第9話

「冗談じゃないわ!逃げられると思ってんの?!」

 まだふらついて入るものの、立ち上がった結衣が倒れた椅子に足をかけて怒鳴りつける。

「おいおい、今まで気を失ってたろ?威勢がいいねぇ」

 フォックスが茶化すようにいうと「うるさい!」と結衣が叫ぶ。

「そうそう、逃すわけないじゃない」

 再び通用口の扉が開き、そこには純白の[ブリット・コート]を着た女性が立っていた。小柄で華奢なシルエット。引き締まったウエストになめらかな腰回り、話す声にも色気があり立姿はモデルのように様になっている。

「またまた新キャラかよ…」

 突然現れた白い女性を見て、フォックスは呆れるように吐き捨てた。

 その時、会場入口の扉が勢いよく開け放たれる。そこにはコルト・ブラックと濃紺の[ブリット・コート]の男が立っていた。

「レッド、これで全員揃ったぞ」

 コルト・ブラックが集合を伝えると、続いて司令の興奮した声が

『よーし、待ってたぞ!レッド!ついにお披露目だ!』

「お披露目?何ですか井荻さん」

『司令だ!司令!おい、鹿島!』

 指名された鹿島の声が耳に届く。

『引き継ぎます。レッド、これは重要です。あなたたちが何者で、何を成す者たちか、犯人である彼らにはっきりと宣言しなければなりません!』

 そのまま鹿島の早口な説明が続く。


「はぁ?」

「嘘でしょ?」

「やんねぇよ、そんなこと」

 メンバーたちが口々に文句を言うが『うるせぇ!』という司令の一言で、渋々話はまとまった。

「いいですね?行きますよ」

 結衣はもうヤケクソといった感じで全員に目配せする。

「やろう!」

 意外と乗り気なグリーンがブラックの肩を叩く。

「はいはい」

 ブラックが諦めたようにつぶやくと、結衣が高々と叫ぶ。

「ベレッタ・レッドーッ!」

 自分の番かと顔を指さし「ルガー・ブルー」やや押さえた声でブルーがつづける。

「グロック・グリーン!!」

 ノリノリである。

「シグ・ホワイト」

 実は楽しんでいるようでポーズまで決める。

 最後に鬱憤を晴らすよう、異常なまでの大声で「コルト・ブラック!!」

 ほとんど絶叫だった。

 五人は横に並び、中央に立つ結衣がつづける。

「警察庁最後の弾丸!特装小隊!シン-ブリーッツ!!」

「あんたたち全員、緊急逮捕状よ」

 シグ・ホワイトが締め括った時、場の空気が凍りつくような気がした。



「シン-ブリッツ…それがあんた達のチーム名か…」

 フォックスが不敵に笑う。いつの間にかその横には腹を押さえたライノが立っている。

「おい、フォックス。俺たちもやるか?」

「やらないよう。何言ってるんだい。犯罪者が素性を明かしてどうすんのって話だよ」

 そうかと頷くとライノは「で、これからどうする?」と尋ねた。

「逃走経路は確保してある。でも…」

 フォックスは結衣達を見回し「五人相手じゃ振り切るのはしんどいな」と言った。同時にF2000を乱射すると右方向に走る。ライノも一瞬遅れて反対側に跳ねた。

「いくぞ!」

 ブラックの掛け声で結衣達も散開する。結衣とブラック、ブルーの三人はフォックスの方へ、グリーンとホワイトはライノの方へ走り出す。フォックスは走行に自信があるせいだろう、身を隠す様子もなく走りながら三人に向けて断続的に発砲する。結衣がそれに応戦すると、ブラックは先回りするように斜めに走る。ブルーは倒れたテーブルの陰に入り、ルガーP-08を構える。

「潰すならこっちからだねぇ」

 フォックスが急に方向を変えて結衣に正面から迫る。

「くそっ!」

 虚をつかれたブラックがすぐに後を追うが、結衣とフォックスは今まさに交錯しようとしている。

「お嬢さん、いただき!」

 フォックスが結衣に掴みかかろうと迫る。その時、結衣は右足を引くと同時にダッキング、頭上でフォックスの腕をやり過ごすと、そのまま右の拳を下顎に叩きつけた。

「ぐがっ」

 フォックスの動きが止まる。そのまま結衣の左フックがフォックスの脇腹に突き刺さる。しかし、厚い装甲でダメージはなさそうだ。結衣は一度距離を取る。

(ボディは無意味。顎を狙え。脳をゆらせ!)

