第16話 門出
「白蓮様、荷物はこれだけでよろしいでしょうか」
「…はい、よろしくお願いします」
白蓮は都から来たという高貴そうな衣を身にまとった男に片手で持てるくらいの自分の手荷物を取られるように渡すと、未だ追いつけていない頭でボーっと今起こっている状況を整理する。
気絶して目が覚めるとすぐ、翔輝たちから消えた妖の事、操られていた村人たちがなんの異常もなく目を覚ました事、翔輝の身元の事、それから『鬼』の存在の事――…様々なことを聞かされた。
正直、翔輝の本当の身元を知った時は無言で血の気が引かせたが、その後の鬼の話を聞いての白蓮の第一声は
『鬼って、…いたんですか?』
だった。
秋嵐と水晶という名の男女が「お前だよ」という顔で凝視してくる中、翔輝が笑顔で『だから都に一緒に来てほしいんだ』と有無を言わせぬ笑顔で周囲にあった白蓮の荷物をまとめ始めたため、翌日早朝にやってきた都の使者たちに荷物を渡すという状況に陥ってる。
(鬼……)
白蓮たちの住むこの麗真国が建国された時以降、王と精霊の加護を受けた四人と共に国を守ってきた存在。その姿は人間と大差ないが、白に近い銀色の髪に紅色の瞳が特徴で、何より飛びぬけた運動神経と生物の負の感情から生まれた陰の気を吸収できるという能力から、陰の気が集まって生まれた化け物――妖から進化し唯一知能を持つようになった存在と世間で言われている。
翔輝の話によると、陰の気を吸収し得た鬼の力は人を陰の気の脅威から守るためには必要不可欠であったはずなのに、今から12,3年前に鬼の一族が都から突如姿を消したのだという。彼らがひっそりと住んでいた村さえも痕跡を失くすように焼かれていて、そこには誰もいなかったらしい。
『お前ら鬼の一族は俺たちを裏切り、王と国を守る責務から逃げやがったんだ』
秋嵐が憎々しく吐き捨てるように言った言葉と、水晶の冷ややかな目から精霊の加護を受けた者達は鬼を心底嫌っているという事実がうかがえる。
(彼らの言うその鬼が、私……?)
信じられない。なにせ、容姿すべてその特徴とあっていないのに、なぜ自分が鬼だと確信を持っているのかが未だに理解できていなかった。
しかし同時に心の中でほっとしている自分もいた。
自分の記憶にないことをささやき恐れる村人たち、そして昔から異常なほど早い自分の治癒能力――。
最初は祈祷師の素質があるからという婆様の言葉を信じていたが、それでも自分が祈祷術が使えるただの人間だけではないのかもしれないという事には気づいていた。けれど認めきれていなかったのだ。認めてしまえば、人間として生まれて育ってきたと思っていた自分が今まで信じていた――普通の人間でないということを認めてしまう事だったから。それはとても怖くて、存在そのものを疑い拒否する。そんな恐怖に取りつかれたくはなかったのだ。
白蓮には幼少の頃の記憶はない。
(12,3年前なら私が4,5歳の頃か…?)
幼少の記憶のない自分、消えた鬼の一族とその集落、時々消える記憶、異常な治癒能力。全てを総合的に見れば間違ってはいない…のかもしれない。
そこまで考えがまとまって、白蓮はフーッと一度無意識にためていた空気を吐き出し、少し寂しくなった家の方を見る。
(少なくとも今言えることは、ここにいても仕方がないという事。妖も消えた今、この村を守る必要もなくなった。)
『一緒に来てくれ、白蓮。都は広いし、きっとお前も気に入る』
鬼を探し求めて来たくせに、鬼の自覚が皆無の白蓮を見つけても無邪気に笑いかけてそれでもと必要としてくる、変な人。
(…いや、変なのは私の方か)
白蓮は自嘲した後、家の隣に小さく作った簡易的なお墓に近づいて笑みを浮かべた。
「婆様、少し都に行ってきます。自分が何者なのか、知るためにも」
いつの間にやら傍でその様子を見守っていた
「
「
「……優祥?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ振り返ってみると、場違いな人の数と、立派な馬車を見て若干居心地悪そうに顔をしかめている優祥が右手を軽く振って白蓮に近づいてくるところだった。
「どうしてここに?」
「なっ!別に、来ちゃいけないわけじゃないだろ?!」
「え、はい。まぁ、そうですけど…」
フーッフーッと息を荒くする優祥に白蓮は軽く目を見開き呆然とする。すると、その様子に気づいて冷静を取り戻した彼は食い気味だった体勢を戻して軽く咳払いすると、口元をもごもごさせて小さく何やらつぶやいた。
「え? すみません、聞こえなかった」
「…ッ! だ、だから! 色々、悪かったって……いや、謝って済む話じゃないことは分かってるけど、あんなお前が傷つくようなことをたくさんしてきたのに、あの時助けに来てくれて、…その、あ、…ありがとうって、…伝え、たくて…」
「………」
「…ッだー!もー!!なんか、言えよ!!いや、言ってクダサイ!!」
「え、うん?いや、色々怖がらせたのは私の方なので気にしないでください。むしろ、また怖い思いをさせた…んですよね。すみません、そのあたりの記憶がなくて」
「記憶がないって…、お前それ大丈夫なのか?」
優祥は目を見開き、不安げな顔になる。白蓮はこういった顔にとんと弱い。
なんと答えれば不安げな顔を取り除けるの考え、でもよい案が出てこず言葉を詰まらせた後、苦し気な顔のまま首を軽く傾けてを浮かべて言った。
「…おそらく??」
