第13話 出る幕ないかもワトソン

「…和村さんっていいましたっけ?…絶対に。絶っ対にこのことは口外しないでくださいね?」

「もちろんです。私は高校生ですが、探偵業にかける情熱は誰にも負けません。本気で向き合いますんで、どうかご安心を!」

本音と建前が半分ずつある。向き合うつもりは確かにあるが、「浮気調査」というスキャンダラスな響きに惹かれたのもまた事実。


「…金曜日に起きたことなんですけど…」

彼女はひと呼吸おいて、話し始めた。


35歳の森川沙織もりかわさおりさんは、10歳の一人息子を持つ女性だ。とあるスーパーでパートとして働き、ちょうどいつもこの時間…夕方には家路につくのだという。

「先週の金曜、いつもなら仕事が終わる頃なのになかなか帰ってこなくて…いつになったら帰ってくるんだろうって思ってたんですけど、結局その日は帰ってこなくて…」

「え、丸1日帰ってこなかったんですか?」

私は体を前へ傾けるようにして聞いた。

「はい…夫が帰ってきたのは土曜日で、昼の2時頃だったと思います」

おっと…一体どこで誰とイチャイチャしていたんだい?


「夫に聞いてみたら、仕事が立て込んでて、友達の家に泊めてもらったと言ってました」

「ほーう…そりゃ熱心なことで…」


「その日を境に、夫はスマホを見てやたらとニヤニヤしたり、電話してくるって言ってちょくちょく姿をくらましたり…」

「ありゃ。それは困りましたな」


「あの…和村さん?相槌を打つのはいいことだけど、この人は依頼者さんだから…ね?」

私としたことが。ついお下品な方向で乗り気になってしまった。

「ただの思い過ごしだったらいいんですけど、念のため夫の動向を調べてほしくて」

「…分かりました」

家入さんはなんだか気が進まない様子だったが、承諾した。

「せめて…水曜日はちゃんと、まっすぐ家に帰ってくれたらいいんですけどね…」

沙織さんはふとそう言ったので、私は気になって質問した。

「水曜日に、なにかあるんですか?」

「まぁ…この日だけは一緒にいたいって思うような…そんな感じの日です」


照れるようにこぼす沙織さんを見かねて、ひとまず水曜日は頭に入れておこうと思った。

家入さんがひと通り調査の流れを説明し、私もその内容をそこそこに理解したところで、その場はお開きとなった。

沙織さんが事務所を出たあと、家入さんは私に言った。

「さっきも言ったようにこれから何日か張り込み調査をするけど、それは僕一人で行うよ。和村さんが下校するくらいの時間には事務所にいるけど、夕方5時以降は閉めるからね」


「…子どもの出番はなし…ってことですか」


「学生の君を夜おそくまで付き合わせるのはまずいし、何よりこういう不貞行為の様子を未成年の君に見せるわけにはいかないからね。今日の場合、依頼者のリアルな声を聞いてもらうのが目的だったにすぎない」


「…分かりました。今日のところは話を聞くだけにして帰ります…」

「せっかく意気込んでいたのにすまないね。浮気調査以外の仕事が入ったら、教えるからさ…」


私は事務所を後にして、裏路地を出て行った。あんなにやる気でみなぎっていたのに、はたとめてしまった…




「カモン長谷川!」

「ほいさ!」

実は事務所から、彼をこっそり招き出したのだった。


「これから楽しくなりそうだね!長谷川!」

「ごもっともでやんすねぇ!真由美さん!」

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