付いた。
さてはこの少女、実は単なる耳年増なのだ。胸部周辺こそずいぶんと成長してきているものの、身体は今もって発展途上。ましてや精神ともなれば、熟すにはまだ早過ぎる。
そう考えれば、玉の輿の件についても、夢見がちな思春期の少女にはよくある希望的観測。実感を伴って言っているかどうか、疑問を差し挟む余地は山ほど見えてくる。
もちろん、全てが嘘ではないだろう。しかし本音のところを見るならば。
ただ単に誰とも知れない冒険者との婚姻が、不安で仕方ないだけなのではないか。恋心も知らない年若い少女が、愛と操の向ける先を見失って、ただ怯えているだけなのではないか。
……だとするならば。
片田舎に暮らすへそ曲がり相手に、いつまでもこのままストリップをさせておくわけにもいかないか。
「あのな、アンジェラ。もう出せるものがそれしか無いのかもしれないが、ここは一旦冷静になって……」
諭す言葉の一つでもかけようとしたところで、不意に言葉が止まった。
エスクの視線の先にあったのは、アンジェラのふっくらとした白肌の双丘――ではなく。その谷間に挟まれた、一つのペンダント。
奇妙に濃い赤色に、特異な刻印。どうやらこれまではドレスの内に隠れていたらしい。
「…………おい。そのペンダント、どこで手に入れた?」
「……ん……何ですの? 今はそんなところでなく、もっとわたくしの身体を見て――」
「いいから答えろ。そのペンダントをどこで手に入れた?」
急に低くなった声色に、アンジェラは一瞬怯えた顔を見せる。
それから小さく「何ですの……せっかくこのわたくしが、世に二つとない美しき肢体を見せて差し上げているというのに……」ブツブツ愚痴を言ってから、答える。
「これはお父様にもらったものですわ。二年くらい前になるでしょうか。『とても貴重な御守りだから、肌身離さずに持っているように』と。そう言われたものですから、寝る時も沐浴する時も身に付けて……いるのですけれど、あの……どうなさいましたの?」
エスクは胸をぎりぎりまで見せたアンジェラを前に、しばし考え込んでいた。
カラ、コロ、と、口の中に動く飴玉の音だけが続いていく。
そして。
「……よし、気が変わった。ダンジョン攻略、引き受けてやるよ。報酬はもちろん貰うが、追加でそのペンダントを寄越せ」
「ふえ!? ええと…………えっ、ええっ!?」
エスクの突然の変心に動揺を隠せず、アンジェラはさらに「え」と「え」と、加えて「え」と「え」を繰り返す。
「何だよ、不満か?」
「とッ!? ととと、とんでもないですわ! ペンダント。はい。このペンダントですわね。どうぞどうぞ、差し上げますわ。言いつけは破ることになってしまいますけれど、お父様もきっとお許しくださるでしょう。さあ、ではこちらを――」
「待て。今はいい」
ペンダントを外そうとしたアンジェラの手を掴み、その柔らかい胸にぐいと押し返す。
それから、とんとんとまたふわふわした胸を叩いて、
「とにかく、しっかり持ってろ。それは、後で、もらう」
念を押すように言った。
「え? は、はい。分かりました……ですわ……」
狐につままれたような顔のアンジェラは上目遣いに、こちらの表情を窺ってくる。
綺麗な碧の瞳をぱちくり。自分の頬を摘まんで、痛みに顔をしかめてから、改めて口を開いた。
「…………あ、あの……ほ、本当に? 本当に受けて頂けるんですの?」
「こんな状況で嘘なんか吐くかよ。さて、そうと決まれば善は急げだ。六号、用意を」
「はい。かしこまりました」
小さくお辞儀をして、六号が部屋を出て行く。
その間、アンジェラは態勢をそのままにまばたきだけを繰り返して――それからぱあっと、花のような笑顔に変わった。
「あ……! ありがとうございますわぁっ、エスク様!」
喜びの声を上げながら、アンジェラは涙ながらに抱きついてくる。はだけた身体をぎゅうぎゅう押し付けて、頬を頬でさすってくる。
「おわわッ! いきなりそういうことすると危ねえ! って――」
言いかけたところで、予感的中。
アンジェラが「ふわっ!?」態勢を崩して、「うおッ!?」エスクがとっさに机に手を伸ばして二人分の体重を支える。
保った! ――と、思ったところで、ギリギリのところまでめくれていたアンジェラのドレスが、するり。ついにずり落ちて、たわわな乳房がその先端まで全て露わに。
「ふ、ふぇッ!? やっ、だ、ダメですわ……っ!」
慌てて身体を持ち上げようとしたところで、アンジェラの足元が滑り、
「んぶっ――!?」
エスクの顔に思い切り、その露わになった双丘が覆い被さった。
ふんわりとした感触が顔を包み込み、そしてしばしの間、互いに凍り付く。
「………………うん。まあ、なんだ。……今のは事故だ、あまり気にするな」
それから努めて冷静に、エスクはマシュマロのごときそれを掴んで、顔から引き剥がす。
結果、先ほどとは別の理由で涙目になったアンジェラの、湯気でも噴かんばかりに真っ赤な顔が目の前に。
そして、
「……ご主人様ぁ。それ、あとで私もやらせてもらってよろしいですかぁ…………?」
扉の影から六号がこちらを、冥界から現世を覗く亡霊のように、恨み妬みのこもった目で見つめていた。
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