12 商談

 外界に戻ると、白い隊服の男たちが待ち構えるように近い距離に立っていた。親子のように歳の離れた二人の男は、立ち上がったレオとエリアムを揃った敬礼で迎える。


 彼らは北方国ノース警邏隊けいらたいだ。穴の事後処理と、関係者が居た場合の聴取などの雑務は各々の国の警察組織が代行することになっている。討伐隊はいつの時代も人手不足だ。


 こちらを見つめる二人に敬礼で応じながら報告する。


「穴の亡霊討伐は完了、もう危険はありません。応援ありがとうございま」

「そんなことよりその左手、ひどい怪我だ! さぞ強敵だったのでしょう、ご無事で何より……! ほら見ろお前とそう年も変わらんのにというかお前より若いのにしっかりされて」

「親父、今そういうのいいから! でもあの、それ火傷ですよね。早く治療しないとやばいんじゃないですか? 俺そういうの得意なんでここの薬とか借りて手当てしましょう、中で兄ちゃ——もう一人の隊員が領主様に聴取してるんで、ついてきてください!」


 本当に親子だったらしい人の良さそうな二人は、レオの返事を聞く前に先導するように屋敷の中へ入って行った。よく似た背中を見つめてエリアムは呟く。


「田舎の警察ってのどかですよねぇ」

「……聞こえなくなってから言っただけ褒めるべきなのか、もしかして? お前への期待値が低くなりすぎて対応がわからなくなってきた」

「わあ失礼」


 それはともかく、息子の方からもたらされた情報はありがたかった。口が自然と笑みを作る。


「この館の主は『領主』、か。それなら話は早そうだな」

「なんか先輩、悪い顔してません?」

「ここからは楽しい方の『商談』だ。余計なことは言わずにお行儀よくしてろよ、お坊ちゃん」


 にっこり、と練習がてら笑みを浮かべたレオに、エリアムは「こわ……」と呟いて静かになる。


 おかげでその後の『商談』はひどく順調に運んだ。


「御当主の迅速なご判断により被害者を出さずに穴を塞ぐことができました」

「さすが物流の要所を取り仕切る街の名士でいらっしゃる」

「あぁこの男は北方国ノースの旧家の出で、御当主の手腕は旧家の内でもやっかまれるほどと申しております」

「ところで先程の娘さんとはどういうご関係で」

「そうですか土地を貸していると、家長を亡くして上がった地代が払えずその相談に」

「心苦しくとも一軒だけ据え置きというわけにはいかないと、ご尤もです」

「地代の上昇といえばこの街はここ数年でずいぶん人口を増やしていますね、人が増えれば呼ばれる亡霊も増えるのはご存知でしょうか」

「そのため中央軍は討伐隊の駐留を考えておりまして、つきましては閣下にもお力添えをいただきたいと」

「ええ、あの宿と食堂で賄える人数ですのでご心配なく、具体的な契約内容としてはこんな感じで」


 治療をされながら、ここまで全部を一人で話した。もちろん合間合間に領主にも答えさせてはいるが、主導権は渡さない。考える間を与えずに、畳み掛けるようにとにかく話す。


 体面を捨てた相手は手強い。しかし相手は『領主』だ。配下でもない者が本人が居ない場所でも様付けで呼んでいる上に、薬を借りようと当然のように思う相手なら、少なくとも外面としては冷酷な支配者ではない。そしてここには領主として敵に回したくはないだろう、地元の警邏隊けいらたいという聴衆まで居る。何より領主には、突っ込まれたくない弱味がある。


 ——そちらの立場は理解している。だから素直に協力しろ。そうすれば体面も街も守ってやる。


 レオの発するメッセージは明確に伝わったらしい。

 飛び蹴りをかましたことを忘れてはいないだろうが、一転して下手に出たレオの無茶振りを、領主は二つ返事で受けてくれた。


 勢いのまま契約を纏め、慇懃に礼を述べて館を退出した時には、すでに夜明けが近かった。白み始めた空を虚ろに眺めてエリアムがぼやく。


「……先輩、大人しく家継いだ方がいいんじゃないですか。あと愛想笑い怖いです」

「足元見てる時点であの領主様と同レベル、商人としては下の下だろ。はぁ、顔が疲れた」

「女の子のためとはいえ、よくやりますね」


 あの娘のためなのか、穴の少女たちに少しでも報いたいのか、単に任務のためなのか。自分でもよくわからない。

 呆れているのか感心しているのかわからない声を肩をすくめてやり過ごし、かつては少女達の居た幽世かくりよのような風景があったのだろう、現実の街に歩き出す。


「穴もお使いも片付いたし、一度本部に報告に戻るぞ」

「手負いですしね。あの息子の人、意外にちゃんと手当てしてくれてよかったですねぇ。シュールでしたよ、剥がれた皮膚切り取られながら笑顔で商談してる先輩。見た目よりは軽度でよかったです、全治三ヵ月が軽度かはわかりませんけど」


 夜中に出された軽食を一人で平らげていたせいか、機嫌は悪くないらしい。

 穴で癖になったのか、レオの一歩前を歩きながら笑いまじりに喋るエリアムの背中に告げる。


「お前、戻るまでに考えとけよ、今後のこと」

「今後?」

「金の心配が無くなったなら、何も軍にいる必要はないだろ。軍人に向いてないよお前」

「……向いてない、ですかね?」


 振り向いた青い目はさも意外そうに丸まっていた。ため息が出る。


「向いてない。規律も守らないしバカだし言うこと聞かねえしバカだし雑だしバカだし」

「先輩も大概バカで雑な気がしますけど」

「俺はいいんだよ。お前みたいにぽんとは投げないから」

「投げる? ハンマーの話ですか? そんなに根に持ってるんですか」

「違う。命の話だよ」

「いのち」

「死にたいわけじゃないんだろ。なのに適当に投げ出すようなことを言う奴は、この仕事には向いてない」


 わかっているのかいないのか、足を止めてきょとんとしているエリアムを追い越して続ける。


「お前のパトロン候補だった人もわかってたんだろ、そういうの。だから配属前に金を寄越した」

「えぇ……? そうかなぁ。だったら予科の前にくれません?」

「お前が軍に入るって決めて、自分に値札を掛けるのをやめたから、お祝いでくれたんじゃないか?」

「……お祝いかぁ。その発想はなかったですね。皮肉だとばかり」

「本当のところは分からないし、決めるのはお前だけどな。あぁでも辞めるなら早い方がいいぞ。配属後の一月で二割は辞めるから目立たないし、引き留められない」

「へぇ。ちなみに、僕が辞めたら先輩のバディはどうなるんです?」

「さあな。どう転んでもお前よりはましだろ」


 歩きながら答えると、背後から「ひどいな」と笑いまじりの文句が聞こえる。

 こいつの気配にもだいぶ慣れたなと、どうでもいいことをふと思った。

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