番外編

第10話 長谷川とワトソン

山田さんの元へ無事にきなこくんを届け終えた私たちは、事務所に戻った。

「いやぁ、和村さん。初めての仕事なのに大活躍だったね」

ソファに腰掛けた家入さんは上機嫌で話す。

「ぶっちゃけ自分でもよくやったって思います」

「お2人さん戻ったんですね!」


入口を開けずにすり抜けてきた幽霊。

「あ、幽霊だ」

「え!?幽霊!?」

「家入さん、ただのレギュラー幽霊です」

家入さんはやはり幽霊が苦手なようだ。


「なんですか『レギュラー幽霊』って!」

幽霊はヘラヘラしながらツッコミを入れた。

「そういえば、あなた名前は?」

「あー、長谷川です」

「下の名前は?」

「分かりません!下の名前は忘れました!」

名前を忘れただと?


「名前を忘れたってどういうことよ。あなたワケアリなの?」

「ワケアリなのはこの事務所ですけどね!だって僕がいるから!」

「いやボケてないでちゃんと答えてよ」

「いや、本当に忘れたんですよ!幽霊になったときから下の名前を忘れて…あれ?」


長谷川が止まった。天井を見上げて口を開け、黙りこくっている。


「…まぁ、天国に行くまでに思い出してよ」

「ねぇ、なんの話をしてるの?その…幽霊さんの名前の話?」

「はい。この人の名字は長谷川らしいんですけど、下の名前を忘れたらしくて」


「長谷川…長谷川さん。失礼ですが、あなたが亡くなられたのはいつ頃のことですか?」

家入さんは私の横にいるであろうと思ってか、誰も座っていないソファの左側に話しかけた。


「あたりまえ体操が流行ったぐらいの頃だから…もう10年くらい前になるのか」

「…長谷川さんはなんて?」

「10年くらい前に亡くなったらしいです」


3人の間に…とは言っても声を出せるのは私と家入さんだけだが、無言の時間ができた。


「…はいはいはいはい!」

長谷川がふと手を叩いたが、反応したのは私だけであった。

「人が死んだときの話なんて、せっかくの土曜日に聞きたくないでしょ!さぁ、この後はどうするんです?次のお仕事?それとも友達とショッピングとか?」

長谷川はいつにも増して早口で喋った。


「…家入さん、この後はどうしますか?」

「…へ?ああ、ん?どうするって何が?」

「仕事の依頼がまだあったりとか」

「ああ…今のところまだ入ってきてないよ。でも長いこと付き添わせるのも申し訳ないし、今日のところはこのへんで…」


「…はい。じゃあ、私はこれで」

「和村さん」

家入さんに引き留められた。

「これ。少ないけど報酬だよ」

そう言って、茶色い封筒を手渡してきた。

「ありがとうございます。ではまた…」


ドアを閉めるとき、家入さんと長谷川が手を振っているのが見えた。


(…まだ13時前か。お腹空いたな)

そういえばこの封筒、一体いくら入ってるのだろうか?

「イチ、ニー、サン、シー…」


千円札が5枚、うーん…お年玉チック。


「あれ?真由美だ」

聞き慣れた声だ。脇道から声をかけてきたのは同じクラスの晴香はるかだった。晴香の他にも2人いた。


「おー、みんな何してるの?」

「さっきまで雑貨屋に行ってて、今からお昼食べにシャルル行くとこ」

カフェ・ド・シャルルか。あそこのサンドイッチめちゃくちゃ美味しいんだよな。

「シャルル行くんだ。私もお昼食べてないからさ、一緒に行ってもいい?」


「いいよー」

「行こ行こ」

「決まりだね。ご飯食べた後カラオケ行くんだけど、真由美も行く」

「いいの?行きたい!」


探偵とて、和気藹々わきあいあいとしたいものだ。

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