 まだふらついているフォックスにジャブを二発。ヘルメットのせいで効いてはいない。

(だけど、顎は上がった)

 狙いすました右をフック気味に顎先へ。

(入る!)

 結衣が確信したその時、断続的な炸裂音と共に腹部に激痛が走る。弾かれたように結衣の身体が後ろに跳ねた。

「レッド!」

 ブラックが叫びながらフォックスの後方に迫る。その時、ブルーの撃った弾丸がフォックスの顎先に命中した。フォックスは意識が飛んだように膝から崩れる。そこに飛び込んできたブラックの蹴りが後頭部を捉えた。

「拘束!」

 立ちあがろうと膝をつきながら結衣が指示する。

『ブラック、専用の手錠を転送しますホルスターのボタンを押して「カフス」と…』

 鹿島の声が聞こえる。

「便利だな、了解。」

 ブラックが「カフス」と告げると[ブリット・コート]の腰部分に大型の手錠が現れた。ブラックはそれを使って倒れているフォックスを後ろ手に拘束すると「もう一人は…」と周囲を見回した。

「嘘だろ?」

 そこにはライノに体当たりする結衣の姿があった。

「連行するか?」

 ブルーが近寄り訊ねる。

「いや、あっちの援護が先だ」

 ブラックはそう言うとライノに向かって走り出す。ブルーも「了解」と後に続く。今まさに結衣が投げ飛ばされたところだった。


「馬鹿力だな」

 投げ飛ばされた結衣を一瞬見たものの、グリーンはすぐにライノに視線を戻す。後ろには先ほど同じように投げられたホワイトが倒れている。

「鹿島!適当なこと言わないでよ!結構痛いじゃない!」

『す、すみません。でも、生身だったらもっと酷いことになってますよ』

 どうやらホワイトが[ブリット・コート]の性能に文句を言っているらしい。ホワイトはようやく起き上がると「まぁいいわ。それよりあの娘、大丈夫?」

 グリーンの背後に立ち、結衣の方を見遣る。まだ立ち上がる気配はない。

『レッドは大丈夫です。生命反応あり!』

 鹿島が無線で伝える。

「ブルー、頼む!」

 ブラックは走るスピードそのままで結衣を飛び越え、ライノに銃撃する。ライノの注意がブラックに向くと同時にグリーンも突進していく。ホワイトはグリーンの背後から援護射撃をする。

「くそ!フォックスは?!」

 三人から同時に攻撃を受け、ライノは動揺を隠せない。その足元にブラックが滑り込み、下から銃撃するが、ライノの装甲がそれをこともなく弾く。しかし、グリーンのタックルが肩口に当たり、大きく体勢を崩してしまう。そこにブラックの足払い。倒れ込んだライノの腕を取り、グリーンが関節を極める。

