第4話 禍を転じて福と為す

 家康の行動を把握していたはずだった。


  「それにしても、家康の奴、遅いな」


 幸村が家康暗殺の実行日に選んだ11月28日は、苦肉も激しい雨が降り、非常に寒い日になった。家康陣営は、幸村の意図を知るはずもなかった。


 「家康様、本日の巡視は取りやめられては」

 「何を言う、そのような隙を設けて如何する」

 「ごもっとものことで御座います、が、この天海、胸騒ぎが止みませぬ。ここは私を信じ、お聞き届けを」

 「胸騒ぎとな…そなたの勘は当たる故にな」

 「今までも幾度か、私の勘は的を得ております。その勘が、家康様の危機を知らせておりまする」

 「…あい分かった。ここはわしが折れるとするか」

 「有り難きこと」 

 「しかし、巡視の目を緩める訳にはまいらんぞ」


 そこで本多正純が言い放った。


 「ここは、私が参りましょう」

 「そうか、くれぐれも気を付けよ。天海の勘は当たるでな」

 「肝に銘じておきまする」


 高齢の家康を心配し、南光坊天海と本多正信が巡視を中止させ、父・正信の指示を受け、正純が巡視を代行した。

 

 「若様、参りましたぞ」

 「来たか」 

 「あれは…家康なのか」

 「あの旗は、本多正純ではあるまいか」


 何故、この日に限って…幸村らは落胆の色を隠せなかった。


 「本多正純でも良い、ここは討ち取って手柄に致しましょう」


と、兵たち幸村に進言した。


 「いや、家康でなければ討っても意味がない」


 勝負師としての幸村が、この間の悪さを嫌い、暗殺を未遂とさせた。幸村の立てた徳川家康暗殺計画は、南光坊天海と本多正信の家康への提言によって、未遂に終わらされた。


 大助が、極秘の暗殺計画を後藤又兵衛にだけ書面で知らせていたのは、虫の知らせだったかも知れない。

 慶長19年(1614)12月のとある日、徳川家康が大坂城の南側を巡視した時のことだった。


 「あれは、家康ではないか」

 「間違いない、家康だ」


 家康を発見した豊臣方の兵は、家康を射止めようと鉄砲を構えた。偶然、後藤又兵衛は、そこに出くわした。 


 「何をしておる」 

 「これは又兵衛様、あれに見えるは家康、この好機を逃す訳には参りませぬ」

 「いや、待て」

 「何故、お止めになりまする」

 「あのような名将は、鉄砲で討ち取るものではない」


と、厳しく言い放ち、撃ち方を止めさせた。もし、これが又兵衛なく、幸村だったら…歴史とは面白きもの。


 幸村の行動は、膠着していた時の針を動かした。

 徳川暗殺未遂の翌日、11月29日未明。蜂須賀至鎮、池田忠雄、石川忠総ら徳川方の各隊が、博労淵の砦を水路と陸路に分かれて豊臣方の蒲田兼相隊を急襲した。その際、兼相は、神崎にある遊郭で遊女としっぽり、しけこんでいた。大将が色事に励み留守にしていたため、兵の統率がとれず、呆気なく敗走。徳川方は苦労をせず、博労淵砦を陥落した。

 大坂城の西では、野田・福島に豊臣衆の大野治胤が守る野田砦と福島砦も徳川方によって、陥落。豊臣方は、体制を立て直すため、徳川の進行を阻止するため、船場と天満に火を放って、総構えの外にいた兵を急遽、大坂城内へ戻した。

 これにより、真田丸だけが総構えより外に出る唯一の豊臣方の砦となる。真田丸付近の徳川方の布陣は、正面(南側)には前田利常隊、東側に南部利直隊・小出吉英隊・水谷勝隆隊、西側は井伊直孝、その隙間を埋めるように松倉重政隊・榊原康勝隊・桑山一直隊・吉田重治隊・脇坂安元隊・広沢広高隊が配備され、豊臣方の鉄砲から身を守るための竹を束ねた盾を隙間なく設置し、睨みを利かせていた。


