第2.0章 逐電 – チクデン
第05話
旧道で野営した二人は翌朝、最寄りのドーレに向けて出発した。進んでいるのは旧道。これはカールからの提案だった。
「実は本街道は馬車用に整備するためにだいぶ迂回してるんですよ。旧道は道が細く少し険しいですが距離はこちらの方が短いんです。」
地図をよくよく見れば確かにそうだった。目が見えないのになぜそこまでのことがわかるのだろうか。セレスティアは地図を見ながらその疑問をぶつければ、少年はこともなげに答える。
「地図を見ました。」
「え?それいつのこと?」
「目を患う前ですね。一度見たものは忘れないんです。」
平然とそういう少年に言葉を失った。そういうもん?
「そういう特技です。状況で地図をいつでも見られるとは限りませんので覚えてしまえと思ったら出来ました。」
ものすごい才能だ。やはりこの少年はとても聡い。
なぜ家出なんてしたんだろうか。
気になったが自分の家出の事情を聞かれなかったからそれを聞くのはマナー違反だ、と疑問を飲み込んだ。
旧道は鬱蒼と森が茂っていたが、機知に富んだカールと雑談しながら進めばさほど気にならなかった。狼に遭遇するのではと心配したがそれもない。魔物の気配もない。その晩は旧道付近で野営を挟み、道中まったく問題なく翌日にはドーレにたどり着いた。
「魔物や動物に全然出会わなかったね。旧道来た割に。」
「じゃあ運が良かったんですね。」
「運かなぁ、なんか避けられたような?」
「スノウを連れてるとよくありますよ?」
「あ、そっか。すごいねスノウは。」
狼犬の頭を撫でれば嬉しそうにワフと吠えた。
本当に賢いなぁ
セレスティアはそこで金貨の問題を思い出した。ドーレはそれほど大きい街ではない。おそらく両替商もいないだろう。今の手持ちでは明日以降の宿が厳しい。
「なら僕が両替しましょうか?」
カールが腰のポーチから銀貨の袋を取り出した。セレスティアが唖然とする。
「え?いいの?」
「はい、銀貨はまだあります。100枚あるか数えてくださいね。」
「手数料かかったでしょ?それは払うよ?」
「家を出る時に銀貨でそろえたので大丈夫です。銀貨はまだありますし軽くなって助かりました。」
金貨を親指と人差し指でつまむように触り確認している。銀貨よりやや小さいから大きさや縁の溝で金貨とわかる。その確認方法も理解している。一般市民は金貨など早々目にしない。つまり彼は普段、金貨に触れられる身分だということだ。
金貨と交換に銀貨を受け取りセレスティアは複雑な表情だ。
この少年はなんでもそつなくこなす。慣れすぎている。あの違和感がまた迫り上がってきた。
年上なのに年下のカールにお世話になりっぱなしだ。これはダメでしょう?
年上の矜持からカールに申し出た。
「じゃあカールの宿代を払うから。貴重な銀貨だし是非そうさせて。」
それならば、とそんなセレスティアにカールがある提案をしてきた。
「でしたらお願いというか提案なのですが、街では姉弟でお願いできますか?僕も捜索願いが出ていないとも限りませんので。」
「あ、うん。それは私も助かるし。」
「なので部屋はツイン一つを押さえてください。二部屋より安く済みますよね。その方が自然です。」
「え?!」
確かにこの歳の姉弟で部屋が別々というのも妙かもしれない。家族なら一部屋も当然なのだろうがセレスティアにも躊躇いがあった。一応これでも妙齢の女性である。異性と同室になるなという慎みは幼い頃より躾けられていた。
カールが笑い声を噛み殺す。
「ああ、僕はいびきも歯軋りもしませんよ?寝相は‥どうだったかな?」
「それは心配ないのはこの二日でわかってるよ。」
「同室と言っても野営と一緒です。それともこんな子供の僕と一緒は心配ですか?残念ですが僕は目も見えないのでお姉さんが何をしていてもわかりませんよ?」
こともなげにいう少年が憎らしい。恥じらいや躊躇いがない。セレスティアをなんとも思っていないのだ。十四なら年相応にもう少し動揺すればいいのに!
だが目を痛めたこの少年を個室に入れるのも不安だ。転んだりして怪我しないか心配で結局部屋に入り浸ることになりそうだ。
「いいよ、じゃ、じゃあツイン押さえるから。」
「ありがとうございます。僕がいびきをかいていたら叩き出していただいて結構ですよ。」
大人の余裕を出して応じたはずが茶化されて返された。わかっていたが手強い少年だと思った。
ドーレの宿はすぐに取れた。スノウの同室も許可されたから野営と全く一緒だ。動揺した自分がバカらしくなった。
カールは部屋を壁伝いに歩き大きさを確認している。ベッド以外家具もないから目が見えなくても問題ないだろう。
バスルームの場所はセレスティアが手で導いて位置を教える。色々と手伝おうとするが一通り説明が終われば、あとは自分ですると追い出されてしまった。大丈夫だろうか?
カールは窓際のベッドを希望した。壁が近い方が立ち上がりやすくいいらしい。
部屋もとれた。夕食までまだ時間がある。さてどうしようかと思ったところで重要なことに思い至った。
「そうだ!医者に行こう!目を見てもらおうよ!」
「医者ですか?いやそこまで‥‥」
「何言ってるの!放置していいことないよ!」
宿の受付で医院を訪ねカールを伴い宿を出る。カールは右手に杖を、左手にスノウの首についたハーネスを持っていた。
「末っ子がよくスノウに乗って遊ぶんでそれ用のハーネスです。こんなふうに役に立つとは驚きです。」
スノウはカールを危なげなく誘導する。息もぴったりだ。街中を歩く白く大きな狼犬とローブ姿の少年に衆目が集まるがこれは仕方がないだろう。
今までで姉と下の子の話が出ている。三人兄弟の二番目なのか。会話の端々の情報からカールの家庭状況を推察する。
カールはパズルのピースのように会話のところどころに自分の情報を盛り込んでくる。探られる前に問題ない情報を出しているようにも思う。身元を深く探られたくないのだろうか。
医院について受診の申込みをし診察が終わるまでセレスティアは町役場に行ってくることにした。
捜索願いは届けが出されれば各街の役場に届けられる。大人から子供まで失踪はそこそこにある。人攫いから夜逃げまで事情はさまざまだ。捜索願いは広く知らしめるために掲示板に張り出されるのだ。自分の情報があるか確認したかった。
掲示板にはそれほど捜索願いは張り出されていなかった。フードを被り用心しながら役場内の掲示板を探したが、それらしいものはなかった。
辺境伯爵令嬢が失踪というのも外聞が悪い。そこを気遣って依頼を出さなかったのかもしれない。ほっとしながらカールに相当するものも探すがこちらも特になかった。
捜索願いが出ていない。ひょっとしたらカールの家族は本当に心配していないのかもしれない。
そう思いながら側にあった貴族名鑑を開く。アドラール帝国内の貴族名と住所が書かれた本だ。役場であれば必ず備え付けられている。
「ウォーロック‥‥、ないか‥‥」
貴族名鑑にウォーロックがない。セレスティアは小さくため息をついた。
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