やはりキリスト教圏だけが異常ではないか?

LGBTの問題について、「日本は遅れている」と言う人がいる。


「先進国の中で遅れている」と言うのならまだマシだ。「世界から遅れている」と言う人もいる。


――「世界」ってどこだ?


性的少数者への差別を禁止する法がある国・ない国、同性婚がある国・ない国――ない国のほうが多いことくらい察しがつかないのだろうか。


彼らの言う「世界」とは、キリスト教の国々なのだろう。しかし、経済的に貧しい国々は含まない。ならば、キリスト教が支配的でない上に経済的に貧しい国は「世界」ではないことになる。


だが、彼らの言う「世界」のほうが、世界的に見て異常だったと私は考える。


今まで述べた通り、キリスト教諸国では同性愛者が苛烈な弾圧を受けてきた。そんな時代――欧米の同性愛者たちは、同性愛に寛容なイスラーム教の国々に逃げ込んでいたのだ。


こう言うと、首を捻る人も多い。同性愛を禁じているのはイスラーム教も同じだ、中東の国々では今でも同性愛者が処刑されているではないか――と。


だが、イスラーム教の国の方が同性愛には伝統的に寛容だ。端的に言って戒律への認識が緩い。


男性が美少年に惹かれることはイスラム教圏において共通している。ペルシア・ウマイヤ朝の王侯は、日本の戦国武将と同じように小姓を抱えていた。『千夜一夜物語』でも、「カマールと達者なハリマの物語」「詩人アブー゠ヌワースの事件」など同性愛の描写は多い。


一九五〇年代から六〇年代まで、モロッコのタンジールには、アメリカから多数の同性愛者が逃げ込んでいた。中には、ゲイのポール゠ボウルズやウィリアム゠バロウズ、レズビアンのジェーン゠ボウルズ、やはりゲイのレン゠ギンズバーグなど、著名な作家や詩人もいた。


『狭き門』で知られるフランスの作家・アンドレ゠ジッドは、オスカー゠ワイルドの手ほどきを受けてアルジェリアで男性と関係を持った。イギリス人の著名な作家であるエドワード゠モーガン゠フォースターも、エジプトの路面電車の中で美青年の車掌と出会って恋人同士となる。


ところが、同性愛文化が豊かだったペルシア(現・イラン)も、アルジェリアもモロッコも、今は同性愛者を処罰している国として悪名が高い。


――なぜか?


それは、欧米が植民地支配したときに作ったソドミー法が今も残っているためだ。支配者である白人たちは、元は寛容だった彼らに、同性愛は精神疾患だと吹き込んだ。


同性愛が一般的だった国々は世界中に見られる。


有名なのは古代ギリシアであろう。アテナイでは、戦士として訓練を受ける少年は、年長者と関係を持つことが義務だった。


古代ローマでも、一般市民はもちろん、五賢帝の一人であるハドリアヌスやアウレリウス、暴君の代名詞であるネロも男性と関係を持っていた。


しかし、そんなギリシアやローマの同性愛文化は、キリスト教の流入と共に衰退する。


アメリカの先住民族には、「ベルダーシュ」という女装男性が広く見られた。「ベルダーシュ」はフランス語で「同性愛の相手の男性」を意味する。実際の呼び方は部族ごとに違う。共通していることは、心が女性だと認められた存在であり、女性として生活し、男性と結婚することさえできたことだ。


そんな「彼女」たちを、キリスト教徒たちが忌まわしく思ったことは言うまでもない。


一五一〇年――スペインの探検家・バスコ゠ヌーニェス゠デ゠バルボア一行が、西洋人として初めてパナマ地峡を横断する。途中、四十人ほどの「ベルダーシュ」の集団に出会った。


女装さえ重い罪なのがキリスト教だ。バルボア一行は、「ベルダーシュ」たちに猛犬をけしかけて一人残らず殺害する。この行為を、バルボアは自慢げに本国に報告した。そして、「カトリック教徒のスペイン人として名誉ある立派な行動」と称賛される。


アメリカ合衆国が建国された後も、アメリカ先住民への――「ベルダーシュ」への――迫害は続く。アメリカ先住民の子供たちは寄宿学校へ無理やり入れられ、キリスト教へと改宗させられ、「ベルダーシュ」も「男性」になるよう強制させられた。


同性愛の文化は支那にもあった。


魏の安釐王あんきおうや漢の哀帝、陳の文帝など、男性の愛人を持っていた王や皇帝は多い。特に、隣で寝ていた恋人を起こさないよう、自分の服の袖を切った哀帝の故事は有名だ。ここから、男色のことを「断袖だんしゅう」と呼ぶようになった。


福建省では、市民の間でも同性愛は広く見られた。長期的な関係にあるカップルは、「契兄弟」という事実上の同性婚も行なった。


他にも、南スーダンのアザンデ族、スワジランドのスワジ族、ナイジェリアのハウサ族、パプアニューギニアのエトロ族、オーストラリアのアボリジニ族など、同性愛が一般的な民族は多い。


『千夜一夜物語』を英語に翻訳したリチャード゠バートンは、同性愛に寛容な地域が帯のように拡がっていると主張し、「ソタディック゠ゾーン」と名付けた。曰く、イベリア半島からイタリア・ギリシア、アフリカ北部、中東から支那、日本に至るまでそれは続いているという。


だが、結局のところ、これは「キリスト教が同性愛を弾圧していた以外の地域」なのだ。実際、バートンが「ソダディック゠ゾーン」に指定した地域以外にも、ヨーロッパを除くほぼ世界中で同性愛の文化は認められている。


――「LGBT」という言葉は必要だろうか?


バラク゠オバマが大統領になったとき、彼は「黒人」なのかという議論があった。事実、オバマは黒人と白人のハーフだ。ブラジルなど混血が多い国では、オバマのような人は「黒人」と認識されず単にハーフだと思われる。


ところが、アメリカでは、被差別階級である黒人の血が混じれば黒人なのである。


同様に、たかだか同性を好きになっただけでも「LGBT」に括られてしまうのがアメリカだ――実際は、同性愛者と異性愛者の境界は酷く曖昧にも拘わらず。日本など、「同性愛者」という概念さえ近代まで存在しなかった。


欧米の先進国だけが「世界」ではない。


もしそうではないなら、鶏姦律条例が日本で廃止されるのは戦後のことになっていたし、今すぐにでも女性スペースを身体男性に開放すべきだろう。


――キリスト教が支配的ではない国で、なぜ日本くらいしか先進国がないのか?


それは、他ならない――アジアやアフリカなどの国々を、キリスト教の国々が侵掠し、植民地にし、収奪・搾取し、今なお先進国になれないレベルにまで破壊こわしたからである。


欧米の蹂躙から免れ、独立を保ち、近代化に成功した国が、日本くらいなのだ。

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