3.発達障碍との関連性を考える。【前編】

二〇一八年・十一月、イギリスのタビストック医院が不祥事を再び起こす。


すなわち、若年層の患者の35%が自閉症の傾向にあったと発覚したのだ。


タビストック医院は、未成年の性別違和を診察するイングランド唯一の病院だ。何度か述べたが、受診者を越境性差トランスジェンダーにしていることが問題視されている。


タビストック医院の顧問コンサルタント臨床心理学者・バーナデット゠レン氏によれば、二〇一一年から二〇一七年までに照会された1069人のうち、372人に自閉症の特徴があると査定されたという。


これに関連し、自閉症の専門家であるサリー゠ポウィス博士は、「自閉症の傾向が認められた患者は、自分がを探すうちに、性別を間違えて生まれたという考えに固執してしまった可能性がある」と指摘した。


なお、タビストック医院で診察された未成年の四割が思春期ブロッカーを投与されている。つまり、自閉症の傾向がある372人のうち150人ほどが既に投与された可能性がある。


「発達障碍」は、おおよそ次の三つに大別される。


【自閉症連続体スペクトラム障碍】

Autism Spectrum Disorder:「ASD」と略される。すなわち、広い意味の自閉症である。アスペルガー症候群もここに含まれる。タビストック医院で発覚した「自閉症の傾向」とは、このASDのことだ。


【注意欠陥゠多動性障碍】

Attention Deficit Hyperactivity Disoder:「ADHD」と略される。注意散漫で、落ち着くことが出来ない障碍だ。ASDと併発する確率が非常に高い。


【学習障碍】

Learning Disability:「LD」と略される。知的障碍はないが、特定の分野において学習が困難な障碍を指す(例えば、文字の読み書きができない失読症ディスレクシアなど)。


今まで述べた通り、性別違和者には発達障碍が妙に多い。しかし、関連性については明言できなかった。何しろ、学術的な資料が見当たらなかったのだ。私が出会った者たちが偶然そうだった可能性もある。


ところが、本人たちは「関係ないわけがない」と言う。あるMtF(男→女)は、「何十年か後には、GIDは発達障碍の症例になっていると思う」と言った。


別のMtF(男→女)は、「MtF(男→女)はASDが、FtM(女→男)はADHDが多い傾向にある」と主治医が言ったと証言している。


私が知る当事者も、MtF(男→女)はASDが、FtM(女→男)はADHDが多く見られる。一方、ASDのFtM(女→男)には出会ったことがない。ただし、Xジェンダーは男女を問わずASDが多い。


本ノンフィクションを公開して以来、様々な情報が寄せられるようになった。中には、「発達障碍当事者が性別違和を抱く傾向にあることは、医療の現場では昔から言われていた」と教えてくれた人もいた。


発達障碍と性別違和を併発した当事者からも賛同のメッセージが届いている。「性別の意識が少ない子供のような、そんな感覚が続いている」と、私と同じ感覚を持つ人もいた。


発達障碍と性別違和に関する資料を知る人もいた。


そして紹介されたのが、シエナ゠カステロンの『わたしはASD女子 自閉スペクトラム症のみんなが輝くために』(さくら舎)と、サラ゠ヘンドリックスの『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界 幼児期から老年期まで』(河出書房新社)だ。


実際に手に取ってみると、性別違和と発達障碍についてどちらも一章当てられていた。


『わたしはASD女子』には次の文がある。


「男とはこうあるべきだとか、女とはこうあるべきだといった、従来のジェンダーロール(性役割)は、わたしたちASD女子にとってはわかりにくいものがあります。ASD女子の中には、いかにも女の子らしい子もいるにはいますが、大多数は『中性的(ジェンダーニュートラル)』です。でも、そのことが定型発達の人たちをまごつかせることがあります。」


ASD当事者は、様々な意味で普通の人と異なっている。当然、一般的な男女の形から外れている場合も多い。それゆえか、男女関係なく自分のことをノンバイナリーだと考える人が多いという。特に、ASD男子には女性を自認する者が多い、と書かれていた。


この記述は引っかかる。


ASDの男女にノンバイナリーが多いことと、ASD男性に「トランス女性」が多いことは特記すべきことらしい。しかし、「トランス男性」が多いとは書かれていないのだ。


本書では、ASDの子供は性別違和を抱える確率が高いと断言されていた。そのための研究も盛んに行なわれてきたという。結果、「ASDの子供は、」という可能性も指摘されている。


ただし、結論はまだ出ていない。


カステロンによれば、ASDの有無によらず性別違和はという。しかし定型発達の場合、社会規範に従おうとして性別違和を否定してしまう。一方、ASD当事者にはその意志があまり見られない。


これで思い出すのは、女性的な言動をするゲイたちのことだ。


いじめの問題で何度か私は問いかけた。


――カミングアウトしなければゲイだと分からないのに、なぜ「オカマ」と言われて苛められるのか?


