第8話
「!」
寝たきりの父、塞ぎ込んだ母、無邪気な弟のことを思い出していた結衣だったが、突然の炸裂音で我に返った。犯人の頭部を守っているヘルメットに、何かが高速で当たったようだ。
『ルガー・ブルーだ。今までのやりとりは全部聞いていた。お前、撃てないだろ?代わりに俺が撃ってやった。結果はご覧の通りだ。奴の装甲は厚い。お前の撃った弾で死ぬことはない。当たりどころによっては動きを止めるくらいはできるかもしれないがな』
無線を通して冷静な男の声が聞こえる。
「ルガー…ブルー…?」
結衣は辺りを見回したがそれらしい人影は見あたらない。どこか離れたところから狙撃したと言うことか。
『相手は犯罪者だ。撃たなきゃお前がやられるぞ!』
「りょ、了解!」
結衣は気合を入れるように頭を振ると、改めてベレッタAPXを構えた。
「投降しなさい。次は撃つ!」
「撃ってみろ!捕まえてみなよ!」
重装甲をものともせず、フォックスは身軽にサイドステップをすると、手にしたF2000を乱射する。結衣は右に倒れ込むように回転すると、騒動で倒れたままになっているテーブルに身を隠す。肩口に数発の弾丸を受けたが、衝撃を感じたものの痛みはない。
「行ける!」
結衣はテーブルから腕を出し、犯人がいると思われる方向に発砲する。同時にテーブルを捨て、反対側にある柱の影に飛び込んだ。
「撃ったねぇ…撃てるんだ。それじゃあ、こちらも油断できないねぇ」
フォックスの嫌味な声が聞こえる。結衣からは死角になっていて、相手の姿は確認できない。
「おい、いつまで寝てるんだ?そろそろ手伝え」
フォックスは突然低い声を出した。今までの結衣を揶揄うような嫌味は声色ではなく、シリアスなトーンだった。
(何?誰に話してるの?)
結衣が様子を伺うと、視界の片隅で影が動いた。
「ひどいじゃないですか。俺に構わず撃ちまくったでしょう?」
「あれくらいじゃ死なないだろう?ちゃんと頭は外したんだから…」
服についた埃を払いながら、大柄な男が立っていた。
(さっき撃たれたあいつ?生きてるの?)
先ほどコルト・ブラックとともにフォックスに撃たれた男だ。
「もう容赦しないよ、お嬢さん。ライノ、そのお嬢さん…殺していいよ」
重装甲のフォックスが冷たく言い放つと、ライノと呼ばれた男が結衣に向かって突進してくる。結衣は威嚇のため足元を狙ったが、ライノは動じることなく距離を詰めてくる。低い姿勢からのタックルを、結衣は何とか上にかわして距離を取ったが、待ち構えていたようにフォックスが狙い撃つ。あまりの衝撃に結衣は横様に倒れ、這うようにまた別のテーブルに身を隠すが、今度は大柄なライノが突っ込んでくる。結衣は避けきれず、ライノのタックルを受けて無様に弾き飛ばされた。
「フォックス、手を出すなよ。殺していいって言ったじゃないか」
ライノは仲間に文句を言う。フォックスはF2000を持ったまま両手を上げ「オーケイ。もう邪魔はしないよ」
ライノはそれを聞くと満足そうな笑みを浮かべ、動かない結衣にゆっくり近づく。
(まずい。一瞬意識が飛んだ。立たなきゃ!)
結衣は立ちあがろうと力を入れたが、全身に激痛が走り思うように行かない。
(背中と左腕…どっか折れてる?)
