第4話
結衣は指揮車が停まっていた駐車場を駆け抜け、ビルの入り口に向かう。ロビーに入るとエレベーターが八機ずつ並んだ通路が三つ、左手奥の方向に見える。どうやら目的階ごとに分かれているようだ。制服を着た警官が手を挙げて結衣を呼ぶ。
「屋上へのエレベーターはこちらです!」
「ありがとうございます!」
結衣は礼を言ってそのブロックに駆け込んだ。四機ずつ向かい合わせに並んでおり、左手前の一機が扉を開けて待っていた。結衣は屋上を示す“R”のボタンを押すと、すぐに“閉じる”ボタンを連打した。苛立つほどゆっくりと扉が閉まる。
エレベーターは柔らかい電子音を鳴らすと上昇を始めた。乗っているのは結衣だけだ。階数表示は一階から上は点線のようになっており、階数表示があるのは三十五階から屋上のRだけだ。光があっという間に点線を通過し、気圧が耳を詰まらせる。結衣は唾を飲み込み、階数表示を見つめる。
(三十八…三十九…)
再び柔らかい電子音が鳴り、やはりゆっくりと扉が開く。そこにも制服警官が待機していて、「こちらです」と結衣を誘導する。
そこはエレベーターのみがある空間で、屋上に続く自動ドアが正面にある他は何もなかった。自動ドアを抜けるとちょっとした公園のような景色が広がっていた。普段ならばこのオフィスビルで働く人たちが休憩したり昼食をとったりするのだろう。見晴らしも良く、緑も多い。ちょっとした芝生に、ビルの屋上とは思えない大きな木。ベンチも等間隔に四つほど見える。落下防止の手すりは高いが、アクリルか強化ガラスで作られているので景観は損ねていない。
(言われるままに来てみたけど、一体ここで何をすれば…)
とりあえず案内してくれた警官に尋ねようとしたが、いつのまにか姿が見えなくなっている。
(何よ、この状況?一体どうすれば…)
そんなことを考えていた時、イヤフォンから声が聞こえた。
『着いたか?本田』
「井荻さん…はい、着きました」
『井荻さんじゃない!私は司令だ!司令と呼べ!』
おそらく井荻だろう声はがなりたてる。
「りょ、了解しました、司令…」
結衣は仕方なくそう言うと、司令からの次の言葉を待った。
『ようし。ではいよいよだ!』
心なしか司令の声は楽しんでいるように聞こえる。
『いいか、鹿島からホルスターを渡されたな?持ってるな?』
「ホルスター?はい、腰に着けてますけど…」
結衣はそう言うと軽く後ろを振り向くように確認する。ベルトに通したホルスター、そしてその中には鹿島から渡されたベレッタAPX。
『よし。ではそのホルスターにあるボタンを押せ。そしてお前のコードネームを大声で言う!』
「へ?コードネーム?」
結衣は何のことかわからず聞き返す。
『すみません!鹿島です!言い忘れてました!』
イヤフォンから鹿島の声が聞こえる。『何だお前、肝心なことを…』と司令の声も重なる。
『申し訳ありません。本田さん、あなたのコードネームは…』
(かっこいいじゃん)
結衣の素直な感想だった。
「なるほど、だから鹿島さん、さっき私のこと“レッド”って呼んだんですね?」
『まぁ、そう言うことだ。いいからホルスターのボタンを押して、コードネームを叫べ!』
司令の声が聞こえる。
「え?何で?」
『うるさい!いいから言う通りにしろ!』
「え?何で?」
『あーっ!もう!鹿島!お前ちゃんと説明したのか⁈』
『す、すみません。説明不足でした!』
「いやいや、不足っていうか何も聞いてないんですけど…」
『ああ、もう、うるさい!人命が架かっている!四の五の言わずに押して叫べ!』
司令その言葉に結衣は反応した。人命が架かっている。それなら躊躇することは何もない。
「了解!」
そして結衣はホルスターのボタンを押す。
「ベレッタレッドーッ!」
ホルスターから電子音が鳴り、それが指揮車にも伝送される。その時間はコンマ一秒にも満たない。ほぼ同時に指揮車にあったカプセルが起動し、一瞬で役目を終える。
「何?これ…」
『驚いたか?それがお前の装備だ!』
司令の言葉で結衣は自分の体を見る。今までのパンツスーツではない。全身が燃えるような赤。
『ホルスターが本田さんの音声を認識し、指揮車からその装備、呼称は[ブリット・コート]と言いますが、とにかくそのスーツが転送されます。警察庁が秘密裏に開発したそのスーツはライフル弾でも貫けない装甲と、着ていることを忘れるほどの軽量性を併せ持つ最強の装備です。全身数カ所にショックアブソーバーが内蔵されているため、高所からの落下や強度の衝撃を受けても装着者の生命を守ります。ヘルメットは最新の情報端末と高精度の視界を実現するゴーグルを内蔵しており、暗闇はもちろんあらゆる環境でクリアな視界を確保します。さらに…』
『もういい!説明は任務遂行後にゆっくりしてやれ!ベレッタレッド、作戦を伝える。いいか?』
結衣は鹿島からの怒涛の攻撃で何が何だかわからなくなっていたものの、司令の言葉で我に返った。
「はい!お願いします!」
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