4.エイズは神からの罰だと言われた。
同性婚を求める運動がアメリカで始まったのは、八〇年代に入ってからだ。
一九八〇年(昭和五十五年)から、原因不明の病気によってゲイたちは命を落としてゆく。最初、この病気は「ゲイ免疫不全症」と呼ばれた。
すなわちエイズである。
八年後の一九八八年(昭和六十三年)には、八万二千人がエイズと診断されており、四万六千人が既に亡くなっていた。エイズ患者の大多数は二十代から四十代である。その八割が診断から二年以内に死亡した。ゲイたちは、知人・友人が若くしてバタバタ死んでゆくのを目にしたのだ。
ゲイのあいだでエイズが広まったのには理由がある。肛門性交がエイズを感染させやすいのもそうだが、それ以上にゲイの乱交文化が原因だったのだ。
エイズに罹ったゲイたちは、排泄物も処理されずに病院で放置された。不道徳な罪を行なったということで家族も見放し、葬儀屋も葬儀を拒否したという。
ゲイの若者たちの衝撃は激しかった。自分が死ぬことなど遠い未来だと思っていたのに、その危機が唐突に迫ったのだ。エイズ患者もそのパートナーも友人たちも、治療上の決定・財産の管理・埋葬の手続きなどについて考えざるを得なくなった。
そんな中、パートナーが法的に「赤の他人」である事実が浮き彫りになる。
パートナーがエイズに罹ったとき、家族ではないという理由でゲイたちは見舞いを拒否された。治療方針についても、病院から相談や報告を受けられなかった。たとえ患者が望んでも、治療承諾書への署名を代筆することさえできなかったのだ。
ゲイの中には、同性愛者であることを隠して都会に移り住んできた者も多かった。ところが病気が重くなると隠し通せなくなる。息子が死にかけている事実・ゲイだったという事実――二重のショックを受けた親たちは犯人探しを始める。そして息子のパートナーに「お前が息子を誘惑した」と詰め寄った。
パートナーが亡くなると、遺されたゲイは生活の危機に直面する。
つまり、故人と共有していた家や財産に対し、法律上の遺族が所有権を主張し始めたのだ。しかも、「故人に不当な影響を与えた」ということでその訴えは認められる。ゲイの中には遺言書を作る者もいたが、「エイズによる認知障碍」ということで裁判所から却下されることさえあった。
そうして、ゲイたちは財産も家も失う。
しかし、控訴する資金はなかった。
レグニラスの調査結果を思い出してほしい――ゲイに育てられた子供の57%が「家族が生活保護を受けていた」と答えている。
日本の場合、レズビアンカップルに比べてゲイカップルは豊かな傾向にある。しかしアメリカの場合、ゲイカップルでさえ貧しいのだ。
日本の場合、国民保険や年金・家族への手当など様々な福祉が
エイズに罹ると働けなくなり、当然、失業した。
失業した場合は、福祉を得られなくなる。
また、それらの優遇措置や福祉は、労働者の家族も対象としている。だが、同性パートナーが
政府に取られる税金にしろ、結婚していないために控除も得られない。
パートナーが
ゲイたちが、「パートナーと家族であること」を求めるようになったのも当然であろう。
一方、レズビアンにも変化が起きる。
八〇年代、レズビアンたちにベビーブームが到来する――レズビアンであることを公にして子供を持ちたいと考える女性が増えたのだ。彼女らは、養子や人工授精・男友達との性交渉などで子供を持った。
しかし、子供を持つということは、親権が絡むということだ。
子供のいる女性が同性と結ばれたとしよう。母親が亡くなった時、親権は実父へ渡される場合が多い。また、カップルが別れた場合も、実母ではない女性が子供と会うことは難しかった。
このような事態に直面し、レズビアンからも同性婚を求める声が大きくなる。
しかし、不可解ではないか。
八〇年代に入り、レズビアンのベビーブームなどなぜ起きたのだろう。
子供を持つために男性と結婚する両性愛女性がいることは先述した。しかし、レズビアンのベビーブームなど日本では聞いたことがない。それどころか、アメリカの場合はゲイまでもが子供を持ちたがる。代理母出産まで頼っているのだから必死だ。
欧米の同性カップルがなぜ子供を持ちたがるのか、長いあいだ私は理解に苦しんでいた。
もっと言えば、そこまでして異性カップルの真似をしたがる理由が分からない。たとえ持ちたいと思っても、複雑すぎる環境に子供が置かれることを考えれば普通は遠慮すると思うのだが。
これについて、故・ジャック氏は重要な指摘をしている。
エイズが流行した当時、キリスト教右派たちは「エイズは神からの罰だ」と言ったのだ。
この言葉は、アメリカの同性愛者たちに強く響いた――なぜなら、彼らもほとんどがキリスト教徒だったのだから。神を信じつつ、神の教えに反していた。その中で、同性愛者が次々と死に始める。聖書に書かれている懲罰が目の前で再現されているように感じられたのだ。
キリスト教で同性愛が禁じられている理由は、結局のところ子供を産めないからだ。「産めよ、増えよ、地に満ちよ」という神の意に沿えないのである。
だからといって、キリスト教徒であることを辞めるなど簡単ではない。
その矛盾を解決するためには、同性愛者であることを神に認めてもらうしかない。
だからこそ、異性愛者と同じように結婚して子供を持てることを神に証明する必要があったのだ。
「アメリカにおける同性愛や同性婚を認めるかどうかの論争の本質は、キリスト教の教義の解釈をめぐる神学論争で、
あくまでも同性愛は神の教えに反すると主張するキリスト教右派と同性愛もまた神によって認められるべきだとする同性愛者を中心とした改革派のキリスト教徒が争っているのだと考えれば、
アメリカのゲイリブの運動や同性婚の論争を、非キリスト教徒であるわれわれ日本人がいまいち理解できないのも当然という気がします。」
ジャックの談話室「なぜアメリカの同性愛者は同性婚を望むのか」
https://jack4afric.exblog.jp/9932466/
また、アメリカが独立した当初から、「結婚の自由は基本的市民権である」という信念が存在していたことも見逃せない。
例えば、人間と動物は結婚できない。一般市民と奴隷が結婚できないことも同じだと考えられていた。そればかりか、白人と異人種の結婚でさえ制限されたり禁止されていたのである――白人が他の人種を人間あつかいしていなかったからだ。
同性同士で結婚できないことを、アメリカの同性愛者は同じように考えた。
同性婚を得るということは、それこそ同性愛者が「市民権」を得るということだったのである。
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