7話  青春プロデュース?

 それから数日後、放課後に俺は美優と街中を歩いていた。

 向かう先は、駅近くのカラオケ屋である。


「お、来た来た~」


 伝えられていた個室へ入ると、マユミがいつものギャルふたりと一緒に、中で待機していた。


「てかさあ、本っ当に呼んだわけ?」


 ナオっちだかメグっちだかが、口を尖らせて言う。


「いいじゃん、いいじゃ~ん。こいつら、カラオケも行ったことないって言うからさあ。社会勉強ってやつ?」


 マユミは楽しそうに言いながら席を横にずれる。ほかのギャルふたりとの間に自身が座る形になっており、初対面の気まずさが和らぐようにと、こいつなりに配慮しているようだ。


「え~っと……」


 俺はドギマギしながら、マユミの連れふたりを見比べる。


「あたしがナオ」


 と、金髪ショートのほうが自身を指差し、


「あたしがメグ」


 と、茶髪をパーマにしたほうが手を上げて名乗る。


「あ……さんきゅ」


 どっちがどっちだかわからないというのは、向こうにも伝わっていたのかもしれない。


「さって、歌うよ~。トップバッターあたしね~。あいみょん行きま~す」


 選曲がそれかよ……とやや引きながら、俺は見慣れないカラオケの器具を見やる。


 マユミはあんなキャラしといて、あいみょんがめっちゃ似合いの歌い方だった。いや……むしろ不思議ちゃん系なとこは、あいみょんぴったりなのか。


 それからしばらくは俺も美優も遠慮してマイクを手にしなかったが、マユミに突つかれ、びくびくながらとうとう俺は曲を予約する。

 そうして流れた曲は……誰でも聴いたことのあるような懐かしの名曲。


 ギャルたちは腹を抱えて大笑い。俺はやけくそでへたくそな声を張り上げる。

 後半はギャルどもも合いの手を入れまくって、なんだかんだと大盛り上がりで、俺の人生初の一曲は幕を閉じた。


「ほらほら~、次は早乙女だよ~」


 いつの間に席を移動したマユミは、美優に横から抱きつくように絡みながら言う。

 美優は照れながら、妙になれた手つきで曲の予約を済ませる。

 そうして流れはじめたのは、何かのアニメの主題歌のようだった。


「あ、これ昔観てたわ」と、ナオが流れてきたアニメ映像を見てつぶやく。


 やさしく、丁寧な曲調のバラードだ。いかにも最終回なんかで流れてそうな感じ。

 美優は大きく息を吸い、マイクを口元にあてがう。そして――。


 その場にいた、美優以外の全員があっけにとられた。


「うっま……」


 メグが茫然とつぶやく。


 茫然自失なのは俺も同じだった。美優に絡みついたままのマユミも、口をぽかんと開けて映像と、何よりそこにかぶさる美優の声に惹き込まれていた。


 そうして数分間の濃密な時間があっという間に過ぎ、曲が終わると、一同は一斉に拍手をした。


「……たまに来るんだ、ひとりで」


 伏し目がちな美優は、照れくさそうに言う。


 俺は、ミコトの小説のヒロインが歌好きで、物語の要所要所で歌っているのを思い出した。

 何かの想像で書かれたものと思い込んでいたけれど、どうやら美優自身、ささやかな歌姫だったようである。


「うあ~~~ずるっ! あたしにも注目しろや~~~!!!」


 マユミは半ばやけくそにマイクを手に取った。そのマユミ自身、フツーに歌はうまいのだ。

 けれども、美優はなんというか、歌い手とかそういう域にすでに達している感がある。


 きっと美優もカラオケは初めてだろうと思っての今回の企画だったが、「たまに来る」という割に、どうやらだいぶ歌い込んでいるようだ。

 そういえば、誘ったときに「そういうのは初めてかも」と言っていたのを思い出す。

 そういうの、とは、大人数でカラオケルームに入ることを意味していたのだ。

 カラオケ自体、初めてというわけではなかったのだ。


 美優を意識してしまうせいか、マユミの歌い方も熱が入って、なんだか妙に色っぽい。


「この子、スイッチ入ると自分の世界だからさ~」


 今は俺の隣りになっているメグが、あきれた感じで小耳にささやく。

 こうやって女の子がすぐ耳元で囁くなんてそうそうないから、俺は内心ドキドキなんだが、こういうのをさりげなくやれるのは、やはりギャルならではということか。


 負けず嫌いというか、純粋に楽しそうにマユミは歌っているという感じだった。

 つかみどころのない、飄々ひょうひょうとした雰囲気が持ち味と勝手に思っていたが、もしかすると本当はもっと情熱家なのかもしれない。


 そうやって場の空気はいつの間にやらか、美優とマユミとがのど自慢をする流れに変わっていた。

 本人たちに熱が入ったのも当然ながら、周りの俺たちもはやし立てた。

 残りの三人はいうなれば幕間まくあいで、ふたりの歌の合間にときどき思いついた歌を歌っては、それでも歌姫ふたりの美声に聴き入るほうがいつの間にやらか楽しくなっていた。


 カラオケのあと、乾いた喉を潤しがてら、俺たちはハンバーガー屋で休憩していた。


 今や、マユミは美優がすっかり気に入った様子で、ふたり並んで座っている。

 それに対して、ナオとメグはなぜか俺を間に挟んで座っているのだが、これがなぜなのかは皆目かいもく見当がつかない……。


「ミユーったらさ、内気なフリしてやるんだからさ~」


 下の名前で美優を呼ぶマユミは、もうすっかりマブダチのつもりのようだ。


「こんな賑やかなのは初めてだったから、うれしいよ」


 いつもの刺すような目つきはどこへやら、やわらかく緩んだ美優の瞳は、はにかみがちな内気少女そのものだ。


「まあ、なんだ。これでちょっとは出来た気になれたよな、青春?」


「うん……」


 うなずきつつも、美優はふと浮かない表情を示す。


「どうした? イメージしてたのと違うか?」


「ううん、そんなことない。でも、付き合せちゃったみたいだしさ。これで友だち……って言えるのかなって……」


 また目を伏せてしまった美優は、巻き込んでしまったマユミたちのことを意識しているのだろう。


「ま、いいんじゃないの~。うちらも、あんたらとつるめるのなんて、レアなんだしさ~」


 ナオがボトルのジュースを飲みながら言うと、


「そうそう。お互いに社会勉強ってやつ?」と、メグもポテトをかじりながら言う。


「小説の取材だと思ってさ~、気軽にやればいいのよさあ、ミユーは」


 マユミは美優の頭をぐりぐりとして、


「い、いたいっ、いたい……」


 美優もまんざらでもない感じでリアクションしている。


「百合漫才かってえの~」とナオがストローをくわえながら言う。


「よく知った野郎に今さら萌えね~」と、メグも胡乱うろんな目つきになりながらポテトをくわえている。


「と、とにかくだ」と、俺は咳払いを挟み、「縁は尊いもんだ。せっかくだし、ほかにしてみたいこととか、ないのか?」


 問うと、美優はマユミにグリグリされながらも、ほほを赤らめた。


「うん……実は……」


 今日はツンデレのデレの部分が遺憾なく発揮されっぱなしの文学少女様なのだった。

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