23話 すれ違い
おそるおそる踏み出した一歩が、思いがけず大きな一歩となった。
気持ちが固まったら連絡したいと言いつつ、のぞみはだいぶカジュアルに連絡を送ってきた。
俺とマユミとのぞみとで作ったグループには、ひっきりなしにメッセージが飛び交うのだった。
「今日の夕陽がきれいだった!」とか、「お昼にパンとおにぎり悩むけど、どっち?」とか、そんな緩いやり取りだ。
マユミが無言で屋上からの青空の写真をのせたりなんかもしていた。
そんなこんなで、重たく難しい問題を抱えてつながったはずが、あっけらかんと気軽な関係に俺たちはなっていた。
それが良い風になっているのを、俺は感じていた。
俺自身は、自分の中で閃いた何かと、静かに向き合う時間が増えた。特にせっぱつまるわけでもなく、ノートに難しく何かを書き込むでもない。
それでも、あとちょっとではっきりしそうなその何かをつかもうと、ふらふらと
そんなある日、俺は、とある場所に向かっていた。
何日間か色々と考え事をして、今向かうべき場所は、たぶんそこだと思っていた。
マユミも、のぞみも一緒ではない。そこへ向かうことは、話していない。
放課後すぐ、俺はそこへ向かった。
駅から閑静な住宅街を抜け、坂道を行く。誘い込まれていくような、不思議な静けさがあった。
丘陵地帯の一番高いところに至ると、建物の合間合間から、眼下の街並みが遠く見晴るかせた。
俺はそんな丘陵地帯の一角にやってくる。
そこは、人気のない公園。
奥のベンチに座ると、午後の光に包まれた街が、やるせないほどに輝いて見えた。
これが、美優の見ていた景色なんだな。俺は思う。
そうだ、ここは先日、美晴さんに連れてこられた公園。
美優の、お気に入りの場所だ。
そのとき美優に歩み寄れなかった自分が、ふがいなかった。
だから、こうして改めて、彼女が座っていた場所に身を置こうと思った。
そうすれば、そのときの彼女の気持ちがわかるように思った。
街の向こうに立ち上る雲に、美優が何を思っていたのか、俺は、今ならよくわかるように思っていた。
期待していたわけではない。けれども、やがて俺の後ろで、誰かの靴が地面を踏む音が響いた。
俺は振り返った。そこには、驚いた表情の美優が立っていた。
「……なんでここに?」
美優は、混乱しきった表情をしていた。
俺は答えなかった。目を伏せて、なんと説明しようか迷った。
「すまない……」
そうとだけ言った。もしも会ってしまったら、なんと答えるのかくらい、考えておくべきかもしれない。
けれども、俺はそのとき自分が思ったままに行動しようと決めていたのだ。
「どうしてここが……?」
美優は目をそらし、俺のほうには近づこうとしない。
「美晴さんに、聞いたんだ」
俺は素直に言った。
美晴さんとの約束も
「……で?」
震える声で、美優はたずねる。
「私、ママが誰に何を話そうと、怒らない。でも、あんたがなんでそんなことをしたのか、わからない」
目には涙がたまっており、その視線は、明らかな怒りを伝えていた。
「自分にできることを、したかったんだ」
「でも、たのんでない。こんなとこまで踏み込んでほしいなんて、思わなかった」
「でも……」
「いいよ。私が何か隠してそうだからって、探ったんでしょ? わかってるよ。でも、私は今のままでいたいの……」
「早乙女……」
「ごめん……。こんな待ち伏せみたいなことされて……ちょっと冷静じゃいられない」
「すまない……」
俺は自分が情けなかった。謝りたいのは、そこじゃないのだ。
全部知ってるくせに、知ってることを隠そうとしたことを、謝りたかった。きっと知られたくないであろうことを勝手に暴いた、その後ろめたさを謝らずに、彼女と付き合い続けることが恥ずかしかったのだ。
しかし、これでは土足で彼女の心を踏み荒らすだけではないか。
「もう来ないでくれると……うれしい」
震える声で美優は言い、去っていこうとしてしまう。
「早乙女!」
俺は呼び止めた。すべて思うようには進まなかった。けれども、ひとつだけ伝えたいことがあった。
美優はびくりとして立ち止まり、振り返る。
おびえた表情をしていた。
「その……前に言っただろ。早乙女はヒロインみたいだって。そのとき言ってたよな。モデルにしたら、ギャラは取るぞって」
美優の表情がわずかにゆがむのを、俺は見逃さなかった。
俺が何を言い出そうとしているのか、予感して、案じる表情だった。
けれども、俺はもう、止まれない。
「本気でモデルにしたら、ダメかな?」
俺は、はっきりそう言った。のぞみと会って、ここ何日かずっとわだかまっていたのは、きっとその言葉だった。
時間が止まったように思った。美優は目を伏せていた。けれども、きっとして顔を上げたかと思うと、俺のほうへ足を向けた。
「早乙女……?」
俺は、一瞬であれ、心を開いてくれたのかも、などと思ってしまった。
けれども、そうでないことをすぐに理解した。
美優は右手を振り上げ、思い切り俺のほほをひっぱたいた。
おそろしく乾いた音が、辺り一帯に響きわたった。
「……サイテー」
美優は目に大粒の涙を浮かべていた。
たじろぐ俺が何か言う前に、美優はもう走り出してしまっていた。
一度も振り返ることはなかった。俺は、ほほがジンジンしているのを感じながら、それを見守ることしかできない。
あとには、取り返しのつかない静けさだけが残った。
誰にも何も言えない重苦しい沈黙の中に、俺はただひとり取り残されていた。
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