第三、花巡り

 休みの日になると、日亜にちあくんと共に花巡りに出た。

 季節も季節だから、傘をさして出る日が多い。

 そして、少し気になっていた日亜くんの私服。『小籠包』と書かれた白Tを着て、ボトムスには、横に白い線が二本入った、黒のハーフパンツ。足元には紺のクロックスサンダルを履いて、唐草模様の巾着ショルダーを斜めに掛けた、渋い格好であった。

小籠包ショウロンポウ、好きなの?」

 どうしても気になったので、彼に尋ねてみた。

「あ、これ? カッケェでしょ」

 輝やかしい笑顔で、『小籠包』の文字を伸ばして、見せてくれた。曇りの一切ない、キラッキラの瞳。本当にこれをかっこいいと思って着てるんだ。

「ほらこことか。龍ってあるし、強そうじゃん」

 たしかに龍ってあるが、その上には竹かんむりがあり、まったくちがう漢字である。これはおそらく、『かご』って読むんじゃないか? 字面はカッコいいけど。

 ちなみに私の服装は、グレーの、膝丈まである、パーカーワンピース。足にはピンクの紐なしスニーカーを履いている。特に意識はしていない。休日は、めっちゃ動く日とめっちゃ動かない日がある。どっちになってもいいように、というのもあるし、外に出たとしても、誰かに見せびらかすわけでもない。それゆえに、動きやすさと楽さを重視した、着こなしに落ち着いている。

 カバンはふつーのポシェット。推しキャラクターのキーホルダーを一つ垂らしている。さらっと彼に、「似合ってるよ」といわれたのが嬉しい。

 日亜くんの好きなテイストが分かったところで、いざ、花巡りへ。


「マリーゴールドだ」

 とある住宅の花壇に咲いていた、オレンジや黄色のエネルギッシュな花々。

「これマリーゴールド?」

 日亜くんのいうマリーゴールドと、私の脳裏に浮かぶマリーゴールドとは少し違った。色味は同じだが。

「マリーゴールドって、もうちょっとまるっぽくて、ポンポンみたいな感じじゃない?」

 目の前のそれは、中央を花びらで囲った典型的な花の形のもの。

「それもマリーゴールドの一種だよ。ミソりんのいうそれは、多分八重咲きのもの。これは一重咲き」

「へー、私って八重咲きを好きになりやすいみたい」

「ボリューミーだものね。マリーゴールドって、他にもいろいろと種類があって、どれもド派手で魅力的なんだよ」


「ラベンダーみたい、名前はわかんないけど」

 一本の茎に、紫の小さな花が無数に連なっている花。なんとなく、よく見かけるけれど、名前は知らない。

「これはサルビアだね、これは紫だけど、赤とか白とか色の種類も豊富だよ。ラベンダーとは違うけど」


「あ、ドクダミだね」

「ホントだ」

「臭いがキツいやつ」

「そうそう、臭いが毒入ってるみたいだからドクダミって名前になったという説があるくらいだよ」


「やっぱ、この季節と言ったらアジサイだよな」

「だよね。テレビでもアジサイやってたし」

 雨音の下で、袖を濡らしながらピンクのアジサイの前で腰を落とした。

「アジサイはね、もともとは日本原産の花なんだよ」

「え、そうでしょ」

 アジサイって普通に日本の花なんじゃないの?

「この種類のアジサイは、外国で作られたものを逆輸入したものなんだよ」

「逆輸入!?」

 じゃあ、外国で作られる前のもは日本にあった花なの?

「そうそう、ガクアジサイっていう、これよりももっと平ぺったいアジサイ」

「あ、見たことある」

「それが、アジサイの原種なんだって」

「へー、アジサイにも色んな種類があるの?」

「もちろん、あるよ。ミソりんの好きそうなものだと、ダンスパーティーとかフェアリーアイとかかな。花の周りにあるがくのところが星形だったりバラみたいだったりで可愛らしいんだよ」

 ホント、日亜くんて見た目とのギャップが著しい。

 ピアスをしていて、Tシャツをダラーと出していて、いかにもヤンキーって感じの男の子。それなのに、いつでもニコニコと笑顔を振りまいて、花には超絶詳しい花博士。どの花に対しても、慈しみを持って愛でている。

