第16話 旦那さんと沙織さん

「…何を見たの?」

「それがですね…」

「和村さん…?どうしてここにいるの?」


長谷川から話を聞こうとしたところ、近くに停めてあった車に家入さんが乗っていたらしく、とうとうバレてしまった。


「いやあの…はい!隠しません!…話します。実はこっそり旦那さんの跡をつけてました。すみません…」

私はできる限り深く頭を下げた。

「いや、来てしまったものは仕方ないよ。こっそり来たのはダメだけど、和村さんだって、本気で探偵になりたいんだもんね…」

「…はい。どうしても放っておけなくて!」

実のところ、半分以上は不埒ふらちな好奇心によるものだが…


「そうだよな…もう高2だし…探偵になるなら多少なりとも…」

家入さんはハンドルに左手を添えると、ブツブツと何かをつぶやき始めた。

「あの…家入さん?」

「あ、ごめんごめん。…もしかして、長谷川さんもそこにいるの?何かを話してたみたいだけど…」

そうだった。長谷川が血相を変えて(とは言っても死んでいるから血は通っていないが)ホテルから出てきたのだった。


「はい。長谷川にホテルの中を見に行ってもらって、ちょうど今、どんな様子だったか聞こうと思ってたところなんです」

ということで、私は長谷川に話を促した。


「…それ本当なの?」

「長谷川さんはなんて言ってるの?」

「…家入さん、私もちょっとビックリしたんですけど…」


】【    】【    】【


そろそろ晩ご飯の準備をしようと思った頃、夫からメッセージが送られてきた。


「今日は晩ご飯いらないよ」

私は少し驚いて、だんだんと腹が立っていった。まさかこの日のことすらも覚えていないというのだろうか?そう思っていた頃、続けざまにまたメッセージが送られてきた。


「7時にあのホテルに来てほしい。沙織ならどのホテルか分かるんじゃないかな?」


私は息子を連れて車を走らせた。




「あの…このホテルに森川健一という人は来てませんか?」

「はい。森川沙織さまと息子さんでお間違いございませんでしょうか?」


やっぱりだ。


その後、私たちはレストランに向かった。

平日だからかそれほど混んでいない。スタッフは一番奥の、夜景がよく見える窓辺の席に案内してくれた。




「…おっ、ちゃんと来てくれたんだね」

朝、仕事に行く前のシワひとつないスーツ姿で、健一はそこにいた。声が出なかった。


「まぁ座りなよ!悠太ゆうたはどうする?母さんの隣に座るか?」

懐かしかった。このホテルは、プロポーズをしてくれた思い出の場所に他ならなかった。


「いつの間に予約してたのよ」

「驚くだろうと思って内緒にしてたんだ」


食事を終えたあと、私はロビーで待たされた。しばらくすると電話で部屋に呼ばれた。




「ハッピーバースデー!」

わざわざホテルのスタッフさんまで巻き込んだようで、飾りつけのされた部屋の中で、健一と悠太がクラッカーを鳴らした。

「そしてー…?」

健一は袋から何かを取り出しながら…

「結婚10周ねーん!おめでとーう!」

…こう叫んだ。彼の手にはネックレスが。


「ありがとう。けどさ、ひとつ気になることがあるから聞きたいんだけど…」

「なぁに?」

「金曜のことなんだけど、家に帰らなかったよね。友達の家に泊めてもらったんだっけ?」


「うん。あの日はめっちゃ頑張ったよー…有休とれるように急ピッチで仕事終わらせてきてさ。泊めてくれたあいつと、夜通しママのこととかサプライズの話とかしてたよ」

健一は照れながら話した。

「今日は泊まるんだろうけど…着替えはどうするの?」

ちょうどそのとき、妹の沙羅さらが部屋に入ってきた。


「姉ちゃん!誕生日と結婚10周年おめでとう!…これ2人分の着替えだから」

沙羅が大きなカバンを床に置き、ラッピングされた何かを渡してきた。

「はいこれ!姉ちゃん、財布がボロボロって言ってたでしょ?気に入るといいんだけど」

中身は茶色い革の長財布だった。


「ちょうど財布欲しいなって思ってたよ。ありがとね」

「母さん…」

振り向くと、両手で何やら四角い缶を持つ悠太がいた。

「これ。お年玉で買った。結構高かった…」

クッキーの缶を持った悠太がそう言うと、家族もスタッフさんもみんなが笑った。


「ありがとう!でも、もったいなくて食べられないかもね」

「食べてよぉ…あ、そうだ。沙羅姉ちゃん」

悠太はふと沙羅の元に行き、何かをヒソヒソと話している。


「…姉ちゃん!この子は私が預かったぁ!」

沙羅は突然、誘拐犯のようなことを言った。


「どういうこと?」

「悠太って明日は普通に学校でしょ?…にしても、ホントいい子に育てたよね」

「えー…だから、どういうことなのよ」

「この子、私の家に泊めてほしいって言ってるのよ。全然構わないんだけどね?…私この子が10歳とは思えないよ…気遣ってるのよ?姉ちゃんたち夫婦を!」


私は涙が少し出て、そのあとまんまと泣いてしまった。

安易に夫を疑ってしまったこともそうだが、私の家族がこんなにも優しさで溢れているということが身に沁みて分かった。幸せだ。


こうしてはいけないと思い、私は部屋の外に出てスマホを取り出した。




「もしもし。家入さん…やっぱり私の勘違いだったみたいです」

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