第四、頼れる仲間

 私に彼氏ができてしまった。

 いまだに信じがたい。夢物語である。こんなこと、私に恋人ができるって、そんな御縁が存在するって。なんだか、頭がふわふわする。まるでここは、現実の世界ではないみたい。夢をみているようなふわふわ感。試しに自分の手を触って、握ってみるが、ちゃんと感触はある。

 私はときどき、今ある現状を、俯瞰視ふかんしするクセがある。

 私は今どこにいて、何をしているのか。私はこの学校という施設に足を運んでいて、教師という職に就いている大人による、授業を受けている。私は高校生。高校の授業を受けている。中学よりも高いレベルの、高校の授業を受けている。私はただ、高校の授業を受けに行っているだけで、それのためにこの校舎に登校し、授業が終われば下校する。ただそれだけ。他の生徒に絡むことはしないし、そんな必要はないとも思う。

 ただ一人でいるだけ。一人でいて、一人好きな花を見つけて、それをじっと見ていただけ。何も変なことはしていないはず。

 なのに、私がこれから歩んでいく道は、ガラッと変わった。どうしてこんなに変わったのだろう。

 日亜くんという、だらけた格好をして、花を慈しんでいるあの優しいきれいな顔立ちの男の子。彼に話しかけられたことで、世界は一変した。

 どうして彼は、私に声を掛けたのだろう。こんなパッとしない、地味な女子生徒なんて、気には留めても、普通はスルーするものだろうに。

『ドーシテオマエミテーナ、ジミナヤツニコクハクヲ? アイツノヨウナ、キレーナカオノオトコナラ、ソレニフサワシイ、ビジンナオンナニコクレバイイノニ』

『だいじょうぶよ。きっと、じぶんにはわからないだけで、みそはにはみりょくてきなところがあって、にちあくんは、そんなみそはをすきになったんじゃない?』

 そういうことなのかな。自分が第三者から、どう思われているかなんて、それを探るのはとてつもなく難しい。

「ミソちゃん、どうしたの? ボーっとしてさ」

 隣で絵を描く香花きょうかちゃんに声かけられて、私はハッと我に返った。手も止まりっぱなしだった。


 まさか俺が、みずからの手で恋の世界にふみいれるとは。

 その相手は、ごく一般の、無垢純粋なやさしい女の子。まったく読めない。俺がこれからどうなっていくかなんて。

 俺にとって彼女は、—— ミソりんは、まぶしすぎる女の子だ。花だって、ほんとにまっすぐに愛でるし、ほんとうに好きなんだっていうことがまっすぐに伝わってくる。

 あの判断は正しかったかな。彼女に告白したのは。好きだといったこと。そばにいて欲しいと伝えたこと。ミソりんは笑顔で受け入れてくれたが、本当はどう思ったのだろうか。

 不良はダサい。俺はそうは思わない。たしかにダッセェ不良もいるが、カッケェ不良もいる。何をカッケェと思おうが、俺の勝手。他人に口出しされる筋合いはない。

 俺のバイブルである、不良漫画に出てくる不良たちは皆、漢気溢れるカッケェヤツら。特に俺が惚れ込んだ人物は、不思議なヤツだった。イチバン熱い不良で、イチバン不良っぽくない。ちゃんとした不良で、腕っぷしも強いのに、優しくて、ニコニコと笑顔を振りまく。そして、他の仲間を励ましたりする。

 さらには、大切な仲間のために、勝てる見込みもない、格上の相手に対しても、一切怯むことなく立ち向かう。当然、苦戦を強いられるが、それでも強気を見せて、引けを取らない。

 俺は震えた。カッコよすぎる。こいつは不良の鏡だ。こういう不良に、俺は憧れているのだ。

 ……とはいえ、けっきょく不良というは、世間的なイメージは悪いから、ミソりんは不良の俺を、どう思っているのだろうか。顔とかには出していないだけで、実際は怖いとか、そんな思いをさせている可能性だって、あり得る。

「スネ!」

 そうこう考えているうちに、二本目を取られてしまった。俺が負けるなんて、らしくない。

「どうしたんだよ、日亜! いつものお前じゃねぇぞ!」

「あー、ワリぃ ! もう一回!」

 

