第X2話
狼の群れとの戦闘。
スノウに任せてもいいがこんなもの一人で対処できる。杖の仕込み刀を握り締める。目が見えない程度でどうってことない。
しかし影と狼犬たちが俄然ヤル気で参戦しようとしている。だから出てくるなと言っているのに!!
その気配にイライラしていた時———
その人物が現れた。その存在に影と狼犬がスススと身を潜める。
思わず握り拳を作り喜んでしまった。救世主だ!
僕を気遣うスノウが軽々と狼たちを
気配で一人とわかるが一人というのはおかしい。
旧道にわざわざ入ってきたのは僕を狙ったかもしれない。暗殺者?追い剥ぎ?盗賊?それでは同行者になり得ない。
目がしっかり見えないのがもどかしい、この時初めてそう思った。
スノウの戦闘を見てだろうか、ふと聞こえた押し殺した甲高い声に振り返る。そして微かに香る上品な香水。上流貴族が使う様な香りだ。身に纏ったものではなく移り香のようなもの。
盗賊ではない?
悲鳴?香水?まさか女性か。それも若い。
恐る恐るそう声がけすれば自分より年上だが若い女性の声が応じてきた。訛りもなく発音が綺麗。間違いなく上級階級出身のご令嬢だ。
現状にあまりにそぐわない。動揺を悟られないように様子を探り野営に誘えば応じてくれた。あちらも同行者を探していたようだ。
「私はセレスティアというの。セレスティア・デリウス。よろしくね。」
「僕はカール、カール・ウォーロックです。」
流石に国名と同じアドラールと名乗れない。二つ名を姓に使う。これはよくやる手だ。カールはよくある名だからそのまま使うのは問題ない。
デリウスか。デリウスという伯爵家の記憶があるが娘は確かいない。実家の名前なら縁故は辺境伯のフォラント家かエングラーの伯爵家。確かフォラント家に年頃の令嬢が二人いたはず。名前はセレスティアにリディア。貴族名はざっと覚えていたから間違いないだろう。
十秒ほどでそこまで記憶をさらう。辻褄が合い納得した。
偶然を装って王族に接近してきたか、と勘繰ったがどうもそうでもなさそうだ。令嬢にしては旅慣れている。焚き火もさっさと起こしてみせた。それにその手の令嬢特有の邪気が清々しいほどにない。
そもそも辺境伯は娘たちに男が近づくのをよしとしていなかった筈だ。
辺境伯爵令嬢が一人旅。家出か駆け落ちだろうか。一人では駆け落ちにならないし男がいない。どこかで男と落ち合うのなら連れは邪魔なだけだ。駆け落ち特有の切迫感もない。
ならば家出か。事情はわからないが自分と境遇は一緒だろう。
急いで移動したいのに馬車を降ろされた、までは経緯が同じ。目の事情を語れば驚かれたが同時に安堵する気配があった。
僕の目が見えないことでいいことがある?見られたくない何か。
そこでふとあることに思い当たった。兄嫁にも同じようなことがあった。見た目の美醜か。
しかし高貴な女性が身分を偽り一人で移動というには流石に不用心で無防備だろう。
同行を願い出れば二つ返事で応じてきた。姉弟偽装の意味合いもあるのかもしれない。こちらとしても影避けに都合がいい。
こちらの事情を探られたくない。
セレスティアも聞いて欲しくない雰囲気を匂わせている。
それ以上の詮索はやめた。
調べる手立ては他にもある。
道中は恐ろしく順調だった。僕に群がれない影と狼犬は進路を先回りして障害を全て排除する。仕事がしたいなら城に帰ればいいのに。嬉々としてする様が姉を思い起こした。スノウも妹に似ていると思うが、影さえも主人に似るものなのか。
森のような旧道を歩いているのに魔物どころか獣一匹にも遭遇しない。これは不自然だ。あまりに平穏でセレスティアが不審に思わないかヒヤヒヤした。
「魔物や動物に全然出会わなかったね。旧道来た割に。」
そら来た。だからやり過ぎるなと言ってるのに。
「じゃあ運が良かったんですね。」
「運かなぁ、なんか避けられたような?」
その通り。勘がいい。さすが剣匠、そういう勘も重要。異常を察知して先に手を回せる。
誤魔化すためにスノウの手柄にした。褒められてスノウが嬉しそうだから結果的に良かった。
ドーレについて宿を定める前に提案する。
姉弟偽装すること。ツインで同室にすること。
セレスティアに動揺が見られたが強がってか了解してきた。その一方で一人では危ないと僕の目を気遣ってくれたのだとわかった。手を引いて部屋の細部を案内してくれる。
これまでの道中でも感じたが、家族以外でこのように気遣われるには初めてだ。それも姉より年上の無垢で邪気がない女性に。昨晩だって手を握って眠ってくれた。
こんな僕が甘えているようで少し照れくさくてくすぐったい。だが普通の子供なら喜んで頼るだろう。目のことを悟られないためにもここは世話になろう。
その後セレスティアに無理矢理医院に押し込められた。もう目は回復しているのに受診も不毛だ。
医者と世間話をし支払いを済ませ早々に外に出る。
そこで馴染みの声に呼び止められた。包帯を少しずらして見やればやはりあいつだった。
兄嫁の最強の影。普段は気配をひっそりと消し控える侍女。一度闇に潜めば存在そのものが闇になる。そして太陽の下に出ればさまざまに擬態する。
今日は令嬢の格好で立っていた。どこかに潜入するのか。
「お見かけ致しましたのでお声がけさせていただきました。」
優雅に頭を下げる様はやんごとない令嬢そのものだ。通行人の、特に男性の視線が集まる。これが悪目立ちというやつか。こちらは目立ちたくないのに。やれやれとため息が出た。
「あのご令嬢はご一緒ではないのですか?」
チラリと斜め後方を確認する。影が控えているのを確認したか。
「別行動だ。」
「大変仲がよろしいですね。」
「何が言いたい?」
扇で顔を隠し含み笑いを寄越す。そこらの男であればうっとりするかもしれないが、本性を知る僕からすればこいつはまさに毒を吐く悪魔だ。
「いえ、ご一緒の時のカール様が随分くつろいでおいでですので。」
「‥‥悪いか?」
「大変良いことだと存じます。」
良いこと?嫌味か?訝しんで見やれば微笑みを返された。
「カール様の年頃でしたらもっと周囲に頼っているものです。今までカール様のそのようなご様子を拝見しておりませんでしたのでこの度安堵いたしました。」
「は?」
「もっと甘えられてもよろしいかと。」
「甘える?いや?十分そうしているだろ?」
この家出だって僕の我儘だ。皆に迷惑をかけている。そうとわかっていて戻れない。
ん?まさかティアにするように家族にも頼れと?
「左用でございましたか。差し出たことを申しました。」
令嬢姿の影は扇の中でひっそりと目を伏せる。
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