「おそらくって…。ハァー、なんだよ、それ」
気の抜けるその返答に、やや強張っていた優祥の肩が落ち、呆れ笑いを浮かべた。笑みの種類はどうであれ、不安げな顔を取り除けたことに白蓮は安堵した。
「お前、やっぱり行っちまうんだよな?」
「はい。ちょっと自分を知りに」
「……って来…よ」
「え?」
またもやボソッとつぶやかれた言葉に、白蓮は目を見開き優祥を凝視する。一方の優祥はやや頬を赤らめて、「別にお前が嫌ならそうしなくてもいいけど」と続けた後、今度こそ真正面から白蓮の顔を見据えて
「俺はいつでもここで待ってるからな」
と静かに、でもはっきりと伝える。
白蓮は何も言わず、ただ優祥を見つめ続け、先に照れた優祥は視線を外して早口で言った。
「村の奴らも、お前がずっと俺らを守ってくれたことを知って感謝してたんだ。それから、お前を化け物呼ばわりしてきたことも、…怪我をさせちまったこともめちゃくちゃ悔やんで、反省してた。だから、お前は俺たちをどう罵ってもそれが当然だし、むしろそれ以上のことをしたって俺らは受け入れる覚悟はある。……白蓮を傷つけてきた俺たちが言える義理じゃねぇけど、都暮らしが嫌になったらこの村に帰ってきたらいい。そん時は、村全体でお前を歓迎するよ。だから」
「ありがとう」
「え……?」
(婆様、私はもう一人じゃなくなったみたいです。だから、どうかもう暗闇の世界に取り込まれずに安心して眠ってください)
『白蓮、ごめんねぇ。1人に、させてしまうね。本当に…ごめんねぇ』
今までずっと消えなかった婆様の言葉。やっと、安心させてあげられるからか、ただ村の人たちにまた受け入れられたからなのか、久しぶりに感じる胸いっぱいの嬉しさが白蓮の顔を緩ませる。
「ありがとう、ございます。優祥」
はにかむような花笑みに、優祥の顔も穏やかなものに変わる。
「おい、いつまで話してる。さっさと乗れ」
ほんわかとした空気をぶち壊すように、秋嵐が不機嫌そうな声でそう言う。優祥はその言葉にムッとしたのか、秋嵐を睨むと今にもつかみかかりそうな勢いで腕まくりを始めたので、白蓮が静かに制止した。
「なぁ、本当に都行って大丈夫なのかよ。あいつになんかされたら…」
「大丈夫です。嫌いな奴にわざわざ何かしてくるほど暇ではないでしょうし。…では優祥。わざわざ来てくれてありがとうございました。そろそろ出発するようなので私は行きます」
「あぁ。さっきの言葉忘れるなよ」
「えぇ。では、また」
「おう、いってこい」
白蓮は踵を返し、遠くで手を振っている翔輝のもとへと近づく。白銀とともに誘導されるまま翔輝と同じ馬車の中に乗せてもらい、温まった胸元を軽く抑えすぐ隣で体を丸める白銀の毛を撫でてやる。
そんな時――
「おーーーい!!」
「…?」
窓の外から声が聞こえて白蓮は白銀の毛を撫でていた手を止め、窓から外へと視線を移す。すると、やや遠目で手を振ったり、頭を下げている村の者たちが見えた。
(なんで…)
わざわざ家から出てきてくれたのだろうか。優祥はああいってくれたが、よく思っていない村の人だってまだいてもおかしくない。それなのに馬車の窓越しに見える全員がいるのではないかと思えるほどの人が見送りに来てくれていたのだ。
そんな信じられない光景に白蓮は思わず唇を噛みしめ、少ししてから何事もなかったかのように視線を馬車の中に戻した。
見送りに来てくれた村の人たちの姿が徐々に小さくなり、消えていく。
「手、振り返してやらなくてよかったのか」
「はい」
「そうか。……よかったな、来てくれて」
翔輝がいつものような優しい眼差しで、気持ちよさそうに目を閉じる白銀の毛をうつむいた態勢のまま撫でている白蓮を見る。
「はい」
小さく、けれどはっきりと答えた白蓮の声が馬車の中で振動する。
(もう一人じゃない)
大切な人たちを思いこみ上げてくる温かな気持ちを胸に、白蓮はこれから波乱な場所になるであろう都へと向かったのだった。
☯☯☯☯☯
人が多く賑わうこの国最大の地――都。その中央には、
「ざわついている…」
1人の黒髪の青年が読んでいた本から顔を上げ、髪色と同じ混じり気のない漆黒の瞳で部屋の中で唯一光を放つ窓の方を見つめる。
「うげ、またこんな暗い部屋ン中で書物読んでたのかよ。まったく書物なんて読んで何が楽しいのかねぇ。ま、こっちは探す手間が省けるからいいけど」
「放っておけ。そういうお前はまた朝からずっと鍛錬していたのだろう、
瞭牙と呼ばれた黄みがかった白髪の青年は「まぁな」と言って肩を軽くすくめさせると、あちこちにある書物のタワーを倒さないように器用に避けつつ彼のもとへと近づく。
「で? ざわついてんのは大地か?
黒苑と呼ばれた青年は、相変わらず耳がいいと感心しつつ、「あぁ」と短く答えた。
脳筋頭の瞭牙が気付くということは、彼の風もこちらに向かってくる者に反応しているのだろう。
(皇子が連れてくる者が吉とでるか、凶とでるか。一体どんな奴がくるのだろうな)
「どんな奴が来るんだろうな。 あ、都についたらまず手合わせだな! どんくらい強いか早く確認してぇ!」
「………」
隣で目を輝かせわくわくしている同期に黒苑は、脳筋馬鹿が増えなければいいがとため息を漏らすのだった。
鬼の末裔 雪珠 @amayuki_ten
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