9.「私は同性愛者であってゲイではない」――あるフランス人の主張。

二〇一三年――フランスでは同性婚が認められた。


そこに至るまで紆余曲折うよきょくせつがあったことは言うまでもない。同性婚を認めるか否か――さらには、同性カップルが養子を取ることを認めるか否か――国民意見が真っ二つに分かれたのだ。同性婚そのものは53%が賛成派だった。一方、養子を取ることは56%が反対派に回った。


ちなみに、フランスでは一九九九年から民事連帯契約――つまり国制パートナーシップ――が施行されている。同性婚がなくとも、同性カップルの権利は保障されていたのだ。


同性婚反対派の中には同性愛者もいた。


ドキュメンタリー作家のジャンピエール゠デロームミャールもその一人だ。デロームミャールは同性愛男性だが、同性婚に反対する団体 Manif pour Tous の代表スポークスマンでもある。同団体は、パリでの同性婚反対デモで数万人の市民を動員した実績もある。


デロームミャールは『同性婚推進運動に反対する同性愛者』という本も出版しており、エリゼ宮殿で大統領と面会して反対意見を述べたこともある。


同性婚が認められる前年、デロームミャールは『私は同性愛者であってゲイではない』という論文を発表した。やや奇妙なタイトルかもしれないが、「同性愛者」を「性的少数者」に、「ゲイ」を「LGBT」に置き換えたら私の立場と同じとなる。


以下は、浅野素女著の『同性婚、あなたは賛成?反対?フランスのメディアから考える』に載せられた同論文の翻訳の引用である。


「私は同性愛者である。ゲイではない。私は自分の性的傾向を選んだわけではない。先天的なものか後天的なものかという議論をここで始めるつもりはない。異性愛者がそうであるように、同性愛者であることを特に誇りに思っているわけではない。」


「私は作家だ。これまで四〇本くらいのテレビ向けドキュメンタリーを作ってきた。何本かは国内で賞を取ったこともある。童話も書き、技術系の作品も書く。何かの団体のためとか、何かの喧伝のために書くことはないだろう。同性愛者、異性愛者、バイセクシュアル云々にかかわりなく、ほかの作家たちと同じように書いている。私は性器ではなく、脳を使って書いているのだから。」


「一体だれのための法律なのか。同性愛者のため、それともマレ地区(注 ゲイの集まるカルチェとして知られる)に住んでいる何百人かのゲイたちのためか? しかも、このパリのカルチェの中で、一体何人が結婚という選択をするというのだろう?」


「ヨーロッパの大部分の国でゲイどうしの結婚が制度化されていると、繰り返し叫ばれている…。ベルギーを例に取った場合、平均して、同性愛者の結婚は結婚全体の二・五%に過ぎない。フランスでは、毎年二五〇〇件、つまり結婚全体の一%になると見られている。それより急務は、健康、年金、社会的優遇措置などの面で、すべての人に同じ権利を与えるために鬪うことではないだろうか。そのために法律もあるし、企業内の取り決めもある。そっちを前進させようというなら賛成だ!」


「同性愛者の中で、私はまじめな方だと思う。どういうことかと言うと、カップルで生活する道を選んでいる。私はもうすぐ五〇歳になる。二五歳で子どもを持つ選択をしていたなら、いまの時点で、その子は一〇人くらいの『義父』を持つことになっただろう。」


「もちろん同性カップルは異性カップル同様に子供を幸せにできる。だが、その後は? その子の座標は、親子関係はどうなるのか…。母親または父親との絆の断絶…。祖父母だっている…。忘れられがちだが、教育における祖父母の役割は大きい…。だいたい、その子は祖父母を持てるのだろうか?」


「同性愛者には家族から疎外されている人が多い(私のケースではない)。ゲイの市民団体の人たちはよく承知していることだ。そのために闘っているのだから…。そうした子供たちに、生涯、自分のルーツを求めてさまようⅩ出産による子どもたちと同じような運命を押しつけるのか?」


「ルーツと言えば、多くの人たちが、先祖がどういう人だったか、どんな仕事をしていたか、どこに住んでいたか等々知りたがる。家系をたどるのがはやっている。同性の親を持つ子どもの家系図はどうなるのだろう?」


そして、この論文は次の言葉で閉められている。


「『みんなに開かれた結婚』はゲイのための法律であって、同性愛者のためのものではない。そこを見誤ってはいけない。」

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