24話 なくした道しるべ
「サイテーだわな、それは」
のぞみはストローをくわえ、そう言った。
口調もそぶりも、どっかのギャルそのままだった。
「いきなりデカいボール投げてどうすんのさ、童貞はさ」
悪い影響を与えた張本人としか思えないマユミが、ふんぞり返って言う。
ミニスカートでその格好をするなと言いたいところだが、まさか言えない。
俺たち三人は、もう通いなれてしまった感のあるハンバーガー屋にいた。
呼び出したのは俺で、先日起きたことをふたりに話したかったのだ。
「てかさ~、どのみちあたしらに話すんなら、事前に相談しとけよって感じしね?」
「うん、するね。
マユミものぞみも、容赦なく
「……昨日のジブンを殴りたい」
「でもまあ、やったことはやったことだよ。やって良かったと思うしかないよ。そうじゃないと、いつまでも前に進めないもの」
「のぞみん、あんた、それはさすがにどの口が言う?」
「うっさいなああ~~、私だってあれからすっごく考えたんだもん。それでやっとわかったんだよ」
「はいはい、人のことだからえらそうに言えるわけじゃないってのね~」
「ふざけて言ってるわけじゃないんだよ。これでもあなたたちには感謝してるんだからね」
のぞみは不満そうに言いながらも、ふうと深いため息をつく。
「もちろん、君にもだよ、文学少年くん」
びしっと指を突き出してそう言う、彼女の真意が俺には計り知れない。
「水臭いって言ってるんだよ。カッコつけちゃってさ。私だって君の前ですっっごくカッコ悪いとこ、見せてるでしょ?」
なぜかのぞみは熱っぽかった。冷静でいられない様子だった。
自分自身を見せつけられるようで、もどかしかったのかもしれない。
「俺ん中で答えを出したかったんだ。ずっと引っかかって出てこなかったから。結果としちゃ、自分勝手なことしちまったけど」
「ミユーをヒロインに、ねえ……」
マユミはぼんやりと天井を仰ぎ見ていた。
「君の言いたいことは、私、わかるんだよ。誰もあの頃のことを口に出さない。だから、まずは言葉にしちゃえ。そして君とあの子には、小説っていう共通の武器がある」
「あいつの前で宣言したんだ。今度のコンテストで大賞取ってやるって。無謀だけどさ、それがヒントになるんじゃないかって思った」
「つまりこういうことよねん? 君がミユーの悲しい過去を慰めるために小説を書く。もしそれが本当に大賞なんか取れちゃったら、あの子も報われるんじゃないかってね?」
「あいつにそれを言いたかったんだ。バカにしてくれると思ったよ。あんたにできるわけないじゃん、ってさ。いつもみたいに」
ところが実際は、本気で彼女を傷つけて、本気で彼女を泣かせてしまった。
「あいつは俺に心を閉じちまった。あれからクラスで顔を合わせるのさえ気まずいし。正直、なんて声をかければいいのか、わからない」
ゆえに、万事休すだ。
「難しく考えちゃってるけどさ~、君のすべきことなんて、最初っから決まってるんじゃないの?」
マユミはあきれたように言った。
「本気でヒロインにしたらダメかって、聞いたんでしょ? んで、ミユーはなんて答えたのよん?」
「……サイテー」
「んなら、問題はないじゃんね?」
「……はあ?」
「なるほど。確かにその返事ならそうだね」
マユミだけでなく、のぞみまで合点が行った様子である。
「ミユーはね、ダメだとは一言も言ってないんだよ?」
「……ってことは」
「美優ちゃんがどう思うかはさておき、君が勝手に書く分にはそれで良し!」
「大賞取りたいだなんて、下心じゃないんでしょ? だったらいいじゃんねえ?」
確かに、その通りだった。
散々ディスられたようで、このふたりは俺を励まそうとしてくれていたのだ。
「んま、あたしは文字なんかだるくって読まないけどね~ん」
「ああ! マユちゃんそうやって
「あんたがあたしの分も読めばいいじゃんねえ? おんなじ青春くんと青春ちゃんなんだからさあ~」
俺の周りで、こいつらはわちゃわちゃと騒ぎはじめるのだった。
「でもよ……」と、俺はつぶやく。
「あいつは? 美優は、どうするんだ?」
マユミとのぞみは、じゃれ合うのをぴたっとやめる。
「あいつは、ひとりだ。ひとりになっちまってる。放っておくしか、ねえのかな……」
のぞみとマユミは、顔を見合わせた。
「あの子は君をひっぱたいた。それであいこじゃないの? 遠慮してたって仕方ない。殴り合わないとって。それが信念なんでしょ?」
「んまあ……それはあたしのバカアニキの受け売りなんだけどねえ……」
「私はあの子と、まだ殴り合うことすらできてないよ。ケンカして、怖がって、そのまんま」
のぞみは大げさにため息をついて、テーブルの上に盛大に突っ伏した。
俺はふと、引っかかる。のぞみ自身がもやもやしたまま結局答えを出せていないのはわかる。だが、そもそもこいつは、美優となぜ、どんなふうにケンカしたというのだ?
「あのさ、宍原……」
俺は切り出そうとした。けれども、その前にマユミが席を立った。
「さってと~。ま~た湿っぽくなったよね~?」
「マユちゃんがお気楽すぎ。悩んだりとか、しないでしょ?」
テーブルに突っ伏したまま、のぞみはぷうっとほほをふくらませて不平を言う。
「悩まないよ~。悩んだって疲れるだけだもんね~」
そう言うや、カバンを肩に担ぐ。
「なんだよ、用事でもあんのか?」
「べっつに~。ちょっとヤボ用~」
「え~~~、帰っちゃうの~?」
「ま~た今度デートしてあげるって。今日はそこのちんちくりんで我慢しといてよん」
そう言うが早いか、ひらひらと手を振り、去っていってしまった。
いつもなんだかんだと最後までだらだらしている奴なので、めずらしいなと俺は思う。
「な~んだ、つまんないな~~」
マユミが帰ってしまってからも、のぞみは不満そうな様子だった。
こんなふうに不意打ちでふたりっきりにされるのは、ちょっと苦手だ。
「今日、部活とか大丈夫だったのか?」
今さらな質問を俺はする。
「そうだねえ~、大丈夫だよ。今日はちょっと遊びたい気分だったのもあるし」
のぞみは先ほどの突っ伏した姿勢のまま、テーブルの上に両手をぱたぱたさせている。
「君は~?」
そうたずねる。この子の目は、意味もなくまっすぐだ。
「暇も暇だよ。なんだったら、どっか遊びに行く?」
「お~、いいね!」
のぞみは気持ち良いくらいに食いついてくる。
「私、ボウリング行きたい!」
「いいんじゃね? 俺、やったことないけど……」
「教えるって! ひっさびさだな~!」
どうやらうまいことツボにはまってくれたらしい。こういうときは、何気なく誘うくらいのほうがうまくいく、ということのようだ。
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