第8話 順調なワトソン・ホームズ
「それに…?」
「…いや、なんでもないです。ところで、こんな感じの猫見てないですか?」
私は猫の写真をおばさんに見せた。
「見たわよ。というか、あそこに青い屋根の家あるでしょ?そこに住んでる人がその猫抱えて入っていくのを見たわ」
「なんか顔つきと喋り方が変わりましたね。それが普段のあなたなんですか?」
「うん。『あの人たち』にはよくしてもらったし、まずはパンフレットを配り切ってやろう!って思ってた。だけど、自分が死んでるって知ったらどうでもよくなったわ。教えの中では天国がどうとか書いてあったけど、天国なんてものもないみたいだし…」
どんどん不貞腐れていく。どうやらおばさんは新興宗教の中では新参者らしく、頑張って認められようとした矢先に死んだようだ。
「天国ならありますよ」
「天国が?なんであなたに分かるのよ」
「私はついさっき、天国に召される幽霊を見送りました。天国に行くには良いことをすればいいと、別の幽霊に教えてもらいました」
「そんな単純な話なのかねぇ?それで、良いことっていうのは具体的にどんなことなの?」
おばさんは腕組みをしてぶっきらぼうに聞いてきた。
「あなたさっき、青い屋根の家に猫がいると教えてくれましたよね?」
「ええ。まぁ、もしかしたら家の人が保健所とかに預けてるかもしれないけど」
「そのときは保健所に行きますよ。とにかく、有力な情報を教えてくれてありがとうございます」
私は少しだけ頭を下げて、そのあとゆっくりと彼女を見据えた。
「…わかりますか?あなた今、透けてた体が少しだけはっきりしましたよ」
「…確かに。さっきより体が濃いかも…」
「あなたのおかげで猫の手がかりを知れました。良いことをしたんです。良いことをするとだんだんと体がはっきりしていって、いつかは、ちゃんと天国に行けます」
「…本当なのかもね。幽霊が見える人を見かけたら、なるべく良いことしてみるわ。色々ありがとね」
そのまま彼女は、のそのそと去っていった。
(さぁ、例の家に突撃だ)
青い屋根の家のインターホンを押すと、そこから小さな男の子の声が聞こえてきた。
「どなたですかー?」
私は少しおかしなテンションになっていた。
「すごい力を持つ人でーす」
しばらくすると鍵が開く音がしたが、ドアを開けてきたのはその子の母親だった。
「あのー…どのようなご用でしょうか?」
「この家で茶色い猫を預かってると聞いたんですけど…」
「預かって…あー…やっぱり飼い猫だったんですね?」
「まぁ、はい」
どうやらこの家庭、「きなこ」くんを捨て猫か野良猫として拾いつつも、飼い猫だろうという考えは持っていたようだ。
「中にどうぞ」
「お邪魔します」
その家にはどこか懐かしい雰囲気があった。下駄箱の上の置物、居間の入り口にジャラジャラの飾り、そして独特な匂い…
「この子のことですよね?」
居間の座布団に座り待っていると、別室から猫を抱えた母親がやってきた。
写真と見比べても、大きさや細かい柄など、どこからどう見ても「きなこ」だった。
「はい。たぶんこの子です」
「たぶん?」
「実は私、依頼を受けて猫を探してたんです。だから、この子が本当に『きなこ』なのかははっきりと断言できないっていうか…ちょっと電話してもいいですか?」
「飼い主さんとですか?」
「そんな感じです。ちょっと失礼します」
居間から廊下に出て、家入さんに電話をかけた。家入さんにかけるのはこれが初めてだ。
「もしもし、和村です」
「あー、和村さんか。どうしたの?」
「私、きなこくんらしき猫を見つけました」
「え?僕もきなこくん捕まえたけど…」
「…はい?」
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