20話 仁王立ちの少女
もう夕暮れも近かったが、俺とマユミは、駅に向かった。
電車に揺られて数駅。こうして向かってみると、俺たちの高校からも、ほど近い。
それだけ近くのはずなのに、実際は、果てしないほどに遠くかけ離れていたのだ。
高校の最寄駅に着くと、情報元になってくれた人が、マナブさんからの連絡を受けて待ってくれていた。
それは、髪を明るくした、
そこから高校までの道のりを教えてくれて、何かあったときのためにと、俺とも連絡先を交換してくれた。
「マナブさんに、よろしくね?」
うれしそうにそう言ったとき、彼女の表情が一段と、華やいだように見えた。
マナブさん、モテそうだもんな……。
ほんの束の間であれ、その笑顔が俺に向けられていると勘違いした己が、うらめしい。
「……けっ」
なぜだかマユミが、面白くなさそうな様子だった。
「ほら、場所わかったんならさっさと行くよ。どんくさいんだからさ〜、ったく」
「宍原のぞみさん、陸上部なんだってな?」
「みたいだね~。女だって汗に青春かけろ、って奴〜? 走ってれば、辛気臭い過去なんてどこ吹く風よ~って感じだもんね〜」
妙にズケズケと歩を進めるこいつは、やはりなんだか面白くなさそうだ。
しかし、俺はふと思いとどまる。
「陸上部だとしたら、この時間は外練習してるかも……?」
「ああ~……確かにそっか」
「グラウンドの場所も教えてもらったし、そっちに行ってみるか?」
空はすでに朱の色に染まろうとしていた。
俺とマユミとは、寡黙がちになりながら見知らぬ街の見知らぬ道を行く。
なぜ、自分たちがそうしているのかも、半分は定かじゃない。
誰かの、とても繊細なことに首を突っ込んでいる。しかしマナブさんが言う通り、皆が停滞したままなら、その皆の時間を動かしてやらないといけない。
その一連の不幸な連鎖の中で、俺たちもすでに当事者なのだと祈るしかなかった。
グラウンドまでは、河川敷に上がって、川沿いの道を行くことになった。
地元の中高と思しき制服の学生たちが帰っていくのと、何度かすれ違った。俺とマユミとのすれ違いざま、明らかに視線を送ってくるような奴らもいた。
「制服のまま来たのは、失敗だったかしらね~ん」
マユミはぽつりと言う。ほかの生徒たちと逆方向に向かっているというのもある。確かに俺たちは多少なりと目立っていた。
だが、おそらく根本の原因はマユミ自身だろう。別校の制服はむろんだが、同じ男なので、すれ違う男子生徒たちの視線が、どういったわけで送られてくるのかはなんとなくわかる。
どこからどう見ても挑発的な格好をしておいて、こいつはまったくその自覚がないらしい。
隣りに並んでいることにすっかり慣れてしまったが、こいつは本来それだけのプロポーションを備えているのだ。意識してしまうと、俺は、ふたりきりで歩いている今この状況が、ますます不思議に思えてきてしまう。
グラウンドが見えてくると、そこは思いのほか広さがある。
いくつかの部活が活動しているらしき、賑やかな音が聞こえてきた。
「陸上部は来てるのかな?」
たどり着くと、俺は広いグラウンドを見回した。
「どうだろうね? さっすがにここからじゃわかんないな~」
マユミはずけずけとグラウンドの中まで踏み入ろうとする。さすがにまずいだろうと俺が止めようとした矢先、
「こらああ~~~~~!! そこの人たち!! 関係者じゃありませんよね~~~~~!!!」
快活な声が、夕焼け空にこだました。
「ああ~~ん?」
ほぼ反射的にマユミが振り返る。売られたケンカに怯まないのは、さすが模範的なワルだ。
俺たちのすぐ後ろ、威圧的に腰に手を当て、じっと逃がすまいと睨みつける小柄な人影があった。
シャツにスパッツ、ランニングシューズという出で立ち。ショートカットだが、体のラインから女なのはわかる。
おそらく陸上部だろうと、推測できる風貌であった。
俺は、マナブさんに見せてもらったバストアップ写真を思い浮かべ、目の前の少女と重ねあわせる。
「練習中は、勝手に入ったら危ないですよ? 何か御用ですか? だったらまず、顧問の先生を通していただかないと!」
その少女は、一歩も引かなかった。学級委員長気質の子だな、と俺は思う。
そうか、こんな感じの性格なんだな……と。
俺の中ではもう、確信が固まりつつあった。おそらく、隣りのマユミもそうだろう。
だから俺は、その子のほうへ一歩を踏み出す。
妙な決意を感じて、相手の子は一歩たじろぐ。
「宍原のぞみさん……ですよね?」
俺はそうたずねる。
「…………え?」
名を呼ばれた少女は、余計に混乱した様子だった。
けれども、それは人違いだから、というわけではなさそうだ。
「あなたたちは……?」
答えを求めるようにきょろきょろと俺たちを見比べ、しかし、
「その制服……もしかして、一高……?」
不意にそのことに気づくと、連鎖して次々と何かに思い当たるような表情になった。
「一高の人が、なんの用事ですか……?」
警戒しながらたずねつつ、ほんのわずかであれ、彼女の中にある種の“予感”が生まれているのは確実だった。
「ちょっと、聞きたいことがあって……」
俺は、
制服で来たのは、どうやら間違いではなさそうだ。
踏み出した一歩が、無事にその次へと道を切り開いてくれそうだった。
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