第9話
なに? なに? なんなの?
ふかふかオフトゥンの上で考えたけど、王子のいまの行動はわからない。王子は窮屈なジャケットを脱ぎ、タイを外してシャツのボタンを一つ、二つ外した。
(にゃ?)
「ミタリア」
「なんですか? 殿下?」
「名前で呼べって言ったろ? 聞かない奴だな」
横に寝転がり猫の私を腕にそっと抱きしめて、近くに狼じゃない王子が優しげに私を見つめていた。
王子、これはだめだよ。
でも、その時に王子の顔がしっかり見えた。くたびれた面持ちと、目の下にはクマができていた。
(もしかして、疲れてる?)
次の国王となるから学園に入るまでは、朝から晩まで執務室で書類確認が忙しいの? それとも夜眠れていない。
前世の私は会社に行くのが怖かった。机の上の書類の山、それすら終わらないのに次から次と面倒な書類が回って来た。
(もしかして、王子もそうなの?)
「なんだよ、俺に気にせず好きに寝てくれ……おわっ、なんだよミタリア?」
「お疲れのリチャード様に、目の周りのマッシャーじだにゃ」
王子の顔に直に触れたから、緊張して変な言葉で、目の周りを爪を出さずモニモニ肉球で揉んだ。
「マッサージ? やめろ、そんなのいらない」
そう言われてもやめなかった。王子はきっと触ることはできても、触られることに慣れていないんだ。
「殿下は眠れたないのかにゃ? 目の下クマができてるにゃ」
「これは仕方がない。俺はまだ難しい文書とか執務になれない……だからって、どうしてお前に言っても仕方がない」
そうだけど胸の中が痛い。私も経験したことがある、自分では能力的にできない書類。でもそれをやらないと上司に呼ばれて『なんで出来ない? お前が任されたのだろう?』と責められた。
私は会社に事務職で入社した……しかし働きは始めればそれ以上のことを求められた。出来なければみんなの前で罵られたの。
あの頃は出来るようにならないとって、必死に難しい本を買って読んでいた。
「リチャード殿下、無理な時には人に頼るのですよ」
私はそれが出来なかった……人と話すこと話しかけることが苦手で何も言えず、机の上で必死に仕事をこなすしかなかった。
「ミタリア、俺は頼ることは出来ない。みんな俺に期待してる。俺の側近リルも不慣れな仕事に悪戦苦闘だ」
「頼ってもいいにゃ、国王陛下に聞くのが無理ならその近くにいる大人を頼るにゃ、王妃殿下でもいいと思うにゃ」
自分に出来なかったことを王子に言うなんて、私はなんて傲慢ーーだけど、それだといつか王子は疲れてしまう。
隣に寝転ぶ王子の声が一段と低くなり、声は震えていた。
「母上か……母上は俺が生まれてからずっと療養中なんだ」
「リチャード様が生まれてから?」
「狼王族と犬族、隣国の姫で母上は原種の血が濃く、獣化する俺を産み、体を壊したと乳母から聞いている」
「えっ、獣化をする子を産むと体を壊すの? 私のお母様は元気だけど……あっ」
この話は私がしてはダメだ。ゲームではヒロインと王妃殿下に会いに行くイベントあるもの。
イベントはたしか、王妃殿下には獣化する兄がいて毎月の検査、薬など、周りの理不尽な言葉で傷付く兄の姿を見てきた。
そして、自分の息子がそうなってしまったと気を病んでしまった。ゲームでは心を休めるために別荘で療養中の王妃に、王子とヒロインが会いに行くんだ。
「何度か、母上の誕生日にプレゼントと会いたいと手紙を書いたけど、いまは会えないと返ってきた」
イベントまで待てば王妃に会える、だけどこんなにお疲れで寂しがっている王子を見ていたら、言わずにはいれなかった。
「会いたいにゃ、リチャード様が会いたいのだったら、辛抱せずに会いに行くにゃ。王妃殿下も絶対にリチャード様に会いたいにゃ」
「そんなこと、なぜお前に分かる!」
(私は……前世で会いたくても両親に会いに行かなかった。この世界に来て後悔をした)
王子は後悔しないで……
「ねぇ、リチャード様は毎年、誕生日が過ぎた頃に画家が城に来て来て、肖像画を描いてないかにゃ?」
「はぁ? なぜ、それをミタリアが知っている?」
(うぐっ、乙女ゲームで知っているとは言えない……なんて言う?)
「えーっと、なんとな~く、カンにゃ。その肖像画が王妃殿下の手に渡っているとかないかにゃ?」
ゲームでは王妃殿下の部屋に子供の頃からの、王子の絵が約十五年分飾られていた、ちょっとそのスチルに……ビビったのを覚えている。
「俺の肖像画が母上に渡ってる? そう、だといいな」
「行こう、確かめに行くにゃ、もしなかったら私が責任をとって王子に尽くすにゃ」
(多分、あるはず)
「無かったら、ミタリアが尽くしてくれるのか……楽しみだな」
「うにゃぁぁああ!」
部屋の中に私の悲鳴が上がる、王子は私の脇に手を差し込み体を持ち上げて、もふもふの胸に顔を埋めた。
これはヘソ天に顔を乗っける以上だよ。
王子、エッチです。
王子、アウトです。
「決めた。三日後、母上に会いに別荘へ行くお前も来い!」
「……いいよ、わかったにゃ」
+
私の胸に顔を埋めた王子はそのあと寝落ちした。
すーすーと私の胸元で寝息が聞こえる。
お腹がくすぐったいよりも、お腹のアザの部分がムズムズする。お風呂で擦っても薬を塗っても消えなかったアザ、いまそこがむず痒い。
王子も痒いのかさっきから時折、同じ所をぽりぽり寝ながらかいていた。
(王子も同じにゃ? お腹、むず痒いにゃ?)
そんなことを思いながら、王子の体温とオフトゥンの気持ちよさに私も寝落ちした。
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