第04話




 パチパチと爆ぜる焚き火にセレスティアは枯れ枝をくべる。闇に沈む森の中で唯一の明かりが辺りを灯す。火があれば獣は寄ってこない。悪漢が寄ってきたら返り討ちにすればいい。それを成す腕はあるつもりだ。

 剣を手元に置いたままでセレスティアは少年に話しかけた。


「君はなんでこんなところに一人でいるの?目が見えないんでしょ?」

「ええ、まあ。商隊と一緒に移動させてもらっていたのですが途中狼の群れに襲われてしまって。その騒動で商隊が動けなくなったんですよ。ちょっと急いでいたので徒歩で隣町ドーレに向かうことにしました。」


 先ほどのあの商隊か。それは運が悪い。

 しかしだからと言って。


「目を痛めているのに?いくら急いでいるからと言って単独の移動は危険だよ?」

「スノウもいるし大丈夫です。もっとも目は不慮の事故なんですが。」


 目元に手を当ててふうと少年がため息を漏らした。


「商隊が狼に襲われたのは仕方ないですがあれは人災です。あまり賢い護衛ではなかったのがまずかったですね。狼を追い払うのに閃光弾を使ったんですよ。」

「は?」


 それはひどい。閃光弾は獣を追い払うために使われるが人がいない時の話だ。あの光では馬も怯えただろう。


「それでは‥‥」

「狼は追い払えましたが馬が暴れて荷台は倒れるし馬も足を折り使い物にならなくなりました。」


 やはりか。セレスティアはため息を落とした。

 少年が側に伏せるスノウの背中を撫でる。


「僕も咄嗟にスノウを庇ったので閃光弾を喰らってしまいました。商隊が一応治療はしてくれたのですが、しばらくは支障が出るかもしれないと言われました。」


 ますます運が悪い。

 閃光弾の光は強烈だから、食らった程度によるが回復に時間がかかるかもしれない。

 これからどこに向かう予定かわからないが、それは不便だろう。



「まあそんなわけで誰か同行できる人が見つかればいいなと思っていたので声をかけてもらえて助かりました。」


 にこやかにそう言うカールに最初に思った疑問を尋ねてみた。


「最初なぜ私が女一人だとわかったの?」


 目に包帯を巻いて声をかけてきたカールに改めて驚いていた。見えてなかったのになぜ自分のことがわかったんだろうか?


「うーん、怒らないでくださいね。すぐ上の姉からはデリカシーがないとよく怒られるもんで。」

「怒る?なぜ?」


 カールは頭をバツが悪そうに頭を掻く。


「お姉さん、僕の風上にいたから香水の香りがしたんだよね。微かにだけど。」


 一瞬固まってしまった。たっぷり十秒絶句した後、慌てて自分の両腕の匂いを代わるがわる嗅ぐが良くわからない。辺境伯爵令嬢の時は確かに香水を使っていたが今は使っていない。

 匂うはずがない。そのはずなのだがまさか体に染み付いてしまっているとか?!


「お姉さんから、というか荷物からかな?あとは気配と少しびっくりした声が聞こえたから。でもこんなところに女の人がいるわけないし、確証ないしでそうかなぁと声をかけたら返事してくれて。本当に女の人が一人だったからちょっとびっくりしました。」


 カールの苦笑気味の答えに納得した。


 なるほど、荷物は衣裳部屋の奥に隠しておいたからドレスから香りが移ったんだろう。断片の情報だけでそこまで予測したのか。その歳でなんて聡い。少年のその洞察力にセレスティアは驚いていた。


「でも気をつけたほうがいいですよ。世の中には悪い奴もいるし。声をかける時は特に用心しなきゃ。」

「君は大丈夫だと思ったよ?」

「なぜ?」

「ご主人を守る優しい犬を連れている人に悪い人はいないから。」


 セレスティアの自信満々なその答えにカールは声を上げて笑った。スノウを褒められてか嬉しそうだ。


「確かにそうかも。そんな犬に懐かれる人にも悪い人はいないしね。」


 相槌を打つようにわふっとスノウが優しく吠えた。大きな尻尾を嬉しそうに振っている。


「そういうわけで僕は今難儀してるんです。よろしければしばらくお姉さんに同行させてもらえないでしょうか?」

「私でいいの?」

「ええ、こんな子供と犬では宿も取れません。ずっと森で野宿の生活でしたからご一緒出来るととても助かります。」

「そういうことなら‥‥」


 セレスティアとしても助かる話だ。フォラント家からの追手は女性の一人旅を捜索するだろう。顔立ちは似ていないが弟のような歳のカールと一緒なら姉弟に偽装できる。一人では不安だったし聡い彼と一緒ならいいことずくめだ。

 今、この少年は目が見えない。そのこともセレスティアの気持ちを軽くした。


 だが自分に追手がかかってるかもしれない事は言っておかなくてはならない。


「えっとね、ただちょっと困ったことがあって。」

「ひょっとして捜索願いが出てるとかですか?」


 ギクリとした。察しがよすぎる。どこまで聡いのか。

 どうしよう。詳しい話はできればしたくない。これもどうか察してくれ!

 冷や汗をかきながら言葉に詰まっていれば察しのいいカールが言葉を継いだ。


「まあ僕も似たような身の上なんで説明なしでも大丈夫ですよ。」

「え?やっぱり君家出したの?」


 しまった!と慌てて口を押さえたがカールは声を立てて笑っていた。とても楽しそうだ。


「僕の場合は家出じゃなくて‥‥なんというか、あえて言うなら社会見学?武者修行?かな?」

「ん?全然似てないよ?」

「‥‥に黙って出てきたと言うか‥‥」

「‥‥はぁ?!君も家出じゃない!!おうちの方が心配してるんじゃないの?!」


 憤然としたセレスティアにカールが困ったように言い訳をした。


「あー、まあそこは大丈夫です、たぶん。十四の歳に旅に出るのはうちの家風なんです。だからそういうものだと思ってるはずです。」


 十四。彼の年齢か。私より四つ下。十四にしては小柄かもしれないが賢いせいか頼りなく見えないのがすごい。セレスティアは素直にそう思った。


「フフッ じゃあ家出者同士、よろしくお願いします。」

「こちらこそ。よろしくね。」


 家出者同士。確かにそうだ。心強い同行者ができた。

 カールの言葉にセレスティアは微笑んだ。

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