第7、タンポポとゼニゴケ

 公園のベンチに座って、日亜くんは話をした。

「俺の両親、二人とも、ずっと前に死んだんだ」

 父ちゃんは十年前、母ちゃんは八年前に、それぞれ事故と病気で死んだ。

 それからはずっと、婆ちゃん家で過ごした。婆ちゃんは、超一流の華道家で、弟子の数も多い。一緒に住んでつきっきりで習う、熱心な弟子もいた。

 両親がいないのは寂しいけれど、婆ちゃんからも、たくさんの弟子たちからも愛されて、目をかけてくれた。だから、俺は自分を不幸者だとは思わなかった。

 自分以上に、幸せとはいえない家庭をたくさんみてきた。

「俺とよくつるんでる、モモとトウの家庭環境も、全然いいもんじゃないんだ」

 モモは、母ちゃんだけ。でも、モモの母ちゃんは、仕事のせいで病気になったり、いろいろと問題があって、精神を病んでいるんだ。とても、子どもの面倒をみられる状態にない。

 トウは、両親ともにいて、どちらも健全ではあるのだけど、とにかく喧嘩が絶えない。子どもたちがいる前であろうと、お構いなし。しかも、喧嘩の腹いせをトウやトウのきょうだいに当たったりなんかもするとか。

「二人とも、一応、親はいるけど、全然愛されているように見えない。二人の顔には光がなかった。もう、どうにもなれって、なげやりな感じだった。モモも、トウも幸せじゃない。『親がいなくて大変だね』とか、俺はよくいわれるけど、本当に大変なのは、親はいるけど、自分を愛してくれる存在がいない、二人みたいな子どもたち」

 二人の他にもたくさん出会った。親はいても、いつも仕事で家にいなかったり、親との関係が悪くて、家にいても息苦しい。家を自分の居場所と思えない子どもたち。皆、絶望していた。俺は、皆の家庭環境をよくするなんてことはできないけど、彼らと一緒にいて、一緒に遊ぶことはできるから、皆で公園に集まって、ゲームしたり、漫画読んだりしたんだ。

「その漫画は、不良漫画が多くてさ。皆、目を輝やかして読んでいたよ。俺は、あんまり好きじゃなかったけど」

 皆、不良の世界にどっぷりハマって、ある日、俺をリーダーにして、不良グループができた。その成り行きで、俺も不良になった。

「え、自分からなりたくてなったわけじゃないんだ」

「うん、そだね。成り行きでなったね」

 そんな不良もいるもんなんだな。

「でも、皆が希望の星を見るような目で、俺をみるから、断れないし。それで皆に希望を持ってもらえるなら、俺は不良にだってなるんだ」

 その時はまだ、不良にはあまり関心を持てなかったけど、ずっと後に、トウから勧められた不良漫画を読んでどハマりしたんだ。不良漫画って、絵柄とか堅苦しくて読み進める気が起きない。でも、その勧められた漫画は、今まで読んできた漫画たちよりもずっと堅くないし、キャラも皆ニコニコ笑顔で可愛いんだよ。そんで持って、友情とか、漢気とかアツいし、これが俺の求めていたバイブルなんだよ!

「特に俺の好きなヤツが、喧嘩の最中でも、仲間にニコって笑顔を振り向いて、それで仲間を元気づけたりしてさ。そんなヤツ、前代未聞だよ! 俺、こういうのに憧れてたんだよ。優しくて強い、不良にね!」

 その漫画ではね、不良っていうのは、ヒーローなんだよ。もちろん、悪い不良も敵として出てくるんだけど、主人公やその味方側の不良なんかは、大切な人を守るために、命を賭して戦うんだ。誰かを守るために、力は使う。

 不良は、ヒーロー。

 日亜くんは、ベンチから立ち上がり、数歩前に出た。そして、くるりと踵を返した。

 

