第2章 第10話

「痣、すご!」

 シン-レイバー本社には社員専用の医療設備が整っている。日々、危険な任務をこなす彼らに怪我はつきものだ。必然、外科が中心ではあるが社内の需要は絶えない。当初は地元の開業医に非常勤で診てもらっていたが、いつしか当の開業医がそのままシン-レイバーに入社し、自身の病院は廃業、シン-レイバー専属医師となった。

「それが私よ。痣、すご!」

 シン-レイバー医務室。そう呼ぶにはいささか規模が大きい。地上四階、地下一階の鉄筋コンクリート造の建物は、社員からはそのまま[病院]と呼ばれている。開業医から社員になったこの[病院]の院長兼医師が、今目の前で結衣の身体にできた大な痣に、あっけらかんと驚きの声をあげている。

「痛む?ここ押すと痛い?ここは?」

 突かれるたびに下着姿の結衣が悲鳴をあげる。

「痛いです!だからさっきから痛いって言ってるでしょうが!」

 専属医である雪村舞華(ゆきむらまいか)は嬉々として結衣の体を突き続ける。

「それにしてもすごい性能ね、[ブリット・コート]だっけ?生身だったら三回くらい死んでるわ」

 結衣の身体には無数の青痣ができていた。至近距離で銃弾を浴びるほど受けていることを考えれば、この程度で済んでいるのはもちろん幸いなことではあるが、腹部の痣が特に酷く痛々しいことこの上ない。

「ホント、嫁入り前の乙女の身体が…」結衣は自分の身体を眺めながらため息をつく。

「ま、しばらく冷やして動かさないようにしてれば痣は消えるわ」

 舞華はそう言うと結衣の身体の至る所に湿布を貼りまくる。

「それにしても引き締まったいい身体してるわね」

 舞華に身体中を見回され、結衣は真っ赤になりつつ

「ボクシングで鍛えてましたし、入社後も伊吹さんにしごかれてますんで」

 舞華は納得するように頷くと「欲を言えばもう少し胸が欲しいかな…」

 結衣は胸元を押さえると、自分と舞華を見比べる。

「確かに…。鍛えてなんとかなるものなら頑張るんですけど…」

 やや卑屈な表情の結衣を舞華は笑い「まぁ、あんたはどうせ男もいないでしょうから関係ないわね」とからかう。

(いないけど!)

 結衣は不服そうな表情で制服を着る。腕を通すときに肩がひどく痛んだ。

「舞華さんもあの大男に投げ飛ばされてましたけど、怪我なないんですか?」

 シン-レイバー専属医師にしてシグ・ホワイトである雪村舞華は「私はそんなにやわじゃないわ」と左の口元を上げた。


「それにしても、残念ね…」

 身だしなみを整えた結衣に、舞香が独り言のように話しかける。結衣はそのまま診察席に腰掛け「連行中ですよね。多分あたしたちがヘリに乗った直後…」

「うん。あっという間だったみたい」

 フォックスとライノ、彼らは気を失ったまま担架に載せられてビルの入口を出た。周りは警視庁の特殊犯捜査係であるSITや警官に囲まれ、連行用の車両に向かってスロープを進んでいる時だったそうだ。角度的にかなりの高所、おそらくは最初に結衣が居たビルの屋上からだと想定された。遅れて銃声が二回。かなりの腕前だろう。その二発の弾丸はフォックスとライノに一発ずつ命中し、彼らの頭部を吹き飛ばした。すぐにSITの数名がビル屋上に向かったが、狙撃犯は確保できなかった。

「多分、結衣ちゃんが使ったワイヤーで入れ違いに現場ビルに移動して、そのまま現場の混乱に紛れて逃走したんだろうって坊やが言ってたわ」

「坊やって?」

「ああ、鹿島くんよ。可愛いよね?」

「え、ええ、まぁ、そうですね。実年齢よりだいぶ若く見えますよね。何歳か知りませんけど…」

 実際、学生時代に一年間を無駄にした結衣だったが、大学を出たての新入社員である自分よりは鹿島は年上だろう。シン-ブリッツの作戦参謀にして技術チームリーダー、確かそんな肩書きだったと思う。社会に出て二、三年で任されるポジションではないだろう。

(意外と三十代?)

「十七歳だって」

「うそぉ!まだ高校生くらいじゃないですか!」

「そ。まだ高校生。いるんだね、天才って…」

「マジすか…。高校生…」

 俄には信じられない事実だった。

(声低過ぎ)

 結衣が呑気なことを考えていると「おう、ここだったか!」と、プロレスラーのような大男が診察室に入ってきた。阿久津太樹(あくつたいき)は実際に元プロレスラーという経歴を持つシン-レイバー屈指の武闘派社員だ。結衣はひと目見て、彼がグロック・グリーンだと気づいた。それほど、彼の体格は特徴的だった。身長は二メートル弱、体重はおそらく百キログラムオーバー、肩幅が広く胸板も厚い。丸太のような両腕と、さらに太い丸太のような両脚。圧倒されるような巨躯だが、怖さはない。普段からとにかく気さくで、小さいことは気にしない、誰からも慕われる全社員の兄貴分だ。

「阿久津さん、お疲れ様です」

 結衣が挨拶すると「おう本田、怪我は大丈夫か?」と、頭をワシワシされる。ぐしゃぐしゃになった髪を整えながら

「舞華さんに手当てしてもらったんで、もう大丈夫です」

「お前ごときが髪型なんかを気にするな」

 またしても阿久津に頭をぐしゃぐしゃやられる。

「ちょっと、やめてください!阿久津さん!」

 阿久津は高笑いするばかりだ。

「何しに来たんです?阿久津さん、怪我なんてしてないでしょ?」

 結衣と阿久津のやりとりに飽きたように、舞香が話を振る。阿久津は真面目な表情に戻り、「作戦室に集合だ。かっしーから話があるらしい」

「かっしーって?」

「ああ、鹿島だ。あいつ可愛いな」

(一個に統一して欲しいなぁ)

 鹿島の呼び方については棚上げにして、結衣は「作戦室って?」と、また新たに初めての単語が出てきたことについて尋ねた。

「ついて来い」

 阿久津は親指で扉を指した。

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