幕間 夢の中
セレスティアは夜中に声を聞いて目を覚ました。
それはドーレにたどり着く前の日。カールと野営をし眠りについた。
カールはスノウに体を預け眠る。それがとても羨ましい。それを察してか一緒にどうかと誘われたが流石に少年とはいえ異性と添い寝はできない。とても残念だったが断った。
気のせいだったか、と瞼を閉じかけたところで再び押し殺したような声がする。声変わりする前の高い声。だけど切羽詰まったような苦しげな声だ。
焚き火の火は消えていたが炭になった薪が赤々と暗闇を照らしている。
声の主はカール。昨日から同行している少年。
とても聡く機知に富む明るい少年と思っていた。
眠っているはずなのに声がする。身を預けるスノウに
「‥‥カール?」
うなされている?
身を起こし手元の薪を焚き火に焚べる。少しすれば火が出てくるだろう。
炭のかすかな明かりを頼りに四つん這いで静かにカールの側に寄る。
この少年は気配に聡く普通ならこれで目を覚ますはずだ。だが今少年は体を丸め震えていた。何かから身を守るように。
「家出の理由、聞いてあげたほうがよかったのかな‥」
そっと囁く。炭から火が噴き出して辺りをほのかに照らした。
包帯を巻いた顔は痛々しいがどこまでも美しい。手も綺麗。爪も割れていない。痩せ細っているというわけでもない。食事を断たれると髪が荒れると聞いたことがあるが艶やかな髪にそれもない。
悪質な場合は外見からわからない体に罰を与えるというが、虐待とかじゃないとセレスティアは考える。
戦闘や暴力に怯える様子も見られない。たぶんこれはもっと精神的なもの。この聡明な少年が抱える問題は何なんだろう。
強く握られる
まだ幼さの残る少年が苦しんで、救いを求めて自分に縋ってくる。それがとても不憫で切ない。でも自分は何もできない。
「どうしたらそこから救ってあげられるのかな?」
握られた手に力を込めてそう囁けば、うなされる声が落ち着いた。寝息が穏やかになる。その様子にスノウも安心したようだ。
こんな手で救われるならいつでも握ってあげるのに。
そう思い毛布を引き寄せ、手を握ったまま身を横たえる。手を伸ばしたギリギリの場所だ。
添い寝ではない!と自分に言い聞かせセレスティアは目を閉じた。
少年はふと目を覚ました。
薪が爆ぜた音だろうか。そんなことをぼぅと考える。そして己の手の中に誰かの手があると気がつく。驚いて半身を起こした。それは柔らかで温かい。
セレスティアの手か。なぜ?
包帯を巻いた頭で考える。
ここに手があるということは添い寝してくれたのか?僕は何か寝言を言ったのだろうか?そうだと肯定するようにスノウの舌が頬を舐める。
何を口走った?まずいことを言っていないといいが。
夢を見ていたのは覚えている。多分いつもの夢だ。
それはどうにもならない夢。
もがいても足掻いても。
誰もいない。
そこは深い深い闇。
ずっと誰かいないか探していた。
誰もいないのに。
だってお前がそう望んだんじゃないか。
その血塗られた手で。
現実から、事実から目を背けるな。逃げるな。
心の奥から囁きが聞こえる。
わかっている。今更逃げようとは思わない。
だけど今だけ、少しだけでいい。誰か。
誰か病んだ僕の手を取ってくれないか。
誰もいないのに、お前が殲滅したのに。
そう望むことが身勝手で傲慢。
そう囁かれる。
これも自分の心の声。どうにもならない。
わかっているのにそれでも求め探している。
そこでいつも目を覚ます。そしていつも一人。
だけど今は違う。この手に温かい手があった。
昨日出会ったばかりの僕にこんな優しさをくれる。ただただ驚いてその手に触れて、信じられなくて、その温もりを確かめようとそっと握り返す。
胸が痛い。心が幼子のように哭いている。
それでも嬉しくて温かい手をそっと撫でる。
眠っている。寝息が聞こえる。だから囁いた。
「‥‥ずるい、僕が寝ている間に‥勝手にこんなことして。」
思いがけないことに出る涙を包帯が吸い上げる。それでも止まらなかった。せめてと声を殺す。
この闇からは出られない。それは仕方がない。
いつか帰らなければならない。それもわかっている。
だから強さがほしい。
全てを受け入れる強さが。
少年は柔らかい手を握りしめて切なる願いを囁く。
もう少しだけ
この人と一緒にいたい
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