第7話

「お嬢様!」


 今朝もまた、ナターシャとの戦いが始まった。


「いやぁ、オフトゥンから出たくない!」


「ミタリアお嬢様……お嬢様はリチャード王子殿下の婚約者となったのです。お相手の殿下に呼ばれております、決して断ることは許されません」


「そんなことわかってる。王族に楯突いてはならない。楯突けば狼に狩られてしまう、私たちは滅ぼされる。王族の言葉は絶対だ! でしょう?」


「そうです」


 だからって、お父様とお母様はいつの間にか大量のドレスを発注していた。それもコルセットの締め付けを嫌う私のために付けなくてもいい、似合わない可愛いデザインのドレスばかり。


 ナターシャはその中から薄ピンク色を選んだ。着付けて、黒髪にピンクの花が付いた髪飾りをつけてくれた。


 姿見に写る私……ピンク色って全然、似合わない……や。







 登城したけど王子は執務で忙しいらしい。だったら迷惑になると帰ろうとしたが、私を迎えにきた側近に捕まった。


「リチャード様は、ここで待ようにとのことです」


「本当にここで待つのすか? 書庫、庭園ではなく」


 ここは王子の寝室じゃない! 

 入っていいところではないって……既にへそ店の日に入っていた。


「あと、リチャード様から『ミタリア嬢、好きに寛いで寝て待っていてくれ』と伝える様に言われておりました。オフトゥンは干したて、シーツは洗い立てなので気にせずに寝てください。あと飲み物とケーキスタンドをご用意いたしました、遠慮なく召し上がりください」


「ありがとうございます」


「では、失礼いたします」


 一人になり、王子の部屋を見回した。


(うぐっ、ふわふわオフトゥンの誘惑)


 取り敢えず、ケーキスタンドが置かれたテーブルに座った。


 チラッ


(ふかふか、見て分かる生地のよいオフトゥンだ……このまえ眠ったとき気持ちよかった、あーダメ、ダメ)


 チラッ


(触るくらい、いいかな?)


 チラッ


(王子は好きにしていいって言ったよね)


ふわふわオフトゥンーー王子、失礼しますと飛び乗った。私の体を包み込むふかふか具合、干したての香りがするオフトゥン。


「こ、これは堪らん」


 もみもみ、すりすり、今日は寝ちゃっても獣化しないからね。






 王子の第一声で目が覚めた。


「ミタリア嬢……! おい、また獣化してへそ天かよ」


「……ほえっ?」


 怪訝な表情を浮かべて、ベッドのヘリに王子は座って、私を見下ろしていた。


「リチャード殿下!」


「おはよう、ぐっすり寝ていたようだね」


(うっ、うう、王子の笑顔が怖い)


「ミタリア、気を抜くのはいいが。俺じゃない誰が部屋に来て、獣化を見られたらどうするんだ!」


「うっ……ごめんなさい」


 それに関して、反論できない。


「お前だって、獣化研究所になんて行きたくないだろう?」


「ひぃっ、獣化研究所! 殿下もその場所に行ったことがあるの? ……私も小さい頃に両親と行ったことがあります」


 獣化した者は1度、獣化研究所に連れていかれる。私も獣化したとき両親に連れて行かれた。そこで獣化ーー裸の体を触られたり隅々まで検査された。 


(いま思い出しても、ぞ、ぞ、ぞと恐怖しかしない)


「そうか、お前もあの嫌な検査を受けたんだな……だったら尚更、注意しろよ」

 

「ごもっともです」


王子が怒るのも分かる。周りの獣化しない獣人たちに、獣化すると知られては他ならない。獣化は原種の血が濃い特別種。誘拐されて、人間の国に連れていかれて高値で売られる。


 売られたら最後……。国には帰れず一生、獣化が解けない魔法付きの首輪を向けられて、獣化のまま観賞用として飼われるか、変態に取り外しができる首輪を付けられて、半獣にしていけないことをする輩もいると聞いた。


 両親が王子との婚約を喜んだ裏には、王子の婚約者の間は王族に守ってもらえるという、意味もあるかもしれない。


 魔石のペンダントだってそうーー他の人が見てもわからない加工で銀製で肉球の形をしている。でも、ひっくり返して裏を見れば獣化を抑制する、魔石が埋め込まれているんだ。殿下のも一見お洒落な銀製のブレスレットにしか見えないけど、内側に魔石が埋め込まれていると言っていた。


「お前は俺が目を離すと、すぐに変な奴に誘拐されそうだ……やはり、俺がミタリアを守らないと」


「リチャード殿下?」


「いや、なんでもない。本当に気を付けてくれよ、俺の婚約者さん」


 へそ天のお腹の上にブレスレットを外して獣化した王子が、またもや不機嫌な顔でもふんと顔を乗せのだった。

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