第五話 君の笑顔だけは、絶対に忘れない
「綺麗だね」
「ああ」
護たちは大通りで、ライトアップされたクリスマスツリーを眺めていた。
夜の都会はやけに煌びやかに色づいて、時に恋人と共に寄り添って、人々は今日と言う日を祝うのだろう。
……まさか、俺もそういう相手と巡り合うなんて思ってもいなかったけど。
ヘルメットのバイザー越しに見える彼女の瞳が、いつもより輝いて見えた。
「それじゃ、そろそろ帰るか」
「じゃあ、ちょっと自動販売機で飲み物飲みたい!」
「どうせ水だろ?」
「今日はまだまだ飲めそうな気分だし、鉄分が入ってる物じゃなければ大丈夫だよーだ!」
「そっか」
見惚れているのだと、実感させたスカイブルーの瞳は、穏やかな色彩を放つ。雪姫がどうしても、と駄々をこねるので俺たちは適当に自動販売機を探すために路地裏に来ていた。
俺はホットココアを買って、雪姫はレモネードを買った。
レモネードを持って手を温める雪姫は嬉しそうに息を漏らす。
俺が取り出し口でココアを手に取ると、雪姫は大声を上げた。
「!! マモル!!」
「え――――?」
雪姫に腕を引っ張られ、ガッと自動販売機に刃物を突き立てている綾小路がいた。手に持っている包丁を俺に向けてこちらを睨む。
「綾小路……!!」
「なーんだ、避けたかぁ。ダメじゃーん? ブサカキ……」
「なんでお前そんなものを」
「何って、お前を殺す以外に何の理由ないじゃん」
「……雪姫! 行くぞ!!」
「う、うん!」
俺は雪姫の手を掴んで走り出す。
綾小路も遅れて俺たちのことを追いかけてくる。
人ごみの多い大通りだとアイツも手が出せないと思って、また大通りに戻ってきたのはいいが、雪姫は息を切らしていた。
「マモ、ル……も、無理っ」
「あともう少しだ雪姫!」
「でも、これ以上、走れな……っ」
雪姫は病人なんだ、いつも出掛けに行くのだって医者の許可が下りた日だけだった。だから、今の雪姫には相当の負担になってるはずだ。
「――――追いついたぁ!!」
綾小路は果物ナイフを俺に向かって投げてきた。
避けられないと悟った瞬間、目を閉じる。
すると、刃物が目の方に飛んでこないのを感じて目を開く。
地面には雪姫が付けていたヘルメットと果物ナイフが転がっていた。
「雪姫!?」
「逃げて!! マモル!!」
「――――邪魔だよ、アルビノ女!!」
赤い何かが宙を舞うのを見た。
何が起きてる? 月明かりに当たって白に近い銀色の髪が俺の目の前にある。そして、彼女に一番不似合いの赤がチラついているのが見えた。
「雪姫ぇえええええええええええええええええ!!」
「マモル――――っ、」
「雪姫、雪姫!!」
雪姫は崩れ落ち、俺は彼女を支えようと屈んだ。
「予定とは違ったけど、お前も殺してやるから!! ブサカ――――!!」
「それ以上の行為を俺が許すと思うか」
綾小路は手に持っている包丁を振りかざそうとしたが、後ろにいた人物に止められる。フォレストグリーンのマフラーに、見覚えがある。
綾小路は、その人物の名を震えた声で言った。
「義盛……!? なんで、」
「メシアが想定した結果になったようで残念だ、お前にはもう少し利用価値があると思いたかったが――――無駄だったようだ」
「あ、あ、違う。違うの……!! これは、ぶさ、榊が悪くて……!!」
「もう何を言っても遅い……決定事項だ。お前は少年院入りだよ」
「う、ぅううう……!!」
綾小路が地面に座り込んで泣いているのを無視して、俺たちに近づく。
「よ、義盛! 救急車は呼んであるんだよな!?」
「……無理だ」
「なんでだよ!! まだ、雪姫は助かるだろ!?」
「
「そん、な……」
俺は茫然と、目の前が暗くなった。
そんな俺にそっと、雪姫は俺の頬に触れる。
「泣かないで、マモル。ヨッシー君の言う通り、だからさ」
「雪姫……」
頬から伝う涙も気づかないほど、彼女の生を渇望した。
まだ、まだ一緒に生きたんだ。
たったこの数日間で、いろいろ起こりすぎっていいたけど、でも、そんなことよりも雪姫は俺にたくさんの優しい思い出をくれた。
一緒にゲームして遊んでくれた。
一緒にお菓子を食べて語りまくった。
一緒に写真撮って、また会う約束をした。
そんな日々が、もう終わってしまうなんて嫌だ。
こんな、終わりなんて、ないだろ。
「ゲームって言って、本当は嫌だったかもしれないことをがんばってくれてありがとうね。実は辛かったの、本当は知ってたんだ」
「雪姫……」
「一緒にいてくれて、話してくれて、笑ってくれて、ありがとう。きっと、マモルの未来には素敵なお嫁さんができるから」
「……っ」
「だから、笑ってまたね、しよ。最期が、涙でお別れなんて嫌だもん」
雪姫の身体が服ごと、凍り始める。
足からだんだんと体が氷として結合していく様は、漫画のキャラが使う氷技の攻撃みたいな凍り方と、少し違う。
雪姫って一人の女の子が氷の彫像だったのだと錯覚させるような、凍り方だ。
俺は、できる限りの笑顔を浮かべた。
「ああ、雪姫。またな」
「うん、また、ね――――マモル」
彼女は小さく囁き、笑うと完全な氷へと変わり果てた。
「……っ、うぁあああああ…………!!」
俺はその時、彼女に恋をしていたことにようやく気付いた。
クリスマスのその日の夜、一人の少年の絶叫が響き渡ったという。
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