それまで私が出会ってきたゲイたちは、外見も仕草も異性愛者と変わりがなかったのだ。


ところが、LGBTの問題に首を突っ込むようになり、鈍感な私でさえも「女っぽい」と判るゲイに二、三人ほど知り合った。彼らは、抑揚イントネイションや息の使い方がなのである。


そのうちの一人に「普段からその話し方なんですか?」と訊いたところ、「普段からですよ」「昔からずーっとこうだったので」と返された。


非常に女性的な別のゲイは「GID傾向のある幼少期だった」と言っていた。


「私は、性別を間違えて生まれて来たとは思ってたんだけど、身体が男になりすぎたのよ。子供の頃からずーっとデカかったし、おまけに水泳やってたから。身長が百九十センチもあるニューハーフというものをテレビで見て諦めたの。今は単なるゲイに落ち着いたわよ。」


私はこう尋ねた。


――GIDとゲイの違いは身体を変えたいか否かと言う人もいますが、どう思いますか?


「けっこう被ってる人は多いはずなんだけど、確実に。けれどもデリケートな話題すぎて、ゲイにもダメージ受けるような子がいるのよ、その話。まあ、ゲイの中に、自分が男であることに自信のない子が案外いるのは確かです。」


当然、全てのゲイが女っぽいわけではない。どちらかと言えば、「ゲイのうち限られた人が明確に女っぽい」という感じだ。しかし、彼らは女性を自認していない――それは、自分を女性としなかったためだ。


一方『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』にはこう書かれている。


「イギリスをはじめ世界各地で活動していると、ASDの人たちの性自認の違いについて、専門家の間でも認識が高まっていることに気づく。ASDの女性自身の意識や『声』も強くなりつつあるようだ。他のASD女性が声を上げているのを目にし、勇気を得ているのだろう。多くのASD女性は、自分と同じように感じている女性がいることを知らず、自分が変なのは別の理由のせいだと思っている。ASDの診断がついて、性自認の問題もASDの特性であることを知れば、自分の違和感についてある程度説明がついて、安堵感が得られるのかもしれない。」


ヘンドリックスもまた、ASDにノンバイナリーが多いことを指摘する。


当然、完全な越境者も多い。


ブライトンにある成人ASDの施設では、百七十人の利用者のうち9%が越境性差トランスジェンダーだったという。そのほとんどが「トランス女性」だそうだ。


「トランスジェンダー・コミュニティの人たちに聞いてみると、ASDは珍しくないと見聞きしているが、たいていは未診断だという。ASDと性同一性障害を併せ持つ人を担当してきた私自身の経験からも、両者には関連性があると考えられる。」


『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』には、ASD当事者へのアンケート調査の結果も載せられている。アンケートはネットで行なわれた。結果、ノンバイナリーの女性と「トランス女性」から多くの回答が寄せられる。一方、「トランス男性」からの回答は皆無だった。


ヘンドリックスが担当したある男性は、性別適合手術に踏み切るか否かで葛藤していたという。だがASDと診断され、性別に関する悩みが解決してしまう。


それまでの彼は、定型発達の人々が作った社会性差の中で居場所を見つけようとしていた。そこでヘンドリックスは、ASDの人々の精神性差は「両性具有的で、流動的なもの」ではないかと提言する。結果、両性具有的かつ女性的な自分を受け入れつつ、男性として生きてゆくことが出来るようになったという。


性別違和者にASDが多い理由は様々に考えられる。


・ASDによる生きづらさを性別違和に求めてしまう可能性。

・ASD当事者には、男女の型に当てはまらない人が多い可能性。

・多くの人が否定する性別違和をASD当事者は否定しづらい可能性。


実を言えば、この三つには矛盾がない。ASDはなぜ生きづらいのか――多数派から外れているからだ。それは、男女の型から外れていることも指す。そんな自分を受け入れたとき、性別違和は否定しづらい。


もちろん、発達障碍はASDだけではない。


もし「MtF(男→女)にはASDが、FtM(女→男)にはADHDが多い」のならば、ADHDとの関係も探らなければならない。ところが、ここに挙げた資料はASDとの関連性を指摘するものばかりだ。


だが、ASDに関する研究ばかりが多いのも当然かもしれない。少なくとも、「ノンバイナリの男女」と「トランス女性」がASDには多いのだ。つまり、人口はASDに偏ってしまう。


私は最初、「性同一性障害」「発達障害」というキーワードでネット検索していた。しかし、何の学術的資料も見つからない。ところが「ASD」「性別違和」で検索すると、様々な資料が出るようになる。(一方、ADHDに関する資料は見当たらなかった。情報を知っている人がいたら教えてほしい。)


二〇一〇年――アムスデルダム大学医療センターのアネロウ゠ド゠フリースらは、性別違和の治療を受けた未成年たちを調査した。


結果、二百四名のうち十六名(7.8%)にASDの診断が可能だと報告する。これは、一般的なASDの罹患率(0.6~1%)より十倍ほど高い。


二〇一六年には、アメリカのダニエル゠エヴァン゠シューマーらが、性別違和の治療を受けた八歳から二十歳までの患者を調査する。結果、三十九人のうち九名(23.1%)にASDの可能性があったという(しかもそのうち四名は正式に診断を受けていた)。