 俺、みんなのヒーローになりたかったんだ。


 だから、日亜くんは不良になった。


 カッコいい。たしかに日亜くんは、みんなのヒーローだ。

 だからみんな、日亜くんを慕うのか。モモくんもトウくんも、日亜くんに命を預けるまでに信頼しているのか。

 私も立ち上がり、香花ちゃんのときのように、日亜くんの手を取ろうとした。……が、

 強い緊張が走って、私の手は固まってしまった。ブルブル震えるだけで、動かない。

 するとその手首を、日亜くんの手が掴んだ。そのままグイッっと引っ張ると、よろめいた私を、後ろからぎゅっと包み込んだ。

 私はもう、破裂寸前。

 口をぎゅーとつぐんで、勢いよくこみ上げてくる猛烈ななにかを、必死に堪えていた。

「ミソりんは、分かりやすいねー」

 と、日亜くんは笑った。

「大丈夫だよ、ミソりん。俺、君が思っているよりもずっと、君のことが大好きだから。不思議と魅力的なミソりんの姿しか、この目には映っていない。そりゃあ、初めて俺が好きになった相手だもの」


 今度は、君のヒーローになってみせるよ。ミソりん。


 限度に達した。猛烈ななにかは、気力、体力をも攫って、シューと体内から抜けていった。何もかもが抜け切った私は、しぼみ果てた風船の如く、カスカスになった。

「それに、ミソりんを悲しませるようなマネをしたら、君の先輩たちが黙っちゃいないし」

 先輩? きっと、明野さんたち三人だ。そういや、日亜くんとも直接、話したっていっていた。

「恐るべし先輩たちだよ。圧力とかハンパねぇもん」

 日亜くんにそれをいわした、明野さんたち。いったい、どんな感じだったのだろう。

「私も……日亜くんを裏切るようなマネしたら、本当に命が危ないかも」

 彼を慕うヤンキーたちが、黙っちゃいないだろう。

「あぁ〜。あり得なくはないね」

 お互いの強い愛情と、周りからの圧力によって、二人の関係は、ずっとずっと続くにちがいない。

 

 

 憧れる。アニメとか、漫画とか見ていて、自分のことを思ってくれる存在がいるって。

 でも、少し前までは、私にはいなかった。気を許せる、友達や恋人なんていうものは。

 周りを見渡せば、仲良しグループでかたまって、みんな、楽しそうに笑っていた。

 私はちがう。私は、“ みんな ” の部類には入らない。

 みんなは、日の当たる、ぽかぽかしたところに咲く、黄色いタンポポ。私は、日の当たらない、じめじめしたところに生える、ゼニゴケだ。

 タンポポは、私の生まれ育った家のすぐそばの公園に、大量に咲いていた。眩しい黄色が好きだった。ぐんと伸びた綿毛は、フーっと吹いて飛ばしたり、無理やり引き剥がして種を撒いたりしていた。

 ゼニゴケは、学校の校舎の裏側とかにあったかも。これといった記憶はない。ふと気になって、調べたことがある。繁殖力が強くて、人に嫌われやすいとか。

 一人でひっそりと過ごしている人間って、周りの人から距離を取られやすい。

 私は知っている。光には、闇がつきものだって。光の規模が大きいほど、つきまとう闇の規模も大きい。もっとも光に近い色である、黄色。

 日亜くんはいった。黄色い花には、意外と、ネガティブな花言葉がつけられていることが多いと。嫉妬。愛情の薄らぎ。破れた恋。絶望。悲しみ。どれも黄色の花につけられた、ネガティブな花言葉。

 タンポポの花言葉は、「真心の愛」「愛の神託」「別離」。ポジティブな言葉もあるが、「別離」と少しネガティブな言葉がつけられている。これは、タンポポの綿毛が、フーっと吹かれて飛んでいくのを表しているのだろう。

 ゼニゴケは……もともと花は咲かないから、花言葉をつけられることもない。

 つまり、どちらかといえばゼニゴケ派の私は、変な言葉をつけられることもないから、楽チン。(「地味」だとかはいわれそうだけど)逆に、タンポポ派の明るい人たちは、いろいろと言葉をつけられて、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもある。みたいな? 

 どっちがいいとか悪いとかはないと思うが、日向でわいわい笑っている人たちを、羨ましいと思うことはたまにあった。それはまるで、日向にいる人たちが正しい人たち。日陰にいる者は、正しくない者だというように。

 正しくない者。日向から、はじかれてしまった人間である、私。そんな私を、まさか、魅力的だと見ていた人がいたとは。しかもその人と、好きなものが共通していて、恋人にもなったのだ。私のヒーローになるって、いってくれた。

 私の恋人は、笑顔が素敵な、花博士のヒーローなのである。

 

 

 

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