「へー、もう付き合ったんだ」

「ミソちゃん、絶好調だね」

「ちょーアオハル満喫してるじゃん」

「ウラヤマー」

 香花ちゃんと、恋愛話が大好きな頼れる先輩三人衆に話をした。

「んで、ラブの相手は、かの有名な羽根田うねだ日亜にちあか」

 外ハネボブの、うさ耳リボンのヘアバンドを身につけた、明野さん。ぱっちりお目々が可愛らしい。

「有名?」

「日亜くんて、この辺りでは有名な不良だったんだよ。喧嘩もけっこー強いみたいだし」

 ロングヘアを一つに束ね、カラフルなヘアピンをこめかみに飾った、深海さん。一見、クールで美しい。海に浮かんだ月の如くきらめいている。

「今はケンカしてないらしーけど」

 サイドテールのハーフアップ。結び目を牛柄シュシュで飾った、春陽さん。どこか気怠けで、のんびりとした話し方をする。

 この三人、同学年の皆からは『恋愛B I G3』と呼ばれている。それくらい恋愛話が大好きで、熱心だという。私の恋路にも、興味心身である。最初は香花ちゃんにしていた話に彼女たちが食いつき、超心強いサポーターになってくれたのだ。

 しかし、彼が不良であることは見てすぐに分かるが、そんなにすごい不良だったとは。なのに、あの笑顔。優しい口調。

 本当に不思議だ。

 

「日亜お前、どうしたんだ」

「やっぱ何か、悩みごとでもあんのか?」

 お節介な二人、モモとトウ。とくに俺のことになると、しつこいくらいに世話を焼きたがる。

「うるせーな。別に何もないよ」

 と、二人から視線をはずした。しかし、モモに両頬をつかまれて、強引にひっぱられた。

「は? “何もない” わけねぇだろ?」

「普段はもっと明るいだろお前。ウチん中に溜めてるもんがあるなら、爆発する前に俺らに話せよ」

 短気なモモと、モモよりも一歩大人なトウ。横を刈り上げて、残った髪をたばねたり、丸めたりと、頭は瓜二つだが、性格はこうもちがうう。お節介であること以外は。

「最近テメー、変に用事があったりして、ぜんぜん予定合わねーし」

「いつもは何やってんだ?」

「ただの趣味だよ。俺は今までの俺とはちがうから、お前らともベタベタくっついてるわけにもいかねぇの!」

 こういう不良の格好は、好きだからやめるつもりもないが、喧嘩は二度としないと誓った。好きな彼女に見せる顔に、傷も痣も絶対に作らない。

 初めてこんなにも好きになった女の子。不良ではない、無垢純粋な彼女に不安な思いをさせないためにもだ。

「その趣味ってなんだよ」

「お前の婆さんがやってる華道に目覚めたのか?」

 俺が花を好きだということは、二人は知らない。二人以外の不良仲間にも知られていないだろう。ウチのばあちゃんは、華道のプロで、週に一度、家で華道教室を開いている。しかし、それとはちがう。俺は外で咲いている花を見るのが好きなんだ。自然に生えてる植物の花だったり、花壇に植えられて花開いたものだったり。

 “ 花が好き ” なんて、誰かにいったことなど一度もない。

 でも、さすがはトウだ。いいセンいってる。

「ちょっとちがうかな」

「じゃあ、何だよ」

「……」

 今さらいうのも気が引ける。

「あ? 何だよ」

「……なんでもない」

「あン!?」

「中途半端なトコで止めるなよ」

 難しい。このまま話さないのを貫くと、気まずい間柄になるのは確実だ。けれど、話すのも……。周りにはいねぇだろ。花好きなやつなんてさ。

「まぁ、話したくないモンなら、無理に話す必要もねぇけど」

 トウ! なんていいヤツ。ぎゅうぎゅうに詰まってたものが、一気に解き放たれたような、スッキリ感。

「……そうだな、そんなんで関係悪くなってもシャレになんねぇし」

 感情的になっていたモモも、冷静さを取り戻したようだ。

「悪ぃな」

「気にすんな。で、お前の好きなやつって、もしかして花か?」

「あ、そうそう。花巡りっていう、街中に咲いてる花とかを見てまわるんだよ。不良で花好きなヤツなんていねぇから、バカにされそうだし、変かなって」

「他にいない=変ってわけじゃねーし、別に似合ってると思うぜ」

「俺も似合ってると思うぞ。それに、日亜をバカにする奴なんざ、俺とトウで一網打尽だ」

 安心だ。こいつらは、心から信頼を置ける。……って、

「ひでぇ! 何、さらっと吐かせてんだよ!」

 気づけばいってしまっていた。

「俺はコイツみてぇにバカじゃねーんでね」

「あンだと!? トウ、テメェ!!」

 トウは俺らよりも一枚、二枚とうわてある。

「日亜、俺らはお前を何よりも尊敬して、信頼してるんだ。だからお前にも、俺らのことを信頼して、今みたいに心置きなく話してほしいんだ」

「俺らはお前に命預けてっからな」

 ……カッケェ。俺のお気に入りの漫画バイブルのアイツらにも、まったく引けを取らない漢の絆だ。二人が、そこまで俺のことを想ってくれていたなんて、全然気に留めてなかった。

「俺は一瞬、彼女でもできたのかと思ったけどな」

「あぁ、間違ってねぇよ」

『……はア!?』


 

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