二〇一四年には、アメリカの神経心理学者・ジョン゠ストラングが、ASDを持つ百四十七名の子供の親と、ADHDを持つ百二十六名の子供の親にインタビューを行なう。結果、ASD児童では5.4%が、ADHD児童では4.8%が性別違和の疑いがあると報告される。


これらの調査結果は、私にとって意外と少なく感じられた。実感で言えば、もっと多かったのだ。


原因は三つ考えられる。


一つ目は、私が知る性別違和者の大部分は、インターネットを(主にツイッターを)通じて出会ったこと。ASDやADHDが重症であるほどインターネットに没頭しやすく、ツイッターでは特にその傾向が強い。


二つ目は、これらの研究結果は(ストラングのものを除き)ASDについて調査したものであること。当然、ADHDも含めた場合はもっと増えるだろう。


三つ目は、「ノンバイナリー」という概念が一〇年代初めには知られておらず、受診者が少なかったこと。


性別違和者に発達障碍が多いことは、LGBT運動を推進する側も把握していると思われる。例えば、ジョーン゠フェイ著の『トランスジェンダー問題』では、ヘンリーと名乗る「トランス男性」の発言が紹介されていた。


「トランスの友人には自閉症の人が多くいると、ヘンリーは教えてくれた。しかし彼は付け加える。『自閉症の人が自分のジェンダーを誤認している』という、報道に焚き付けられたこの手の発想は、同じように有害である。『それは、「自閉症の人々は決断もできなければ自分のことも分かっていない」という、非常に健全主義的で侮辱的な発想です。そうしたステレオタイプに押し込められることは、現実のトランスたちにとって有害でしかありません』。」


――そうだろうか?


自分のことを完全に分かっている人などいない。実際、このノンフィクションの第一章を書くにあたり、自己分析に私は苦労した。「なぜそう感じたのか」を説明することは至難の業だったのだ。


私が見てきた中では、発達障碍以外にも様々な精神疾患を抱えた人が性別違和者には非常に多い――「生まれたときから未診断のうつ病だった」と言う者、女性として暮らしたら双極性障碍が和らいだと言う者、様々な精神疾患が折り重なって不登校になった者。


性別違和と精神疾患の併存について、精神疾患の国際的な診断基準である『精神障碍の診断・統計マニュアル第5版』(DSM-5)にはこう書かれている。


「精神健康上の問題の有病率は文化によって異なるが、その違いはまた、子どもの性別異質性に対する態度の違いと関係しているの。しかし、ある非西欧の文化圏の性別異質的な行動に対して受容的な態度を持つ文化においてさえ、性別違和を持つ人達に不安は比較的多く認められてきた。一般集団と比べて医療に照会された性別違和をもつ子どもにおいて、自閉スペクトラム症の有病率がより高い。(略)子どもと同様に、一般集団と比べて医療に照会された青年において、自閉スペクトラム症の有病率がより高い。」(傍点著者)


注意して読めば、性別違和と精神疾患の関連性について、環境が原因だと断言されていないと判る。


うつ病にしろ双極性障碍にしろ、原因は脳の異常だ。環境は、あくまでも「きっかけ」である。環境により「うつ症状」が出るだけなら、それはうつ病ではなく「適応障碍」だ。


すなわち、精神疾患が先にあって性別違和が後から来たか――性別違和と精神疾患は「抱き合わせ」である可能性は考えられないか。


GIDを精神疾患から外したWHOの対応は間違っていたと言わざるを得ない。GIDは脳の障碍であり、精神医療メンタルヘルスが扱うべき問題だ。身体改造は、様々な可能性を検討した後の最終手段でなければならない。


また、日本自閉症スペクトラム学会が刊行した『自閉症スペクトラム辞典』には次の記述がある。


「自閉症スペクトラムにおいて、性同一性障害を呈するものは散見されるが、性同一性の揺らぎというレベルが多い。基盤に適応障害が認められることが多いので、それに対する対応が必要となる。」(傍点著者)


つまり、この本が出版された時点(二〇一二年)では、「性同一性障碍類似の症状」の多くは適応障碍が原因だと考えられていたのだ。


二〇一〇年のフリースの調査では、未成年のGIDの約7.8%がASDと査定された。ところが二〇一八年のタビストック医院では35%にまで跳ね上がってしまう――八年間で四・五倍だ。


性同一性障碍は「反対の性を求める」障碍とされていた。やがて、反対の性別を求めるわけではない性別違和者まで治療の対象となる。二〇一八年には、「性同一性障碍」は「性別不合」に取って代わられた。結果、ASDに散見されるという「性同一性障碍類似」の症状を持つ者が含まれてしまったのではないか。


では――なぜ、同じASDでも男性は完全な越境が多く、女性は半分の越境が多いのか。なぜ、女性の完全な越境者にはADHDが多く見られるのか。


次のエピソードでは、そこに切り込んでゆく。

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