第08話
早朝。宿屋での一室。
部屋の中央のダブルベッドの上でセレスティアは正座から手をついて身を伏せていた。いわゆる土下座だ。
その先にはカールがシーツの上で半身を起こし眠そうにあくびをしていた。
「‥‥もういいですって。謝られるとますますいたたまれないというか‥」
「いや!これは完全に私が悪いから!!」
ここ数日の冷え込みが酷かった。異常な寒さに耐えかねて二人は予定を変えて最寄りの街に立ち寄り昨晩宿をとった。
考えることは皆同じ。旅人が宿屋に殺到し満室が続いた。なんとか取れた安宿は暖炉もないダブルベッドの一部屋。ボロ宿のくせにスノウを部屋に上げることも許されなかった。セレスティアは絶句したが背に腹は替えられない。スノウを納屋に入れ部屋に入った。
「外に寝るのは命に関わりそうなのでなしとして。僕が床で寝るので安心して下さい。」
「いやいや!私が床で寝るよ!子供がこんな凍えた床に寝たら死んじゃうから!」
子供のくだりにカチンときたのかカールが反発する。
「僕はもう子供ではないです。それを言うなら女性こそベッドで寝るべきです!」
「性差別反対!別に大人だから大丈夫なのよ!」
「それなら僕も大人です!」
「まだ子供!年上の言うこと聞きなさい!」
「年下が年上を敬ってるんです!」
私が!僕が!と散々押し問答の挙句、ベッドの端っこにそれぞれ寝るということで落ち着いた。
あのまま押し問答していては二人とも床で寝そうな勢いだった。カールが廊下側、セレスティアが窓側と領地を決める。
子供も添い寝できそうな大きなベッドだから大丈夫!とセレスティアは自分に言い聞かせて納得して眠ったのだが。
朝目覚めてみればセレスティアはカールを抱きしめて眠っていた。カールの抵抗の跡がある。そして諦めて背を向けて寝たのだとわかる。
なぜならベッドの廊下側、カールが落ちそうなベッドの端ギリギリまでセレスティアが追い詰めて抱き枕よろしくカールを抱えて眠っていたから。
つまりセレスティアが一方的にカールを攻めていた。
ぼんやりと目を覚ましたセレスティアがカールを抱きしめたまま暖かさにまどろみ状況を理解するまで二十秒、その後悲鳴と共に飛び起きて、現在の土下座に至った。
「まあ昨晩寒かったから仕方なかったですね。暖炉がない宿だったのがいけませんでした。これも選択の余地なしで仕方ないです。」
頭をかきながら包帯を巻いたままのカールが眠たげに再びあくびをする。
カールは朝は寝起きがいい。それなのに今朝は眠そうな様子がさらにセレスティアの羞恥を煽った。きっと自分のせいで眠れなかったのだろう。真っ赤な顔で謝罪と懺悔を続ける。
「いやいや!そんなの言い訳にならないって!どうしよう‥未来のカールのお嫁さんになんてお詫びを‥‥」
「人聞きが悪い。僕の貞操が失われたみたいに言わないでください。それとも何かしたんですか?」
「してない!してない‥よね?多分??ヤダ!わかんないよ!!」
セレスティアは土下座のまま頭を抱える。パニくってあらぬことを口走る。
「こんなオバサンと添い寝なんてカールの人生の汚点でしかないよ!傷モノだよ!無垢な少年にオバサンが!犯罪だって!!ご両親になんてお詫びしたらいいか‥、嫁に行き遅れたら私のせいだぁぁ!」
「オバサンじゃないですって。傷モノって?僕が嫁に行くんですか?」
カールの冷静なツっこみが飛んでくる。
「そんな気にしないでください。まあ?家族ならこういうこともあるんじゃないですかね?」
「え?カールはお姉さんと添い寝してるの?」
「しませんね、絶対。ごめんです。」
「ほーらー!ごめんなさいぃぃ!!」
カールの即否定にセレスティアの謝罪が響き、土下座に戻る。これでは埒が明かない。
カールはうーんとしばし思案したのち、口元がニヤリと弧を描く。
「なら僕がティアを抱きしめさせてください。」
「はぁ?何それ?」
「僕が抱きしめればおあいこになるので謝罪は不要でしょ?僕への謝罪だからこれくらい聞いてくれてもよくない?」
え?おあいこ?なにそれ?
カールが両腕をベッドの上で広げている。その様子に更に動揺する。
「え?今?」
「謝罪でしょ?今やらなきゃ。僕は目が見えないのでティアがこっちに来て下さい。」
げ。自分から行くのか。予想外の展開にセレスティアが仰反る。
しかしセレスティアの謝罪だから仕方がない。納得いかない部分もあったが、四つん這いでおずおずとカールの側に近寄る。カールの腕の中に横座りで座り込めばカールの腕が体に回ってきた。カールの胸にセレスティアが収まる形だ。
抱きしめられてびくりとセレスティアの体が跳ねたが宥めるように頭を撫でられる。
まだ華奢な少年の腕。体だってゴツゴツしていない。身長差はあるが座った状態ならその差はあまり感じられなかった。
「へえ、これはいいですね。柔らかくてあったかい。よく眠れそうだ。」
「だからごめんって‥」
「寒い夜ならこういうのもアリかもですね。」
抱きしめた姿勢からそう囁く。その声がセレスティアの耳をくすぐった。華奢なのに抱きしめた腕が思いの外頑丈そうだ。強固なそれにセレスティアはどきりとする。
カールが下を向く。その顔がちょうどセレスティアの顔を見下ろす角度になる。
その近さに見上げたセレスティアは固まった。
年下の美しい少年が目に包帯を巻いて自分を抱き締めて見下ろしてくる。セレスティアが少し身を伸ばせば唇が触れ合うくらい。こくりと喉を鳴らしてしまった。
自由を奪われ縛められた美しい魔法使いの少年。目の包帯がそう連想させてとても背徳的な感じだ。
今自分はこの少年を自由にできる。
脳裏になぜかそんな言葉が浮かんだ。
カールの頬に手を差し出せばするりと頬を擦り寄せてきた。頬の柔らかい感触が手のひらに擦れてくすぐったい。その様子はスノウのそれに似ている。
高潔で賢い、万事を見通す気高き少年が自分に慣れて甘えてきている。自分を閉じ込める腕の中で熱い思いが胸にこみ上げた。
思わず漏らしたため息に頬ずりしていたカールが微笑む。その笑みにさえ魅入られそうだ。
しばしぼぅと少年を見つめるが、我にかえりセレスティアは慌てて腕の中でもがいた。
「もういいでしょ!おしまいね!」
「もう?まあいいか。やっぱり起きてる方がいい。」
両手をあげてあっさり解放したカールがフフと微笑んだ。
「なあにそれ?」
「寝てると無防備でなんとも歯止めがかからないんですよ。やはり抵抗してくれなくちゃ。」
その言葉にセレスティアは言葉を失い赤面した。
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