21話 天使か悪魔
それから部活終わりに時間を作ってもらい、俺とマユミはグラウンドの側で彼女を待った。
ほどなくして、セーラー服に着替えた彼女が姿を現す。
「ほんっと、びっくりしましたよおおお~~~~」
立ち話もあれだからと、河川敷に移動し、芝生の斜面に転がるように腰を下ろすと、彼女はため息のようにそう言った。
正面に夕陽が落ちていこうとしており、彼女の声はそこへ吸い込まれるようだった。
「なんの殴り込みかと思いまして。うちの高校、ケンカ多かったから。誰か声かけなきゃ~~~って思いながら、内心びくびくでしたよ、もう~~~~」
よくしゃべる子だった。しかし、それはこちらにとってありがたかった。
「殴り込みに見えたとよ?」
ひとまず俺は、マユミに胡乱な視線を送っておく。
「わろうござんしたね、そんな柄してて」
マユミも胡乱な視線を送り返す。
「で、なんなんですか?」
のぞみは丸い瞳を振り向けて、そうたずねる。
隣りに来いと言われているように思い、俺は彼女の傍らに腰を下ろす。
「その……早乙女美優って、覚えてる……?」
俺は、おそるおそるたずねる。まずは彼女の名前を出して、のぞみがどんな反応をするのか、確かめたかった。
のぞみは目を丸くしたまま、俺を見返していた。何を思っているのか、その表情だけではわからなかった。
「なんだ、美優ちゃんのお友だちか」
表情は変わらず、しかし正面に向き直ると、その横顔は何か物思う様子だった。
「そっか……美優ちゃん……」
それは、深い含みのあるひとりごとだった。
「覚えては、いるの?」
「そりゃあね。……てか、美優ちゃんのお友だちが、なんでここに?」
展開が目まぐるしくて、色々と突っ込みどころのポイントが
それもそうだ……。
「ああ、それは……」と俺も言いよどむ。確かに、どこからどう、整理して伝えたものか。
「運命の導きって奴じゃん?」
マユミが不意にそう言う。こいつは少し下がったところに、立ったままだった。
遠慮しているというわけではない。この宍原のぞみという人と、本能的なところでソリが合わないのだろう。俺はそう感じていた。
「運命ですか?」
のぞみは退きも驚きもせず、たずね返す。おそらく、このまっすぐさがマユミには苦手なのだ。
「そうだよん。信じない?」
「とすると、あなたたちは、あの子がつかわした天使か何か?」
「ふふん……。悪魔のほうかも、しれないけどねん」
「そっか、ふふ……。だとしたら、やっぱり美優ちゃんは、私を恨んでるってことだね」
のぞみは、不意にぽつりとそう言った。
「それは、何に対して?」
俺はすかさずたずねる。
「さあ、なんだろうなあ……」
のぞみは言いよどんだ。けれどもそれは、ごまかしているのではなく、心当たりをひとつひとつ探って、そのひとつひとつに想いを
よくしゃべるかと思えば、よく物思う子でもあるようだ。
「あたしらの聞いてることと、ずれもありそうな感じだね?」
マユミがそこで横やりを入れる。
「そりゃあ……。あなたたちがどう聞いてるかしらないけど。私だって、秘密はあるんだよ。それに……ああ、ダメだ……不意打ちすぎるよ、もうさ~~……」
のぞみは顔を覆う。感極まってしまったのか、続く言葉はつむげそうにない。
そんな彼女を、俺たちはしばらく見守っていたが、マユミは不意にため息をつくと、
「文学少年、今日はここまでにしとこうか?」
そう言う。
「あたしらも急すぎたからね。まさかこんなにすぐ会えるなんて思わなかったしさ。また来るよ」
そう言うが早いか、俺の返事も聞かずにもう身を転じようとしている。
「待って!」
それをのぞみは呼び止める。立ち上がり、マユミと向き直る。
「あなたたちに話したのは、美優ちゃん自身?」
その質問には、切実な感じが見て取れた。
マユミは真意を探ろうとするように、見つめ返していた。
「いんや、違うよん。美晴さんと、それから、あんたのことは、うちのアニキから。探るようなことして、すまなかったね」
「そう……。ありがとう。美優ちゃんは、もう先まで行っちゃったのかな、って思ったから」
それは、どういう意味か。おそらく、美優自身が話したのなら、それはもう過去のことと吹っ切れたのではないかと思ったのだろう。
「あのさ、スポーツとかしないの?」
急に声を弾ませて、そうたずねる。
「明日、部活休みなんだ。体動かしながらだったら、もっとうまく話せるかな、と思って……」
それはまた奇妙な提案であったが、ゆえにこの少女の人となりが感じられるように思った。
「あんたに任せるよん。あたしらは明日、またここに来るから」
「わかった。約束だよ」
のぞみは、先ほどまでの打ちひしがれた感じもどこへやら、もう快活さを取り戻していた。
まだほとんど何も聞いていないながら、俺は、ああなるほどなあ……と心中につぶやいていた。
美優はきっと、この子のこんなところと惹かれ合ったのではないかと、そんな風に思ったのだ。
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