ウミガメの卵かけご飯とコガネムシ


「……。木場さん、今——キンタマって言った?」

「うん。だってそれ、そうなんだもん」


 木場さんは優しい表情で視線でロッキー・マウンテン・オイスターを見ていた。俺の味覚と胃が停止する。頭が再確認を必要としてるからだ。


「キンタマ……? えっ、キンタマってさ、俺の股間に付いてるあのキンタマ?」

「ブッ……あっはははは! ちょ…ッデカデカライオン君その言い方……ッく…ッはははッ!」


 木場さんが完全にツボに入って、テーブルを叩きながら爆笑した。ていうか今の言い方はまずい。何故自身の下半身に繋げてしまったんだ、好きな女子の前だぞ。


「ごぉ…ッごめ! 俺、超最低だ……ッ!」

「あははは! 私、下ネタとか平気だから、大丈夫だよ! でも、ブフッ……今のはウケる……ッ」

「ていうか、俺が食ったこれ、マジで…ッ」

「ああ、そりゃあ牛一匹から。牛の睾丸さ。アメリカじゃあ飲食店やスーパーで普通に扱われてる物だぜ」


 目の前の店長が、コップを洗いながらニコニコと言う。木場さんのキンタマ発言と今ガツガツ食ったコレがそういうブツである事実に固まる俺。


「なあに、魚の精巣だって白子として食われてんだ。ポピュラーではねぇが、牛のタマだってそうやって調理すりゃあ食えるもんだぞ」

「た、確かに食べられるものでは、ありましたけど……ええ……?」


 当然、牛のタマなんて食う習慣も無いし食える物だと思って無かったから、俺は困惑する。臭み無くて、牡蠣みたいな食感。これは店長の調理が上手いのか、素材が良いのかサッパリ分からんが牛肉として食べれば全然いける。


「はじめて食ったんで、聞いてびっくりッス」

「デカデカライオン君。このお店はね、日本で普通に生きてたら食べられないものを提供しているんだよ! ジャッジャジャーン!」


 木場さんが面白気に隠していたメニューを広げて、俺はそれを見る。目で一品、一品読む度、字面のヤバさに眼球が飛び出そうな勢いで眉間が強張る。


「カンガルーのステーキ……リスの鍋、ラクダのハンバーグ、トドの刺身、食用ゴキブリのフライ、ウーパールーパーの唐揚げェ!?」

「すごいでしょ、すごいでしょ! 正に食のテーマパークだよね! しかもどれも美味しいんだよ、癖強いのもあるけど、人によっては一生の好物になったりするし!」

「すっげえな……普段目にしないものばっかだ」

「ここにあるのは、私は全〜部食べてる! あー、デカデカライオン君見てたらお腹すいた〜。店長! 私、ウミガメの卵かけご飯と……おやつにコガネムシね!」

「あいよ、ちゃーんとつぐみちゃんの分は用意しといたからな!」

「ねぇねぇ、イルカの味噌汁っていつ食べれるの!?」

「へへ、今相性の良い味噌を探してるとこでな。もうちょい待ってくれ」

「んーッ楽しみ! クジラ肉とは違って独特な臭みもあるし、血抜きとか必要だし…ゆっくり待つよ!」


 俺の聞き間違いかな、イカじゃなくて、この人達イルカの話してるのか? それにウミガメの卵かけご飯に、コガネムシだと。一癖も二癖もあるメニューに俺はただただ驚く事しかできない。

 そして再び、ロッキー・マウンテン・オイスターを見た。これマジで、牛のキンタマなのか。でも、全然食えたぞ。理解した上で再び口に運ぶ。


「……もぐもぐ……マジで、普通にいけるな」


 妙な食感がやっぱ気になるが、特製ソースと肉の風味の相性は抜群だ。食卓に並べられたら、唐揚げ感覚で完食するぞこれなら。

 牛のキンタマを噛み締めながら、チラッと料理を待ちしてスマホを操作する木場さんの横顔を見る。これが俺の知らない、彼女の一面。まさかの、奇抜料理マニアとは。普通なら、おええってなるだろうに。


 でも動じないというか、楽しそうというか。女子にしては写真映えや、ゲテモノ扱いせず、ちゃんと食として味わう事に集中してるのは、偉いし——むしろ魅力的に思える。


 こんなの逆に、好感度上がっちまう。

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