第13話

「リル、ミタリアは……いや、今日は来ないんだった」


 自分自身で三日後と言っておきながら失念していた、ミタリアと今日を含めてニ日も会えないのか。ふぅー、つまらんな……はぁ、そのようなことを思うとはな。


「リチャード様。三日後ーー朝から晩までミタリア様とお過ごされるのでしょう?」


「……そうだけど」


 書類を見る手が止まるのを見て、リラはため息を吐き。


「お会いたければ本日と明日の執務をさっさと済ませて、明日にでも会いに行けばいいのではないでしょうか?」


「俺が、会いにか……迷惑じゃないか?」

「リチャード様の婚約者でしょう」


(ミタリアは婚約者だ……俺から会いに行くのもいいか)


 やる気が出たと、書籍にサインを落としチャックを始めた俺を見て、リルも自分の仕事を始めた。


 ーーちっ。


「俺をやる気にするのが美味いな、リル」


「何年、王子と一緒にいると思っているのですか」


「(五歳の頃からだから)約十年か」


「えぇ十年です」


 俺はいい友を腹心に持ったな。明日、会いに行くぞミタリア。そういや、昨日のミタリアのふみふみは、なんだったんだろ。


(物凄く可愛かった。また、やってくれるかな)


「なぁ、リル。前に注文した馬車用のオフトゥンって届いたか?」


 俺のオフトゥンと同様な、生地と綿で特注したミタリア専用オフトゥン。


「今朝、専門店から品をこちらに送ったと連絡があったので、明日には着くと思います」


「そうか」


(喜んでくれるといいな)



 ーーむずむず。



 ーーまたか、お腹がむずむずし始めた。







 それはお昼過ぎのこと。

 私は庭先にオフトゥンをだして、日向ぼっこをしていた。


「むっ、はぁー、ふかふかオフトゥン気持ちいい!」


  天日干しされて、お日様の香りは眠気を誘う。いつものように、ふかふかオフトゥンの上でまったりしていた。


 何処からか、王子の笑い声が聞こえてきた。


「はははっ、ミタリア嬢は本当にオフトゥン好きだな」


 王子? これは夢か、幻か、私は夢うつつに返答した。


「好きですよ、オフトゥンと結婚したいくらいに」

「オフトゥンと結婚? それは困るな、お前は僕と結婚するんだから」


 むぎゅっ、オフトゥンが沈む感覚と、ちゅっと頬に柔らかいものが触れた。


「えっ、だ、誰?」

「ミタリア嬢、こんにちは」


「リ、リチャード様、こんにちは? えっ、……執務がお忙しいのでは?」


 お会いするのは三日後で、まだニ日ですが?


「今朝、執務が終わって暇になったから、ミタリア嬢に会いにきた」


「このような遠くまで、明日になったら会えますよ?」


「僕はすぐにミタリア嬢に会いたかった」


(僕……王子が私に会いたかった?)


 驚きと照れで、何故が顔がへらっと笑ってしまう。


「ぷっ、変な顔」


「変な顔!……リチャード様、酷い」


 嫌い! だと私が怒って言っても王子はご機嫌なのか、ずっと笑っていた。そこにナターシャが屋敷からでて来る。


「ミタリアお嬢様そろそろオフトゥンを邸の中に入れますよ。……あらっ、お客さまでしたか、いらっしゃいませ……」


「お邪魔させてもらっている。リル、土産を渡してやってくれ」


「かしこまりました」


 近くの馬車に控えていた側近リル。

 そのリルからナターシャはたくさんのお土産を渡されて、驚いた様子でちらちらと私に視線を送った。


「リチャード様、たくさんのお土産ありがとうございます」

「いいや、来る途中に菓子などを買ってきただけだ、みんなで食べてくれ」


 リチャード様というキーワード。

 馬車の垂れ幕が王家の紋章だと気付き。


「まぁ、旦那様、奥様! お嬢様の婚約者――リチャード王子殿下がいらしました! ただいまお茶の準備をします」


 深々、礼をした後、ナターシャは大声をあげて屋敷に戻っていった。


(これは嫌な予感しかしない)







 それは的中した……お父様の執事が私たちを応接間に案内した。

 なかで待っていたお父様とお母様は満面の笑みで、王子に挨拶を済ませるとすぐに席を立ち。


「ことづけもなく、いきなり訪問して悪いな。婚約者のミタリア嬢に会いたくなってしまった」


「いいえ、リチャード王子殿下ごゆっくりしていってください」

「ミタリア、リチャード王子殿下のお相手をしっかりなさい」


「はい、お父様、お母様」


 応接間に残された私と、隣ではゆったりとナターシャがいれた紅茶を飲む王子。


「あの、リチャード様。庭で日向ぼっこをしますか?」


 そう聞くと、コトッと飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置いた。


「日向ぼっこか……それも捨て難いが、僕はミタリア嬢の部屋を見たい」


「わ、私の部屋ですか? 見るものが何もない普通の部屋ですよ」


「いい、僕が見たいんだ」


 よそ行きの僕と言い、案内しろと言わんばかりに王子は立ち上がる。

 のんびりと紅茶を飲んでいた私に手を差し伸べた、お断りできずその王子の手に応えた。


 私の手を見て、不意に王子の瞳が優しげに細まる。


(王子?)


 彼はその笑顔を携えたまま。


「ブレスレット、家でも使ってくれているんだな嬉しい」


「う、うん」


 王子の眩しすぎる笑顔を面と向かって見られず、私は変な返事を返すことしかできなかった。

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