 ほんとうに不思議だ。


 季節は進んで、額が汗ばむ季節になった。強い日差しが、露出する皮膚をじんわりと焼く。

 こんな蒸し暑い中でも、花は咲く。夏といえばのあの花も。

 私よりもうんと背が高くて、日亜くんよりも少し高い。ヒマワリの花が、立派に咲いていた。黄色い花びらの、その真ん中は、色っ濃い茶色。

「プリンみたいな色味だね」

 そう思ったのを、すぐに口に出した。

「ヒマワリ見てプリンていう子、初めてみたよ」

 日亜くんはクスクス笑った。

 私は最近、プリンにハマっている。特にプリン味のアイスに釘付けだ。

「ヒマワリは何かある?」

「何かか……。ヒマワリにも八重咲きのやつはあるよ。大体どんな花にもあるけど」

「八重咲きって、一重咲きの進化版って感じだよね。強そう」

「だな。でも、必ずしも八重がいいってわけでもないかな。クチナシの八重咲きは綺麗だけど、中には一重の面影が全然ないってもんあるんだよ」

「桜は一重が好きだな」

「同感。あ、ヒマワリの八重咲きは、ゴッホの絵画にあるようなやつだよ」

「あ! ゴッホの『ひまわり』。あれ、“ ひまわり ” って名前なのに、そこに描いてある花って、全然ヒマワリの面影がないなーって思ってた」

 私がそういうと、日亜くんは声を出して笑った。

「それは八重のヒマワリ描いてるからだよ。八重咲きはあんま馴染みないし、ムリもねぇな」

 ヒマワリといったら、真ん中が茶色くて、その周りを無数の黄色の花びらが囲うという、この形が私の中で染み込んで定着しているから、まさかこれではないヒマワリも存在しているとは。

 陽光に向かって咲くその顔を、背伸びして除いた。茶色い粒々の一つ一つが、あのシマシマの種になるのだ。

 

 花とは不思議だ。そして、魅力的である。


 「何か食べに行こう」

 ある時の花巡り。私も大好きなファストフード店で、ハンバーガーセットを注文した。そのまま店内で食べることにした。


 なんて甘いひとときなのだろう。エビカツのハンバーガーに、ポテト。食べているものは、どれも甘いものではないはずなのに。一口かじると、不思議な甘みが広がった。ちょっとでも気をゆるめれば、きっと格好悪い自分を見せてしまうような気がする。だから、緩められない。

 日亜くんはいった。

「ミソりんてさ、本当にまっすぐに花を愛でるよね」

 私は、クリームで汚れた口元をを備え付けのナプキンで拭いていた。

 まっすぐか。確かに私はまっすぐに、目の前にある道を進むだけだ。変に曲がった進み方をする術など、全く知らない。そういう進み方をする人をよく耳にするが、どうしてそんな進み方ができるか疑問を持つほどだ。

 

 食べ終わって、店の外に出た。

「俺、そんなミソりんが好きなんだ」

 先に店を出た私の背後から、彼はそういった。

 私は驚いて、後ろを振り返った。

「ミソりん、俺の恋人になってくれないか?」

 え?

「こんな不良の俺には君は眩しすぎるけどさ、やっぱり君のことは好きでさ。このままずっと、そばにいて欲しいって思ったんだ」

 え!

 ちょ、ちょっとまって。

 私が、日亜くんの恋人!? こんな綺麗な顔立ちの、心優しい人の彼女に私が? 何だかすごくもったいない気がする。でも、私も彼のことが好きなのは本当のこと。

 いいの?

『ヤメトケヨ。オメーニハ、コンナオトコハニアワネェ』

 とイフさん。

『だいじょうぶだよ。みそはとにちあくんは、おにあいだよ。いっしょにおはなをみているふたりは、とてもたのしそうだもの。いちばんだいじなのは、みそははかれのことがすきか。かれとつきあいたいかどうか。かんたんなことだよ』

 とりんこさん。

 “かんたんなこと” か。簡単なこと。

「いいよ。恋人になる」

 これでいいのか。これでいいのだ。これでいい。

 すると彼は、私の口に、そっとキスをした。

「契約。改めてよろしくね。ミソりん」

 そして日亜くんは、にっと笑顔になった。

 まさかのまさか。

 なんとこの私に、人生初めての彼氏が出来てしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る