第7話
「どうだい?かっこいいだろう?」
重装甲の男が愉快そうに尋ねる。両手を広げて軽やかにターンすると「プレーツっていうそうだ」
どうやら彼のまとっている装備のことだろう。
黒いスーツの男は「プレーツね…」とつびやき、
「まぁ、俺らも似たような装備を支給されてるんだ。目の前の現実を受け入れるしかないようだな」と、結衣に耳打ちするように呟き、
「コードネームはコルト・ブラックだ。あんたがリーダーなんだろ?」
続けて「指示を」と前を向く。
(リーダー?指示?やっぱりそうなる?)
結衣の頭はフル回転していたが、どうにも状況がこれまでの平穏な日常と乖離し過ぎていた。何も思いつかず、オロオロとしていると「落ち着け。人質は無事に逃げたんだろ?」と、コルト・ブラックと名乗った男が静かに言う。
(そうだ。人質は逃した…。でも、本当に?全員逃げられた?)
結衣はコルト・ブラックの言葉をきっかけに、ようやく自分のなすべきことが見えてきた。
「はじめまして、コルト・ブラック。ベレッタ・レッドです」
まずは挨拶だ。
「お、おう。よろしく」
「早速ですがリーダーとして、頼りないとは思うけどお願いがあります」
結衣は犯人から目を離さずに続ける。
「人質十二名を入口から逃しました。扉の向こうを確認し、みんな下に降りたか確認してください。そのあとはこのフロアの他の部屋を捜索し、他に逃げ遅れている人がいないか確認、もしいたら救助優先で」
「あんたは?」
「あいつを拘束します」
結衣は毅然として犯人を見据えると「行って!」と入口を指差した。
「一人で大丈夫か?」
コルト・ブラックが尋ねると、結衣はもう一度「行って」とだけ返した。
(ホントに大丈夫か?あいつ…)
コルト・ブラックが入口を飛び出すと、そこはホワイエになっており、高価そうなソファセットや観葉植物が余裕を持って並べられていた。右手奥にエレベータが二機。辺りに人影はない。
「鹿島、人質はどうなった?」
コルト・ブラックが問いかけると『たった今、十二名が二階のロビーに到着して、全員保護されました。怪我人は無し』
「そうか、他に不明者はいるか?」
『いえ、残念ながらそもそも何人いて、何人が逃げられたのか把握できていないようです』
「だろうな。こちらでも探してみる」
コルト・ブラックはそのまま目についた扉を開け、中を確認する。そもそもこのフロアは先ほどの大会場がメインとなっており、他は控え室のようなものと化粧室や設備関係の部屋しかないはずだ。一通り確認しながら「犯人の装備、どう思う?」
『はい、あなたたちのゴーグルについているカメラでこちらでも確認していますが、正直、驚きです。装備については見ただけでは何とも言えませんが、転送から装着の流れは[ブリット・コート]と酷似しています。ほぼ同じ技術と言ってもいいかもしれません』
コルト・ブラックは目についた扉を次々と開き、中を確認すると「同じ技術ね…」と呟いた。
(無事だろうな…)
彼は一通りの確認を終えると、先ほどの会場へ急いだ。
「あれぇ、行かせちゃっていいの?」
コルト・ブラックが会場入口に走るのを見て、重装甲の男がニヤけ顔(見えないが)で尋ねる。完全に結衣をなめている様子だ。[プレーツ]のお披露目を終え、男はF2000自動小銃を構え直し、結衣の方に一歩ずつ近づいてくる。その時、入口の扉が閉まる音が聞こえた。コルト・ブラックが外に出たのだろう。
「武器を捨てて投降しなさい。もう逃げられないわ」
「威勢がいいねぇ、お嬢さん」
「お嬢さん?なめてるわね?」
男はさらに近づいてくる。結衣はベレッタを構えて相手に向けるが、一向に動じる様子はない。
「気に障ったなら謝るよ、お嬢さん。では何と呼べばいい?俺のことはフォックスって呼んでくれ」
「ふざけないで、人質の解放が確認されれば警官隊が突入してくる」
結衣の言葉に男は「そうしたら、全員撃ち殺してこのビルを出るだけだ」
(何、こいつ…)
犯人の余裕に結衣はたじろぐ。無意識に一歩下がる。
「そんなこと、できるわけないじゃない」
フォックスがさらに近づく。
「できるさ。銃弾はたっぷりある。ちょっとした爆弾だって持ってる。何よりもこの装甲[プレーツ]だ。こいつはそんじょそこらの攻撃は跳ね返しちまう」
男はもう一度一回りターンして見せる。
「撃ってみなよ。お嬢さんのその可愛らしい拳銃で、俺たちを止められるかな?」
「くっ」
結衣はベレッタを構える手に力を込める。
(どこを狙う?撃ってやる。動きを止められるところ…脚?それとも武器を持ってる腕?ん?今、俺たちって言った?)
「あれ、もしかして銃を撃つの、初めてかな?どうする?どこを狙う?」
フォックスは立ち止まって両手を腰の高さで広げる。どこでもどうぞと言わんばかりだ。
(腕、いや肩だ。でも…もしも外して、胸や頭に当たったら…)
結衣はなおも逡巡している。男は面白そうに「おいおい、試しに撃ってみなってば。それとも…もしも頭に当たったら、とか考えてる?」
男は高笑いすると「頭に当たっても大丈夫さ。全く問題ない。撃ってみなって、お嬢さん」
(くそ!なんで?なんで撃てない?)
あまり家には居なかったが、父親のことが好きだった。世間でよく言う反抗期というものは想像もできなかった。彼女にとって父親は誇りであり、理想の男性だとすら考えていた。
父は警察官でいつも帰りは遅い。二、三日帰らないこともよくある。だからこそ、一緒にいる時間は幸福だった。母も小学生の弟も、名実ともに一家の大黒柱である父が大好きだった。
結衣が中学生の時、そんな幸せな家庭は一瞬にして壊れてしまった。
電話を受けたのは母だった。彼女はその場で壊れた人形のように座り込み、しばらく何も言わず動かなかった。
父が撃たれた。ようやく口を開いた母親の言葉で、目の前が本当に真っ暗になった。
「何とか一命は取り留めましたが、場所が場所だけに…」
タクシーで病院に行き、医師から言われた言葉は残酷なものだった。
「このまま、意識が戻らないことも覚悟してください」
暴力団事務所への家宅捜索だったらしい。逆上した若い組員が無差別に発砲。そのうちの一発が父の頭部を掠めた。
そこからは地獄のような日々だった。塞ぎ込み、何も手につかなくなってしまった母は、体を壊し食事もろくに取らず痩せ細っていった。壊れてしまったのは体だけではなかったのかもしれない。気づけば残された家族に会話はなく、母の心も幸せな家庭も壊れてしまった。
父は一向に目を覚ます気配はなく、時間だけがただ過ぎていった。
弟はしばらくすると日常生活に戻っていったが、母は寝室から出てくることも少なくなっていった。結衣はその時中学生だったが、学校に通いつつ家事をこなした。母親の食事、弟の世話、父の見舞い。先の見えない状況に、結衣自身も次第に壊れていってしまったのだろう。
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