第03話
そこで初めて、正面のローブの人物が半身ほど振り返った。隠れていたのに思わず声を漏らしてしまっただろうか?
目深にローブをかぶっていたため顔は口元以外は影に隠れて見えない。長めの杖が低い背丈に不釣り合いに見えた。
「‥‥盗賊‥ではない?」
訝るような少し高めの少年の声。やはり子供なのか、とセレスティアは内心驚いた。
子供が狼を連れて旧道の森の中に一人でいる。それはあまりに場違いであった。
「お姉さん?はひとり?こんなところでどうしたの?」
やんわりと明るい少年の声でそう話しかけられてセレスティアは少し安堵して歩み寄った。話ができそうな相手だ。少年なら見られても大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
狼たちが逃げ去り骸が残る辺りを見回し剣から手を放した。
「ごめんね。驚いて見ていたの。君はここに一人でいるの?大人の人は?」
そう返事をして微笑んだが、少年から返事がない。俯き加減で顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだ。やはり口元以外表情は窺えない。
先程戦っていた白い獣が少年とセレスティアの間に体を入れてくる。少年を庇う様子に賢い獣だと思った。警戒するその獣の頭を宥めるように、少年が杖を持たない空いた手で撫でる。
「大丈夫だ、この人は敵じゃない。」
獣は少年とセレスティアの両方を見比べた後、様子を窺うようにゆっくりとセレスティアに近づいてきた。口元こそ赤いが先程の殺気はもうない。
間近で見てその大きさに驚いた。幼い子供なら背負って走れそうな大きさだ。穏やかな獣の目がセレスティアを見上げてきた。
あ、この子メスだな。直感で思った。
「そいつは大丈夫です。噛みつきません。」
穏やかな少年の声。それは見ただけでわかった。
歩み寄る様が以前飼っていた大型犬を思わせた。優しい目だ。飼っていた犬は耳と喉の下を掻いてやると目を細めて喜んだ記憶がある。
ふとそんなことを思い出し、獣の頭を撫でたい衝動を堪える。いきなり手を出しては獣は怯えてしまう。
セレスティアはしゃがんで獣と視線を同じにした。
「とても賢いわ。それに強いのね。ご主人様を守って偉かったね。」
クゥと甘えるような声を上げて獣はするりとセレスティアに身を擦りつけてきた。撫でていいという許可と理解し、記憶にある耳と喉の下を撫でてやれば獣は喉を鳴らして目を細めて見せる。
「へえ、こいつが初対面で懐きましたか。凄いな。」
近寄ってきた少年の笑みを含んだ声にしゃがんだ姿勢から少年を見上げて、セレスティアは驚きの声を上げそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。ローブを被る少年の顔が見えたからだ。
少年と思しきその顔の目元には白い包帯が巻かれていた。
「一人でどうしようかと思っていたので助かりました。」
包帯の少年が声変わりする前の明るい声を上げる。
あれから近くで一緒に野営しないかと誘われ旧道の奥で火を焚いて二人と一匹は暖をとっていた。訊ねれば連れはなく子供と獣だけという。
今は夏の終わりであるが夜になると少し冷え込むようになってきた。焚き火は必須である。携帯食に干し肉をかじりながら自己紹介をする。
「ちゃんと名乗ってなかったわね。私はセレスティアというの。セレスティア・デリウス。よろしくね。あなたは?」
セレスティアは名乗ったが姓は母方のものを使った。辺境伯爵フォラントの名前は流石に使えない。
下手に隠せば家出と疑われる。その前に名乗ってしまえ、というセレスティアの作戦だ。
「僕はカール、カール・ウォーロックです。こちらこそよろしく、お姉さん。」
「
「よく言われます。」
ウォーロック。絵物語に登場する魔法使いだ。ウォーロックは男性の魔術師の呼び名で女性ならウィッチとなる。
ローブ姿に子供が持つには長い杖を持ち、白き狼を従える盲目の魔法使い。雰囲気はなかなかにぴったりだ。
セレスティアのウォーロックの反応に少年は満足げにくすりと微笑んだ。この名前が気に入っているようだ。
と、そこで傍らの犬が私は?と言わんばかりにカールの手をべろりと舐める。それを宥めるように少年が獣の頭を撫でた。
「ああ、わかってるよ。これは狼犬で名はスノウといいます。」
白い獣がワフと目を細め返事をした。
「スノウ?フフッ 真っ白でピッタリな名前ね。狼犬なの?話には聞いたことがあったけど初めて見たわ。」
狼の血を受けた犬。狼と違い狼犬は人に懐くし頭もよく忠誠心もある。通常狼犬は毛の色の濃い犬が多い。スノウのように真っ白な犬はとても珍しかった。
真っ白い毛並みはふわふわで撫で心地が良さそうだ。そう思い背中を撫でてやれば目を細めて気持ちよさそうな顔をする。スノウの高めの体温が手に暖かい。今度この毛皮に埋もれて添い寝をしてみたいな、と思った。
改めてセレスティアはしげしげと少年の顔を見た。普通であれば失礼であるが相手の目が見えないとわかれば遠慮もない。
フードは背中に落としていたので少年の顔は晒されている。辺りはすっかり闇が落ちていたが焚き火の光を浴びてその表情が浮き上がる。
包帯が巻かれた顔は痛々しかったがそれでもその造形は神々しいほどであった。
少し長めの艶やかな漆黒の髪に、この年頃にしては日焼けしていない白い肌。歳の頃は十二、三位か。顔立ちも柔和で雅でさえある。目元の包帯を外せばきっとものすごい美少年だろう。セレスティアはしばしほぅと見とれてしまった。
佇まいや仕草も上品で粗野な様子がない。明らかに育ちがいい。言葉尻や発音にも知性を感じる。
彼はどこぞの高貴な貴族令息なんじゃないだろうか、と思った。
だがそれにしては旅慣れている雰囲気が気になった。携帯食も躊躇いなく齧っている。暖かく柔らかい食べ物に慣れた貴族ならこの硬さは辛いだろうに。先ほどの荒事にも怯えた様子もない。場慣れしすぎていた。
どちらも相容れないものだ。それがなんとも言えない違和感となって喉元に残る。
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