第3.0章 真実 – シンジツ

第09話




 旅の途中の街で宿を取り役場に二人で寄ってみる。目指すは捜索願いの掲示板。ドーレの街で掲示がなかったから油断してしばらく見ていなかったのだ。


「あったよ。まさかの。でも‥‥」


 やや気の抜けた声になってしまった。

 記載されている身体特徴がセレスティアと一致。だが姓が違う。そして依頼人名はフォラント領のリディアとある。


「代理人を立てるやり方ですね。対象がの場合によくありますよ?家出人本人にそれとわかるように依頼人名だけ本物を使います。妹さんですか?父君?」

「これは妹ね。全くもう。」


 カールの言に、暗にセレスティアの身分を言っているとわかる。もうバレているのかもしれない。

 セレスティアもカールがどこぞの令息と踏んでいるのだ。カールもセレスティアをそう疑うのはあり得る。むしろこの聡明な少年は全て気がついているんじゃないだろうか。

 悟った上で追求しない、その配慮がありがたかったがいずれ話した方がいいだろう、と思った。



 セレスティアが読み上げた掲示内容を聞いてカールが表情を曇らせる。


「うーん、これはまずいですね。」

「何が?」

「代理人も相当ボケているというか。ちょっと報酬が高すぎです。意図的なら悪意があります。」

「悪意?これのどこが?」


 周りのものと比べると確かに謝礼のゼロが二つ多い。これがどういう?


「この額ではこの家出人が貴族と思われてしまう。そうなればこの特徴の女性を探して送り届けるより、誘拐し身代金を取ろうと考えるものも出てきます。そして本人は送り届けられない。」

「げ‥‥」


 確かにそうだ。フードを目深に被り直した。


「幸いティア姉さんは僕と姉弟偽装中です。よかったですね。僕から離れなければ大丈夫でしょう。僕と一緒なら安心安全。単独行動は控えてくださいね。」

「た、単独行動なんてしてないでしょ!」


 にこやかなカールにぎゅっと手を握られた。その力強さにどきりとする。しかも指を絡める繋ぎ方だ。この繋ぎ方は生々しくてちょっと‥

 しかし抵抗する前にぐいぐい手を引かれてしまった。


 ちくりと胸に引っ掛かる。

 悪意?あの愛らしいリディアが私に悪意?

 そんなはずない。まさかね‥‥



 母方の従兄弟のグイリオはフォラント領の隣のエングラーの当主となっていた。爵位は伯爵。

 セレスティアと同じ伯爵位であったが辺境伯爵位は特殊だ。広域の領地を持つフォラント家に比べればエングラー家は随分と格は落ちるが、土地柄は穏やかで高低のない領地は農村風景が美しい。故に収入も豊かだ。


「えっとね、母方の叔母が嫁いだ先なんだよね。母の姉ね。」

「以前話してくれた師匠のこと?」


 セレスティアが微笑む。本当に聡い。


「よく覚えてたね。師匠は確かに母方の叔母だけど長女ね。こっちの叔母は次女。私の母が末っ子。本家は長男の叔父が継いだから四人兄妹ね。従兄弟のグイリオ兄さんは私より六つ上。子供の頃から仲良くしてもらったんだよ。」


 話してはたと自分が貴族と言っているなと気がついた。やってしまった。だがカールが動揺していないのでまあいいや、とそのままスルーする。いずれ話そうと思っていたのだ。


「だけど従兄弟は父君と仲が悪い。」


 カールの言にセレスティアは苦笑する。一度しか話していないはずだが記憶力がとてもいい。


「なんでかね。父がものすごい剣幕だった。父は師匠とも仲が悪かったし。気難しい人でね。仲がいい人なんているかどうか。」


 過去のさまざまないざこざを思い出し、セレスティアがふぅと息を吐いた。


「叔母君が師匠というのは珍しいですね。」

「そう?すごく強くて私に剣術や諸々を教えてくれたの。幼い頃に実の母を亡くしていたから病で亡くなるまでは母親のように思ってたわ。」


 師匠が亡くなったのは五年前。そういえばあの頃から父は怒りっぽく口うるさくなったかもしれない。

 ふとそんなことを思った。




 エングラー伯爵邸に辿り着きグイリオに面会を申し出れば少し待たされたのちに本人が現れた。


「セレスティア!無事だったんだね!心配してたんだよ。」


 やはり家出の話は伝わっていたか。はぁとため息をつけばグイリオにぎゅっと再会の抱擁で抱きしめられる。

 久しぶりに会うグイリオだが少し痩せたかな?と思った。顔色も悪い。


「お久しぶりです、グイリオ兄さん。顔色が悪いけど大丈夫?病とかではない?」

「ああ、大丈夫だ。仕事が忙しくてな。無事で良かった。家出したと聞いた。かわいそうに、婚約がそんなに嫌だったのか?」


 セレスティアが慌てて言い募る。カールがいるのだ。詳しい話はしてほしくない。


「いや、そういうわけじゃなくて!」

「叔父上も心配していた様だよ。辺境伯のご令嬢が家出だ。それは大騒ぎだろう。」


 口止めする間も無くするっと身分を言われてしまった。あああ、と慌てて背後を振り返ればいつもと変わらないカールが微笑んでいた。


 あれ?聞いてなかった?それとも?

 グイリオが背後の少年に気がつく。


「おや、この少年は?」

「道中一緒になってここまでついてきてくれたの。たくさん守ってもらったのよ。」

「こんな子供が?」


 スノウは外で待っているからただの少年に見えるだろう。しかも目を病んでいる。グイリオが訝しるのも無理はない。


「初めまして。カールと言います。ティア姉さんには良くしてもらいました。」

「姉さん?」

「仲良くなって!あだ名なの!」

「はい、あだ名です。ぴったりでしょ?」


 いつもと違い子供のようなあどけない話し方だ。年相応の行儀よい子供とも言える。大人を懐柔するような愛らしいそれは普段からすればものすごい違和感だ。


「ふうん?じゃあこの子はこちらで家に送り届けよう。家はどこだ?」

「えっと、それもちょっと‥。」


 セレスティアがそう言いさしたところで少年が明るい声を出した。


「僕も家出中なので、こちらでお世話になります。ティア姉さんと同じ部屋でいいですよ?」


 あれれ?そういう話だったっけ?

 セレスティアは言葉を失うがグイリオは困った様子だ。


「家出とはご家族が心配しているだろうに。流石にうちには置けないだろう。同室というのは?」


 グイリオに見られセレスティアはさらに焦る。

 ええい!ここは子供で誤魔化せ!


「えーと、体は大きいけどこう見えてまだ子供なのよ。歳は十‥‥一?二だっけ?目が見えないから心配で同室だったの。」

「うん、十二だよ。今日からお世話になります。」

「いやしかし‥」


 渋るグイリオになんとか頼み込む。

 ここまで世話になってここで放り出すのは忍びない。


「グイリオ兄さん、お願い。目を痛めているの。事情があって家出してるのに無理に帰すのも嫌だわ。せめて目がもう少し良くなるまで!」

「うんうん、それに僕、一人で外に出るとどこかでうっかりティア姉さんのことを話しちゃうかもしれないよ?」


 セレスティアの側であどけなくしつつもサクッと脅しもかける。

 うげっ それも困る!


 脅しが効いてかグイリオも諦めたようだ。


「仕方ない。でも部屋は別々に用意する。」

「ええ?一緒がいいのに!」


 ですよね。だがカールはわがままを言う子供の顔で憮然として見せる。さらに違和感がひどい。


 え?ナニコレ?なんの演技?

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