第15話 尾行開始: 長谷川とワトソン

5時20分。私と長谷川が乗ったタクシーが旦那さんの会社…の近くの郵便局に着いた。

堂々と会社に行けば、家入さんにバレるかもしれないからだ。

定時まであと10分ほどあるので、会社近くのバス停のベンチで待つことにした。…そういえば家入さんはどこにいるのだろうか?


5時半を少し回った頃、長谷川が耳打ちしてきた。

「…あの人です!黄色いコートの人!」

「聞こえないんだから小さい声で言わなくてもいいのに…」

そういやボク幽霊でした!てへ!…という仕草をするが、それは無視して後を追う。


「ところでさ、旦那さんって普段どんな移動手段で帰るの?」

周りの人に怪しがられないよう、前だけを見て小さく話しかける。

「歩いて帰ってます。ちなみに家はマンションらしいです」

「そうか…お金の心配はなさそうだね。それにしても、定時で帰ってくれてよかったわ」

ずっと待つのは好きではない。ここで私は、やはり1人で喋るのは違和感があると思い、ポケットからマスクを取り出した。

これでより一層バレづらくなるだろう。


「あれ?」

しばらく歩いた頃、旦那さんはスーパーへと入っていった。

私も、何を買うわけでもないがカゴを持ち、彼の後を付いていった。


「…普通の買い物みたいだね」

卵、お菓子、牛乳、トイレットペーパー…沙織さんから頼まれたのか、着々とカゴに入れていく旦那さん。

「ママー!お菓子とお線香買ってー!」

「はーいハセちゃん。成仏しましょうねー」


レジに並ぶ彼を見かねて、私は手にした柔軟剤を棚に戻して入口前にスタンバイした。

「…出てきたね」

「真由美さん…さっきの成仏しましょう発言はいかなるものかと…」

落ち込む長谷川をごめんごめんと受け流し、出てきた彼を再度追う。


道すがら、旦那さんは何度か知り合いとすれ違っていた。

スーツを着たおじさんと親しげに挨拶を交わし、同い年くらいのカップルとも楽しく立ち話をしていた。

お惣菜屋さんのおばちゃんからも何やら声をかけられ満面の笑みで対応をしていたし、知らない通行人が散歩させているチワワも彼にじゃれついていた。


「…ねぇ長谷川、あのひと本当に浮気なんかしてるのかな?」

「僕も同じこと思ってました…これはあくまで僕の考えなんですけど、動物に好かれる人ってみんな良い人だと思うんですよねぇ…」


帰り道を歩いているだけでもたくさんの知り合いとすれ違い、気さくに触れ合う旦那さんを見て申し訳ない気持ちになってきた。

こんなに人柄が良さそうなのに、今まで彼を疑っていたなんて…




「真由美さん!あれ見てください!」

焦ったような長谷川の声に驚きつつも、彼が指さした方向を見た。


旦那さんが、ホテルに入っていくのだ。


「え…ちょ、ホテ、ホテル…だよね?あれ…」

「はい…」

滅多なことではうろたえないこの私も言葉がうまく出なかった。

しかもあのホテル…なかなかゴージャスじゃないか。


「長谷川…中、見てきて…」

「…行ってきます」


人通りは少なくないし、ザワザワとしているはずなのにほとんど耳に入ってこない。

ホテルの入口に釘付けになった私に、もはや尾行を始める前のワクワクした気持ちは微塵もなかった。ただひたすら、何かの間違いだと信じたかった。


どれほど時間が経っただろうか。

長谷川が真顔のまま戻ってきた。

「どうだった…?」


「…驚きました…こんなことって…」

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