 慶長19年(1614)12月2日12、大坂城を包囲していた徳川方は、大砲の射程距離を有効に生かす為、大坂城へと進み始めた。


 「急進してはならぬ。敵方の直接攻撃に備えて堀を作り、土塁を築いた上で大砲で攻撃せよ」


 家康は、兵たちの高まる気持ちを抑え、慎重に行動するようにと、釘を刺した。前田隊は真田丸正面まで前進し、砲撃用の簡易砦を築き始めた。


 「若様、如何致します。敵はすぐ、そこまで来ておりますぞ」

 「そのようだな」

 「如何なされる、このままでは大砲の餌食に」

 「焦るではないぞ。よく見ろ、前田隊を」 

 「せっせと土塁を築いておりますが、何か」

 「どこを見ておる。目先に惑わされ、本体が見えぬか」

 「本体とは…ああああ、なるほど」

 「分かったか、では、我らの力を見せてやろうぞ」

 「お~」


 幸村は、戦線に張り出している篠山などから部隊を前田隊本体へと出撃させた。前田隊は、土塁を築くため、土木作業に多くの人員を割いた。手薄になった前田隊本体を一気に真田隊は、攻めた。


 「うおおお~」


 大声と騎馬が起こす砂煙で土塁を築いていた兵は慌てて、自らの陣営へと戻った。数が徐々に増してくると幸村は、指示を出した。


 「もう良かろう、皆の者、引け~、深追いはするな、引け~」


 戦機を見逃さない真田隊により、前田隊は、大きな損害を覆う嵌めになった。

 慶長19年(1614)12月3日 後藤基次は、大坂城本丸に出向いた。


 「皆の方、いよいよ徳川軍の総攻撃が間近に迫っておりまする。ここは、遊軍を各方面に割り振って、防備を固めるべきかと」 

 「あい分かった、直ちに、防備を固め申そう」


 総攻撃に心を乱された豊臣幹部に対し、真田隊は、真田丸の南方にある篠山で、城へ接近してくる徳川方を迎え撃っていた。

 加賀の前田利常の家老である本多政重と山崎長徳が、約五千人の前田隊を指揮し、総構えの攻撃路を築くため、真田隊の陣取る篠山に攻撃を仕掛けた。


 「ここは、隊を編成し直し、真田隊を亡き者に致しましょうぞ」


 そこへ、偵察隊から報告が入る。


 「申し上げます」

 「何ぞ」

 「真田隊が…真田隊が」

 「ええいじれったい、早う申せ」

 「はっ、真田隊、既に篠山を引き払った模様で御座います」

 「何と…気づかれたか」

 「いや、我らを恐れてのこと。ここは、一気に攻め入ってやろうぞ」

 「御意」


 前田隊は、真田丸の南側から更に東側へと駒を進めた。前田隊の大軍による篠山攻撃を事前に察知した幸村らは、いち早く真田丸へと帰っていた。


 「やつら、馬鹿にされ、今頃、腸が煮えくり返っているぞ」

 「誠に、ご苦労なことで御座いますな」

 「あはははは…」


 欺かれた前田隊は、真田丸に攻撃目標を取った。


 「若様、来寄りましたわ、前田の面々が」

 「ほ~、大軍じゃな」

 「蹴散らせて見せましょうぞ」

 「強気じゃな」

 「この真田丸、おいそれと陥落されませぬわ」

 「そうじゃな」

 「さあ、どう出てきますかな、それとも怖気ついて手も足も出せぬ、となりますかな」

 「ならば、その手足、出させてやりましょうぞ」


 前田隊は、真田丸の空堀まで進んでいた。それを見て真田丸から、前田隊を挑発する馬耳雑言が、一斉に浴びせられた。


 「ようこそ、真田丸へ。まずは、御足労なるも、ここまで来て頂けますまいか。それとも、足腰が弱って来れませぬか」

 「あはははは…」

 「ああ、母上様の手助けなくては、歩くこともままなりませぬか」

 「よちよち歩きでも、我ら一行に構いませぬぞ、あはははは」


 小馬鹿にした真田丸からの挑発は、毒気を増して行った。

 前田隊の一部が、真田隊の挑発に乗り、気勢を上げ始めた。


 家康は真田丸を見て、偉く感心していた。


 「難攻不落の大坂城に、攻略の術が見当たらない真田丸か」


 敵ながら、喉から手が出るほどの役者がそこにあった。


 「真田丸には、決して手出し無用のこと。然と申しつけよ」


 家康は、分かっていた。術もなく、戦いを挑めば、後悔と無念さを味わうことを。真田隊は、家康の懸念を見透かすように現場の者を挑発し、考えるいとまを兵や武将に与えなかった。罠を仕掛け、じっと待つのではなく、誘い込む。それこそが、真田家の戦い方だった。

