5.父親が「母親」になるとき。

法律上の性別を変えるためには、「既に婚姻をしていないこと」「未成年の子供がいないこと」などの条件がある。特に、「未成年の子なし要件」があるのは世界で日本だけだ。


二〇二〇年、この要件を巡ってGID当事者が国を訴えた。


原告は性別適合手術を済ませている。しかし十歳の子供がいるため戸籍変更ができない。これに対し、特例法の規定は合理性がなく、憲法十三条・幸福追求権に反すると主張したのだ。


しかし二〇二一年・十一月――最高裁判所は原告の訴えを全面的に退ける。


これは、「家族の秩序を混乱させ、子供の福祉の観点からも問題が生じないよう配慮したものである」という二〇〇七年の最高裁の判決を踏襲したものだ。


当然と言えば当然である。


父親が母親に変わったり、母親が父親に変わったりしたならば、幼い子供にとって困惑は計り知れない。それは、「自分は誰から生まれたのか?」という問題に深く関わってくるのだ。同性婚と子育ての問題でも述べた通りである。


十二月十六日、判決に対する抗議デモが有楽町駅広場前で行なわれた。「トランスの権利は人権だ」と書かれたプラカード、水色と桃色の旗――。デモには、レズビアンバーの女性専用イベントを潰したエリン゠マクレディの姿もあった。


親の幸せは子供の幸せだとマクレディは演説する。


「子供には、なりたい自分に、そして幸せになってほしいと願う親は多いと思います。その願いは、なりたい自分に親自身がならないと、幸せにならないと教えられないと思います。」


――そうだろうか?


手術をしていないにも拘わらず「女だ」と言い、レズビアンを自称し、女性専用イベントに入ろうとして断られて逆ギレ、レズビアンバーを謝罪させた――そんな幸せが子供の幸せなのか。


親が性別を変えたとき、子供はどうなるのだろう?


二〇二二年・十月三十日――文春オンラインに、今西千尋というMtF(男→女)を取材した記事が載った。


性同一性障碍であることを今西が家族にカミングアウトしたのは、結婚して十年目だ。やがて移行が始まる。しかし、息子はストレスで円形脱毛症になった。小学四年生の時には自己免疫疾患を起こし、全身の毛が抜けてしまう。娘は口を利いてくれなくなった。妻は血圧が170を超え、身体にまで異常が出始めたそうだ。


『娘から「警察官もパパのこと女性やと思うんやな」と…結婚10年目で“女性になりたい”と打ち明けたトランスジェンダー当事者(56)が語る、家族へのカミングアウト』

https://bunshun.jp/articles/-/58214


今まで述べた通り、LGBT団体の目標は、特例法を廃止して誰もが簡単に性別を変えられるようにすることだ。その手始めとして、「未成年の子なし要件」と「未婚要件」の廃止を狙っている。当然、「未婚要件」の廃止は同性婚を成立させることと同じだ。


同時に、「未成年の子なし要件」の廃止は山本蘭氏や gid.jp の目標でもある。特例法が成立した当時、この要件は「子供がいないこと」だった。しかし山本蘭氏と gid.jp の積極的な活動により、二〇〇八年に「未成年の子供がいないこと」まで緩和される。


GIDとLGBTは今まで別に動いてきた―― 「GIDと越境性差トランスジェンダーは別」とさえ言っていた。


しかし、二〇一七年に gid.jp の代表を山本蘭氏が辞任して以来、その方針は変わりつつある。つまり、GID当事者を「越境性差トランスジェンダー」と呼んだり、九州レインボープライドに参加したりしだしたのだ。私の知人のMtF(男→女)(戸籍変更済み)は、「私は定型異性愛シスヘテロなのに」「何でLGBTなんかと関わりだしたの?」と困惑を禁じ得ない。


私の知人のFtM(女→男)は、「特例法の改正は、GIDにとってメリットのあるものはほとんどない」と言った。


「彼」によれば、山本蘭氏と gid.jp が「子なし要件」に絞って撤廃を求めているのは、それが同性婚と関係がないから――社会の秩序を大きく崩さず済むからだという。なのでLGBT団体とは袂を分けてきた。そうでなければ、同性婚や夫婦別姓など様々な政治問題を掲げて迷走してしてしまう。


特例法を作ったとき、「子供がいないこと」という条件を gid.jp は呑んだ。しかし揉め事が起きる――子供のいる当事者が「私たちは救われないのか」と言ったのだ。だが、これ以上の条件を自民党に呑ませるのは難しい。ゆえに、子なし要件の撤廃は後回しにして、ひとまず法案の成立を狙ったのだ。


当時は、性同一性障碍の認知が今より進んでいなかった。ゆえに、社会的通念や周囲の圧力から結婚し、子供まで出来てしまった人がいたという。当時の時代背景からしたら、子なし要件の撤廃を目標としたのも当然の話だったのである。


しかし、特例法が成立して二十年が経っている。


当時、女性として生きたいと考える人と女装家は違う道を歩んでいた。しかし、今は、性同一性障碍もXジェンダーも自己女性化性愛オートガイネフィリアも女装家も「越境性差トランスジェンダー」という言葉で一緒くたにされている。それどころか、既婚者で子持ちの「越境性差トランスジェンダー」も次々と現れるようになった。


加えて、怪しい発言をする越境性別トランスセクシュアルも可視化されている。彼らは、自己女性化性愛オートガイネフィリアの極端な形として手術をした可能性さえある。


言うまでもないが、同性婚を認めることも、特例法から未婚要件を撤廃することに直結する――婚姻制度との整合性をつけるために「未婚要件」は作られたのだから。


それが、既婚男性を「女性」にすることを結果的に防いでいる。


同性婚を認めた場合、子連れの者が同性と結婚することも認められる。つまり、二人の父親・二人の母親を認めることに繋がる。それは、未成年の子なし要件の撤廃とも関わるだろう。


未成年の子なし要件・未婚要件の撤廃について、とあるレズビアンとMtF(男→女)の議論を「スペース」で聴いたことがある。そのMtF(男→女)は、未成年の子なし要件の撤廃について山本蘭氏を信じていたようだ。


「未成年の子なし要件が撤廃されても現状とは変わりませんよ。子供がいても性別適合手術はできるんですから。性別適合手術を既に済ませた人が、戸籍を変えられるっていうだけの話なんですから。」


それに対してレズビアンが反論する。


「たとえ性別適合手術を済ませた既婚者がいるのだとしても、戸籍変更を認めるかどうかで違ってくると思うよ。お父さんがお母さんにになることが公式に認められるわけだから。それに、性別適合手術を今までは思い留まっていた人だって、戸籍変更が認められるんならと手術をするようになると思う。」


「それの何が問題ですか? 同性婚が認められたら未婚要件も改正されますし、子なし要件も改正されますよ。けれど、親が性別を変えることが子供に悪影響があるんなら、同性カップルが子供を育てることも悪影響があるって理由で反対されますよ? それでいいんですか?」


相手はレズビアンなのだから、これには反論できないと思ったのだろう。なので、「そうだよ!」と言われたとき、彼女は驚いたに違いない。


「子供の安心が一番大切なんだよ!」

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