「ぐおぉ!」

 言葉にならない叫びがライノから漏れる。グリーンはそのまま力を込め続け、鈍い音と共にライノが絶叫する。

「折ったの?」

 近づいてきたホワイトに訊ねられ「ちょっと、力を弱めるタイミングを間違えた」とグリーンが陽気に返す。

「ま、いいんじゃない?とにかくこれで任務完了ね」

 ホワイトがライノの折れた左手首に手錠をかける。後を引き継いでグリーンがもう一方を右手に。

「腕、変な風に曲がってるじゃん」

 ホワイトが嫌そうな声を出す。

「レッドは?」

 ブラックがブルーに問いかけると「大丈夫です…すみません」と結衣が応えた。

「大丈夫…なのか…?」

 ブラックはゆっくりと結衣に近づくと「考えなしに突っ込むな」

「う…すみません」

 結衣はがっくりと項垂れる。

「まぁ、人質も無事、俺たちも全員無事、犯人も拘束したんだ。完全勝利だろ?」

 グリーンがメンバーを見回しながら陽気に言うと、ブルーは呆れたように手を振りながらも「緒戦としては上出来…かもな」

「じゃ、行きましょ。こいつら連行しなくちゃ」

 ホワイトはそういうと、うつ伏せに倒れているフォックスとライノを交互に見る。

「そうだ。腕の端末を外さなきゃ」

 結衣が思い出したようにブラックを見る。フォックスが装甲を身に纏う時、腕時計のようなものを操作していたことにブラックも思い当たる。

「そうだな。確かにこいつでこの装備を呼び出したように見えた」

 ブラックはそう言うとフォックスの腕時計のような端末を外した。続けてグリーンがライノの端末も外す。たちまち犯人二人の装備は消え去り、フォックスとライノの生身の姿が現れた。

『その端末、分析しますのでそのままブラックが回収してください』

 全員に鹿島からの無線が入る。それを受けてグリーンがライノの端末をブラックに渡す。

『あとは警視庁の特殊犯が後始末をしますので、皆さんは屋上からヘリで撤収してください』

「え、この人たちはこのままでいいんですか?」

 結衣が尋ねると『カフスで拘束してますから問題ないでしょう。それよりも皆さんの姿が人目に触れることは避けなければなりません』

「え?そんな秘密な感じなんですか?」

『ええ、もちろん。国家機密レベルです』

「え?でも、さっき思いっきり名乗らせたでしょ?あれはなに?」

『むう』

 結衣に詰め寄られて鹿島は黙ってしまう。

『うるさいぞ、ベレッタ・レッド!』

「わっ井荻さん」

『司令だ!しつこいぞ、お前!』

「す、すみません、司令…」

『とにかく、鹿島の言った通り、機密事項であることは事実だ…今はな』

 ブルーが「今は?」と尋ねると『そのうちお披露目せにゃならん時が来る。それまではわざわざ目立つこともあるまい』

「いや、じゃぁさっきのあれは?思いっきり自己紹介しましたけど」

『ああ、あれはさっき鹿島が言った通りだ。お前達が何者で、何を成す者たちか。犯罪者達に知らしめることで、二度と馬鹿なことを考えないようにする。まぁ、再犯の防止と他の犯罪者への抑止効果のためだ』

 司令はそこで一旦間を取ると『悪いことすると、シン-ブリッツにやられるぞってな』

「ま、いいじゃない、そんなこと。それより、屋上に行くんでしょ?」

 ホワイトが不毛な会話を切り上げるように促す。グリーン、ブルーが後に続く。

「怪我は?」

 三人から少し遅れて二人になった時、ブラックが結衣に尋ねた。結衣は少し体の痛みを感じたが「お陰様で無傷です。岡田さんは大丈夫ですか?」

「ああ、俺はなんともない」

「やっぱり!」

 カマをかけた結衣にブラックはまんまと嵌められることになった。ブラック、岡田冬馬は自分の油断に腹立たしい思いを隠せない様子だ。

「どうしてわかった?」

「え、わからないとでも思ってたんですか?声がそのまま岡田さんじゃないですか。私が岡田さんの声に気づかないわけない!」

 やりとりが聞こえたのか、ホワイト、グリーン、ブルーが足を止めて振り返る。

「あ、皆さんもお疲れ様でした。ヘリで本社まで送ってくれるんですかね?」

 結衣の一言で「こりゃ、あたし達のこともわかってるね、あの娘」とホワイトが吐き捨てる。ブルーが「むぅ」と唸るようにつぶやくとグリーンが豪快に笑い飛ばした。

「おう、本田!帰るぞ!シン-レイバーに!」

「はい!」


 五人が屋上に着いた時、屋上の手すりに気絶した男が三人、カフスで繋がれていた。



第一章 了

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