 前田隊の先鋒隊は、数の有利さに安堵を覚え、浴びせられる虚仮降ろしに注意力や判断力、冷静さを掻き消され、力尽くで真田丸への攻撃を開始した。同じ、徳川方の井伊直孝、松平忠直、藤堂高虎の各隊は、前田隊の後方、真田丸南西から、その様子を見ていた。


 「家康公の指示を反古にしよって」

 「前田が攻めたとなると、遅れを取れませぬな。ここは、我らも攻めますかな」

 「臨機応変か。都合のいい言葉ではないか」

 「ここは、攻め一択、ですな」


 武将の各思惑で、真田丸の西側と総構え八丁目口を攻め始めた。家康の指示に背く形で、前田隊を皮切りに井伊、松平、藤堂の各隊も攻め始めた。その時、事件が起きた。真田丸後方の城内で豊臣方・石川康勝隊の兵が誤って火薬桶に火縄を落としてしまった。城内から響く爆発音と立ち上がる煙。徳川軍は、色めき立った。


 「あれは、送り込んだ者からの突入せよ、の合図では」


 内通者が動き出した。そう、徳川方は勘違いし、突入の勢いに拍車が掛かった。


 「あの爆発は何事ぞ」

 「誤って火薬桶に火縄を落としたの報告が」

 「そうか。お~、あれを見てみよ」


 真田丸の空堀の周囲には、進路を困難にする柵が設けてあった。爆発音を突入合図と勘違いした徳川方は、空堀の中に流れ込んでいた。


 「禍を転じて福と為す、とはこの事じゃな」


 真田・長宗我部・木村は、この機を待ち望んでいた。それが、こんな形で実るとは、時の運の悪戯は、豊臣方に大きな幸運を招き込んだ。


 「良いか、十分に惹きつけよ、後戻りできぬ迄にな」

 「撃ち方、宜しいか。敵、我らの設けた柵に辿り着くまで我慢致せ」


 真田丸の柵は、防御用の竹束でなく、進路を妨げる物。鉄砲や投石、矢の行く手を拒むものではない。前田隊先鋒の多くが柵に辿り始めた。


 「撃ち方、よ~い、撃て~」


 その合図で、真田・長宗我部・木村の各隊は、一斉に射撃を開始。徳川方に雷雨の如く降り注がれ、打ち砕いていった。


 うわ~ああ、ぶむ、わぁ~。


 あちらこちらで、苦悩の唸りや激痛の悲鳴が轟いていた。真田丸の空堀の盛り土は、人の雪崩を起こしたような惨事に。それは徳川方にとって、まさに地獄絵図そのものだった。

 竹束や鉄盾などの防御用具が不十分なまま突入した徳川方の先鋒隊は、なぎ倒されるように、次々と臥していった。

 鉄砲隊の前に為す術のない先鋒隊は、進むに進めず、その場に屈する者、一命を落とす者、戦意を喪失した者たちで大混乱の渦中に。堪らず、苦難から逃れようと引こうとする先鋒隊。それを押し寄せてくる後発隊が、先鋒隊の逃げ場を阻んだ。前門の虎、後門の狼。まさに、行き場を失った先鋒隊。彼らは、不利な条件下で戦いを挑むしかなく、結果として、多数の死者を出してしまった。後発隊が援護にでたが、更なる犠牲者を増大させた。

 右往左往する徳川方を見ていた若者がいた。幸村の嫡男・大助だった。


 「皆の者、出撃だ~。この機を逃すでない」


 血気盛んな若者は、父譲りの勇敢さを見せていた。大助は、伊木遠雄と共に、五百の兵を率いて出撃した。徳川方・寺沢隊と松倉隊を破り、松平忠直隊にも大きな損害を与えた。

 形勢不利と見た家康は再三に渡り、攻撃中止と戦線後方への撤退を各隊に指示した。しかし、戦いの興奮の中、早朝から続いた戦闘状態は、正午を過ぎても収まらず、完全に引き際を見失っていた。

