第3話

「装備を確認しましょう。銃を撃ったことは?」

 突然、鹿島に尋ねられて結衣はたじろいだ。

(そうか、公安に出向したし基本的に危険な任務が多い特殊班だもんね。銃を撃ったりすること、あるんだ…)

 しかし、テレビで見たことがある程度で、エアガンやおもちゃの拳銃ですら触ったことのない結衣だった。素直にそう言うと「時間が無いので簡単にレクチャーしますが、まずはどれにするか選んでいただきましょう」

 鹿島はそう言うと壁一面の機器類に向かい、キーボードを叩く。すると、テーブルに設置されていたモニタが切替り、カタログのように数種類の拳銃が表示される。

「配備されているのは画面に出ている十六種類です。大型のものは本田さんの手のサイズでは扱いづらいでしょう」

 鹿島がそう言うと、画面に表示されている拳銃の画像が四つほどグレーアウトする。

「重さも重要ですから、比較的軽量なものを残すと…」

 選択肢が三つに絞られる。

「私、どれがいいのか見当もつきません。選んでいただいた方がいいんですけど…」

「それはダメです。この最後の三つからは本田さんが選ばなくてはなりません。この三丁の銃はいずれも似たような操作性です。あとはフィーリングです。直感で気に入ったものを選んでください。その銃を好きになれるかどうかは、この仕事ではかなり重要な要素ですよ」

 結衣はそんなものかと、あまり納得感はなかったものの、実は最初から気になっていた一つを指差した。

「じゃあ、これ…」

 結衣にとって拳銃は黒、又は銀色のイメージだったが、十六丁の中で一つだけ茶色の銃ありそれが最初から気になっていた。

「いいチョイスですね。ベレッタAPXのフラットダークアース。本田さんにぴったりだ」

(なんだこの人?オタクか?)

 思わず眉根を寄せてしまう。

「ベレッタ初のストライカー式ですね。グリップがリアから見るとセクシーです」

(やっぱオタクだ…ちょっとセクハラだ…)

「諸々、扱い方をお教えします」

 それから鹿島は嬉々として実銃を取り出すと結衣にレクチャーを始めた。早口で専門的な単語や余計なうんちくを交えたものだったが、おおよそ十分程度でなんとか使えそうだと思えるようにはなった。説明は適切だったのだろう。さすがオタク、と言うのが結衣の率直な感想だ。

「あとは銃をしまうホルスターを、そうですね、腰の後ろがいいと思います」

 結衣は言われるままホルスターを装着し、ベレッタAPXをしまった。ホルスターは革製でベレッタと同系色だ。表面に一部メカニカルなプレートが取り付けられており、思わず押したくなるようなボタンが一つある。

「そのホルスター、ただのホルスターじゃ無いですよ。とても重要なものなので私服の時も常につけておいてくださいね。銃は忘れても構いませんが、ホルスターだけはマストです」

(へ?どう言うこっちゃ?)

 また納得しないまま結衣はとりあえず頷いた。

「最後にコレを」

 鹿島はそう言うと片方だけのイヤフォンのようなものを手渡した。

「マイクもついてますので、そのまま話していただければストレスなく会話できます。指揮車から都度、指示が出たりしますので、作戦行動中は必ず着けておいて下さい」

 結衣は頷くとイヤフォンを左耳に入れた。

『本田、聞こえるな』

「うわっ、びっくりした」

 イヤフォンをつけるやいなや突然声が聞こえた。

『聞こえているようだな』

 「はい」と結衣が応えると『早速だが出動だ。指揮車を出てそのままそのビルの屋上へ行け。現場のビルじゃ無いぞ。指揮車が停まっているそのビルだ』と声の主は言う。

「え、事件のあったビルじゃなくて?」

 そうだと言われ、更には急げと怒鳴られる。

(この声、聞き覚えがありすぎ…)

「井荻さんでしょ?」

『え!?うるさい、いいから行け!着いたら次の指示を出す。他の連中にも指示を出さなきゃならんのだ、早く行け!』

 ブツッという音が聞こえ、おそらく通信が途絶えた。鹿島が結衣を見て微笑んでいる。

「わかりました。行きますよ。屋上ね。このビルね」

「気をつけて。僕もここから状況を伝えたりしますので、わからないことがあったらいつでも聞いて下さい」

 鹿島はそう言うと、突然表情を引き締め敬礼する。

「ご無事で、レッド!」

(レッド?)

 結衣は状況が飲み込めないものの、鹿島に敬礼を返すと指揮車を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る