ライノのタックルを受けて無意識に防御した左腕と、倒れた時に強打した背中が特に痛んだ。それでも結衣は何とか立ち上がる。しかし、それが精一杯という状況だ。傍目にも立っているのがやっとで、結衣自身もこの後どうするか、全く考えられないほど追い詰められていた。
『大丈夫か?生きてるかい?』
その時、ブラックともブルーとも違う男性の声が聞こえた。低くて落ち着いた声。結衣は大柄な男性を想像する。
「誰?」
結衣がようやくそれだけ言うと『グロック・グリーンっていうのが俺のコードネームだそうだ』と、やけに明るく返してきた。
「グロック…」
『リーダー、あんたもう限界だろ?この扉を開ければ…』
その時、フォックスが入ってきた通用扉が再び開き、濃緑の[ブリット・コート]を身につけた男が「ジャジャーン!」
(ジャジャーンって…)
結衣は呆れて項垂れる。さらに、体が限界にきているせいもあり、そのまま膝をつく。
「あれ、そんなにズッコケちゃう?」
緑色の男は変わらず陽気な声で「もう大丈夫、助けに来たよリーダー」
それから少し真面目な口調で「ちょっと休んでて。こいつらは俺が何とかする」と言い切った。結衣はそれを聞いたと同時にそのまま意識を失う。最後に無線を通じて鹿島が何か叫んでいたような気がした。
「さぁ、ここからは俺が相手だ。二人まとめてかかってきな」
グロック・グリーンはフォックスとライノを交互に警戒する。
(リーダーと距離が近いあいつを何とかするのが先決だな…)
彼は即断し、ライノとの間を詰める。グロック・グリーンは高身長で肩幅も広い。大柄な体型だったが全身が鍛え上げられ引き締まっているのが[ブリット・コート]を装備していてもわかる。一方で俊敏さも兼ね備えており、駆け出すと一気にライノに掴みかかる。
「何だこいつ!?」
急な突進にライノは動揺する。両腕を交差して衝撃に耐えたが、二メートルほどそのまま押し切られる。
グリーンはそのまま低い姿勢でライノを捉えると、力任せに持ち上げ床に叩きつけた。続けて倒れたライノの腹部を踏みつけるようにすると、今度はフォックスに向かってグロック18Cを構えた。レッドとルガーのやりとりを無線で聞いていたため、迷わず頭部を狙って撃ちまくる。
「おいおい、驚かせておいて射撃の腕はからっきしかよ」
グリーンの撃った弾は全て大きく外れ、フォックスには傷ひとつない。
「拳銃撃つなんて初めてなんでな、これから練習が必要だ」
「あんたにこれからなんてあるのかい?」
フォックスがフルオートで撃ち返す。グリーンはもう一度ライノの腹部を蹴りつけると、その反動を利用するようにフォックスめがけて突進する。
「格闘家タイプみたいだな」
フォックスはグリーンの突進をかわすべく、後退しながらも左方向に回り込もうとする。グリーンはその動きに合わせて斜めに突っ込んでいくが、散乱したテーブルが邪魔をする形になり、なかなか距離を詰められない。
「ところで、あんた屋上から降りてきたんだろう?ヘリか?」
フォックスが自動小銃のマガジンを替えながら訊ねる。
「ああ、ヘリから屋上に飛び降りた」
「すげぇな。何人かいただろう?うちの連中が」
フォックスとライノ以外にも仲間がいたようだが「ああ、そいつらはとっ捕まえて屋上の手すりに繋いどいた」とグリーン。
「すげぇな。二人ともかい?」
フォックスが問いかけると「ああ、三人ともだ」
「ちっ」
どうやら犯人グループは全部で五人。フォックスは人数を誤認させることを狙っていたようだが、グリーンの方が上手だったらしい。
「まいったね、人質にも逃げられちゃったし、これじゃ怒られちゃうな」
フォックスがぼやくと「誰にだ?お前たちを動かしている奴がいるのか?」
「答えるわけないでしょう。そんなことしたら殺されちゃうじゃない」
フォックスは身震いするような仕草を見せると、再び自動小銃を乱射する。グリーンは頭部を庇いつつも、構わずにフォックスとの距離を詰めようとする。
「ライノ、潮時みたいだ。引き揚げるぞ」
フォックスの声でライノはふらつきながらも立ち上がる。腹部を押さえ苦悶の表情だ。
「おい、ミドリムシ!次は殺すぞ、赤いお嬢ちゃんも俺の獲物だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます