ロッキー・マウンテン・オイスター
何かをカラカラ揚げる音がする。目の前の油と塩胡椒の匂いを鼻で受けながら、チラッと右隣にいる木場さんを見た。
あの木場さんが今、俺の隣で頬杖して料理を待ってる。お互い肩がくっ付きそうな距離。昼休みに遠目に見ていた彼女が、すぐ側にいるんだ。
見れば見るほど顔はめちゃくちゃタイプだし、いじられキャラの俺とは違って、自ら人に好かれる明るい性格とかすげぇ惹かれる。やっぱ俺——木場さんの事が、好きだ。
「……」
ああ、何か言えよ俺。運良く木場さんと接近出来たのに、これじゃいつもとかわらねぇよ。声を出せ、聞くんだ。好きな食べ物とか!
「きッ、木場さんってさあ……」
「ん。なあに?」
「好きな……食べ物……ってなに」
「私の好きな食べ物かぁ、蝉の幼虫かな」
「へぇ蝉かー。……セミィ!?」
俺は耳を疑ってクワッと木場さんを見た。蝉って夏にジィジィ鳴くあの虫の事なのか、しかも語尾に幼虫って言わなかったか?
「あはは、やっぱデカデカライオン君も虫、ダメな人?」
「いや、虫自体は見るのも触るのも平気だ。ただ、食うって事にすげぇびっくりしてさ……木場さん今——蝉の幼虫って言った、よな?」
「うん。蝉の幼虫って樹液みたいな風味がして、魚肉ソーセージみたいな味がするんだよ、結構美味しいんだぁ」
「まじか……」
俺は固まってしまう。スイーツ的なの期待してたら、まさかの昆虫だ。度肝を抜かれた俺に、木場さんは仕方なさげな顔をした。
「だって私達、小魚とか海老とか普通に食べてるじゃん、だから昆虫だって慣れれば大丈夫なはずなんだよ。もちろん、毒キノコのように食べちゃダメなのもあるけどねぇ」
「言われてみりゃあ、そうかもしれないけど……もしかして木場さん、学校でもそういうの食べてたりする?」
「うん、友達にはすっごいリアクションされるけどねー!」
「あー……だから、昼休み木場さんの席の周辺って声がするのか。いっつも騒がしいもんな」
「あはは! 言われたい放題だけど、私も不味いもの食べてる訳じゃないし」
木場さんは明るく言ってるけど、どこか理解得られてないような寂しさを感じるな。こんな察し方出来ちまうのも、普段から表情をずっと見てるからだ。虫なんかより、よっぽど気持ち悪がられるような事を、俺の方がしてる。
「私、奇抜な料理とか食べ物が大好きなの。ちょっと変なんだ、デカデカライオン君もそう思うでしょ?」
「そんな事ないって! 好き嫌いなんて人それぞれだろ!」
「おお、デカデカライオン君いい事言うねえ。そんな若造におまちどう、ロッキー・マウンテン・オイスターだ」
そこでコト、と店長の手によって俺の目の前に料理が置かれた。見てみると、鶏皮の唐揚げの様な見た目で、乗っかっている小皿にはケチャップっぽいソースが入っている。
「これがロッキー・マウンテン・オイスター……か」
見た目は、やっぱ牡蠣の唐揚げっぽい。備え付けのプラスチック箸を一膳手に取り、一個つまむ。いい匂いもするし、普通にうまそうだ。
「デカデカライオン君、ほら食べてみて!」
木場さんが俺の肩をぽんぽんしてきて、食欲がそそられる。そうだ、彼女の好みとかこれがなんの食材かなんてどうでもいい。今は木場さんと二人で飯を食いに来たんだ。
「……いただきます」
俺は店長と木場さんの視線を集めながら、両手を合わせていざ実食。箸につまんでいた鶏皮唐揚げみたいな何かを付属のソースに絡め、口に運んだ。
サクッ。噛んだ瞬間、外側の小麦粉衣が弾けた。その後、肉と思われる物が歯と舌に触れる。うん、やわい食感だ。食べやすくていい。
ソースの風味が広がっていく。これはただのケチャップじゃないな。タバスコの辛みやレモンのさっぱり感がある。これは海鮮系お馴染みのカクテルソースだ、って事は——やっぱこれは牡蠣か?
何回も噛み締めて舌で転がして、ごくりと胃におさめた。二人が俺の感想を待っている——箸を置き、味わったその口で素直に言った。
「ふにゃりとした独特な歯ごたえと、フライドチキンの薄味感が気になるけど……下味がいいんで問題ないっす。唐揚げにしては食べやすいし、このソースとの相性が良くて結構美味いっすね」
「おー! デカデカライオン君結構ガチで味わってくれてるね! もっと食べていいんだよ〜!」
「じゃあ……もうちょい、いただきます」
木場さんの嬉しそうな顔を見たら箸が進む。全然食える物なので、男らしい食いっぷりを彼女に印象付けるために、豪快に俺はロッキー・マウンテン・オイスターを食らう。
「……ごくん。ところで——これってあんま牡蠣っぽくないっすね。海鮮というより、なんか牛タンみたいな風味しますし」
料理の腕が確かな事を味わった俺は、顔を上げて店長を見ると、腕を組んでドヤ顔だった。
「おお、デカデカライオン君鋭いねぇ、それは牛一頭から二つしか取れない希少部位なんだよ」
なるほど。牡蠣みたいなまろやかさはあるけど、どこか淡白で砂肝みたいな肉感があるなと思ったら牛なのか。にしても、一頭に二つしか取れないって牛タンみたいだな。希少部位と聞いた俺は、レアリティに釣られてそれを口に運ぶ。
「……もぐもぐ。ちなみに牛のどこの部位なんですか?」
「キンタマだよ」
俺がバクバク食っていると、右にいた木場さんが親切にそう教えてくれた。あー。そりゃあ確かに希少だよな。二つしか取れないってのも裏付ける。加速した箸が止まった。
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