 家康の指示は夕刻になりやっと、戦いの疲労もあり、撤退が完了した。

 この小競り合いによって徳川方は、前田隊約三百騎、越前隊約四百八十騎が討ち死にし、一般兵に至っては、一万から一万五千もの甚大な被害を被った。

 一方、豊臣方は籠城戦が大成功を収め、戦死者は、徳川方に比べ、大幅に下回っていた。家康の怒りと嘆きは、計り知れなかった。


 「あれほど手出し無用と申したのに、この態はどうだ」


 怒りの矛先は、戦死者を増大させた前田氏などの諸将に向けられた。真田丸での攻防戦は、豊臣方の大勝利で収束した。


 「真田丸を攻略できぬでは、勝ち目はない。終息の手立てを考えぬと、徳川は沈む」


 家康は、焦りと緊迫感に押し潰されそうになっていた。真田丸に煮え湯を飲まされた家康は、心を痛め、天海を呼び出した。

 天海は、今後の戦いを見据えて、堺商人こと闇の頭目である越後忠兵衛の元に身を寄せていた。


 「家康様からの使者で御座いますか」

 「ああ、苦戦なされてるご様子」 

 「籠城されては、兵糧攻めしかありませぬからな」

 「幸村の真田丸は、難敵よ。正面突破は至難の業」

 「作用で御座いますな。私ら下衆な者が考えるのは、毒を混ぜた食料を味方の振りして送り込むくらいのこと。しかし、お侍様はそれを良しとはなさりますまい」

 「戦とは言え、最低限の決まりみたいな物はあるからのう」

 「お侍さんは、本当に面倒で御座いますな」

 「兎も角、呼ばれては、行かぬ訳には参りませぬ」

 「頼み事あらば、何でも聞きますよって」

 「いつも済まぬのう」

 「乗りかかった船で御座います。お気になさいますな」

 「忝ない」


 天海は、早馬を飛ばして、家康の元に馳せ参じた。


 「おお、来たか」

 「さて、何事で御座いましょう」

 「とぼけよって。この有り様をそなたも知っておろう」

 「存じておりまする」

 「知っていて、何事かと聞きくのか、食えぬ奴よ」 

 「そう、苛立ちなさるな、喉を通うる物も通りませぬぞ」

 「呑気なことなど言ってはおれぬわ」

 「そのようで御座いますなぁ。兵たちの疲労も目に見えて明らか。このままでは兵糧攻めを喰らうのは、我らの方ですからな」

 「それだけは、避けねばならぬ。早急に和睦を取り付け、難攻不落の城を骨抜きにせねば…う~ん」


 苛立ちの隠せない家康を包むように天海は、言った。


 「それにはあの真田丸が邪魔で御座いますな」

 「それよ、唯一の大坂城の弱点を真田が固めよった」

 「それですが正攻法で挑んでも、前田氏の二の舞です」

 「それを言うな胸糞悪い」

 「お言葉が汚のう御座いますぞ」

 「しかし、このままでは…」

 「そこで、忠兵衛殿とも相談して手立ての一つは打って参りました」

 「手立てとは」

 「忠兵衛殿の得意とするところの鉄砲で御座います」

 「鉄砲とは」

 「鉄砲と言ってもその職人たちですよ」

 「職人を使って何をすると言うのじゃ」

 「大砲を作らせておりまする」

 「大砲ならあるではないか」

 「そう焦りなさいな。今の大砲より大きな物を作らせておりまする」

 「ほう、大きな大砲とな」

 「より遠うくから天守閣を攻め落とすもの。叶わないまでも、その恐怖心は豊臣方に和睦へと導く糧になるかと」

 「それはいつ、使えるのか」

 「急がせてはおりますが、まだ時を要します」

 「それでは間に合わぬではないか」

 「打つ手の一つですよ。焦っても事は運びませぬよって」

 「まあ良い、それはそれで進めるが良い」

 「それより、幸村への工作はいかがですかな」

 「それが思うようには運ばぬわ」

 

 家康は、真田丸を目の当たりにして、何としても、真田幸村を取り込みたかった。12月5日の夕方、大坂城内で織田頼長の家臣が喧嘩騒ぎを起こした。豊臣方も膠着状態の中、苛立ちが頂点に達していた頃だった。

 織田家は元を言えば、豊臣家を家臣としていた。それが今は逆転し、豊臣の傘下に。兵の中にも、今と昔を憂う者も少なくない。そんな小競り合いが、油に火を放つように大騒ぎとなった。

 これを見逃さなっかたのが徳川方の藤堂隊だった。この騒ぎに乗じて、手薄になった防護柵を破って、城内に侵入。しかし、長宗我部隊に見つかり、敢え無く撃退されてしまった。

 家康は、これを知り、益々、幸村の取り込みへの熱が入った。


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