第X3話
「フォラント辺境伯爵令嬢、セレスティア嬢の近況を調べてくれ。報告は別のものを寄越せ。」
「姫様が手配済みでございます。報告は‥‥お約束は申し上げられません。」
姉さんか。先に身元の情報だけ渡したが処理が早い。嬉々としてやってそうだ。そしてこいつらも本当に言うことを聞かない。内心諦めの境地に至っていれば背後に気配があった。こいつも気づいてか会釈をし去っていった。
セレスティアが無言だ。あれの令嬢としての完成度は問題ないと思ったが本物から見ればアラがあったのかもしれない。
不審なところがあったか?誤魔化そうと口を開いた。
「古い知り合いです。僕を見かけて声をかけてくれました。」
「別に聞いてないし。」
棘のある返答に内心驚いた。少し怒りを含んだ声音に少し思案しハッとする。
まさか僕に女がいると思われた?いやいや、あれは勘弁してくれ!無駄な完成度が腹立たしい!
もしセレスティアがそういうことに潔癖であれば不快に思うだろう。深窓のご令嬢ではあり得る事だ。
だがここで言い募ればさらに言い訳がましい。流す方がいいだろう。
僕は潔白なのに。あいつと関わると碌な目に合わない。
何事もない様子で診察の結果を報告すればホッとしたようだった。よくなることよりは時間がかかる方に安堵したか。
やはりそうかと改めて確信する。
これはしばらく目隠しの日々になりそうだ。
セレスティアはこちらのことが気になるようでチラチラと探りを入れてくる。
何気なくを装っているつもりだろうがあからさまだ。それが無性にくすぐったい。邪気がないその様子に笑みが溢れる。
小鳥に餌を与えるように情報を細かくちぎって会話に散りばめれば食いついてきた。そうやって僕の身分を一生懸命推理している様子もなんとも可愛らしい。
きっと役場で貴族名鑑を開いたことだろう。アドラールがあってもウォーロックなんて名はなかったはずだ。
歳はずいぶん自分より年上のはずなのに純粋な性格のせいか、それほど歳の差を感じない。自分が無駄に老けているとも言える。
少し踏み込めば怯えて飛び立つが餌を撒けば寄ってくる。野生の小鳥を手懐けるような感じだ。
だから怯えないようにゆっくりと距離を詰めていく。
大丈夫、僕は怖くない。味方だよ?
そしてとうとう、名前呼びができるところまでこれた。“姉さん”をつけるが僕だけの愛称呼びを手に入れたのだ。大収穫だろう。
見た目を気にしているのは知っている。だからあえてティアで押し通した。
ああ、彼女はいつ僕の正体に気がつくだろうか。
それを知れば怯えて離れてしまうのだろうか。
でもそうやってまたすぐ戻ってきてくれるよね?
身分を隠しているはずなのに彼女には気がついてほしいとさえ思えてしまった。
きっと優しい彼女なら僕を見捨てない。
違う、これは僕の切なる願いだ。
ただ一人闇の中で僕の手を引いてくれた人。
どうかどうか見捨てないでほしい。
彼女ならきっと大丈夫。そうだよね?
そうでないと僕は彼女の翼を
そして僕にはそれができる。
どうかそんなことをさせないでほしい。
彼女は美しい。昨晩眠っているところを見てそう思った。
表情のない寝顔だけでは本来の美しさは損なわれるがそれでも惹きつけられた。だがそれ以上に彼女の純粋無垢な心根に好意を持った。
兄が以前美醜はいらない、と言っている意味が今ならわかる。確かにそんなもの不要だ。目を閉ざせば見た目などどうでもいい。
自分も大変な状況なのに目を病んでいるというだけで見も知らない人間を思いやれる。下心なしで僕を純粋に気遣ってくれる。それは普通でないとわかる。
ずっと探していた。僕の手を取ってくれる人を。
血にまみれ陰謀渦巻く闇に堕ちた僕が無垢な彼女の存在でどれほど救われたかしれない。
そう伝えてみてもわからない彼女がやっぱり彼女らしくて笑みが溢れる。
そう、そうでなくちゃ。
そうやって僕をどんどん癒してほしい。
そうすれば僕は全てを受け入れる強さを手に入れる。
その頃からチラホラと追跡者がつき出した。
城を黙って出たが家族の様子から僕が家出中だと悟った者がいたのかもしれない。
出元を探るべくしばらく泳がせてから捕らえたが、城とは全く関係ない素人だった。ちょっと脅せばひどく怯えてすぐに口を割った。
家出人の捜索?依頼主はティアの家族か?
だが次は暗殺者が現れた。
白昼堂々短剣を投げてくる。同行者がいるのに。三流だ。
暇を持て余した影を使いあっさり捕らえられたが口を割る前に自害。お約束だが拷問を恐れてすぐ死にたがるところは何とかしてほしい。僕はそこまで酷いことはしない。たぶん。
結局誰の差し金かわからない。更に暇を持て余す影の視線が痛い。もっと指示をよこせと?仕方なく調査を指示すれば護衛に数人を残し嬉々として散っていった。城にも報告に飛んだようだ。
もうこいつら
その後も蹴散らした側から次の追跡者が現れるようなる。殺意はない。ただ見守り報告する役目。依頼元が複数と推察する。ティアの父か妹か。ここで婚約者がいたという情報ももたらされる。過去形が重要だ。
うちと同じか。連れ戻さないが心配で監視をつけた。ティアが家族に愛されていると理解した。
家出の事情からティアも家族を気遣っている。良い家庭のようだ。
見守り目的なら、とここらで追跡者は放置するようにした。ティアの家族に無駄に心配をかけるだけだ。
毎日のように城から送られてくる過剰な情報に辟易しながらも僕も家族に愛されていると心から感謝した。
追跡者はティアを愛する家族、だが暗殺者は誰の差し金だろうか。とうとう暗殺ギルドが動いたと聞いて驚いた。敵も本気だということだ。
まあ誰がきても蹴散らすけどね?
誰が来ようと僕がついている限りティアには指一本触れさせるものか。
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