第6話

 王子は言った、誓約書を私の屋敷に向けて早馬で送ったと。


 今から帰れば間に合うかも!


「リチャード王子殿下、私のペンダントと服は何処にありますか?」


「そこのテーブルの上に開いてあるよ。……ミタリア、急いだほうがいいぞ」


「殿下の意地悪……着替えるので、こちらを見ないでください」


 相変わらず楽しそうに、わかったと背を向けた狼王子。

 私はペンダントを着けて元に戻り、着替えてスカートを持ち会釈した。


 ――獣化してしまったときのために、一人でも脱ぎ着ができるドレスを身につけている。


「リチャード王子殿下、私、ミタリア・アンブレラは用事を思い出しましたので、帰らせていただきます」

「あぁ、また明日なミタリア」


(ほんとうに意地悪だ!)


 べーっ!


「そんな可愛いことをしていたら、間に合わなくなるぞ」

「うっ、リチャード王子殿下の意地悪、イケメン狼!」


 子供の様なことを言い残して……私は王子とのデートを終わらせて、従者に馬車を飛ばしてもらい屋敷に大急ぎで戻ってもらっている。王子は私を婚約者だと言ったけど、まだ書類のやりとりを終えたわけではない。


(私が先に書類を受け取れば、まだ間に合う!)




 いつもよりも早く屋敷に着き、頑張ってくれた従者と馬にお礼を言って、馬車を飛び降り急いで屋敷戻り両親を探した。


「お父様、お母様!」


 両親を急いで探すとメイドが二人はお父様の書斎にいると教えてくれた。

 二人揃って書斎だなんて、嫌な予感しかしない。


 コンコン、扉を叩き中に入るとご機嫌なお父様とお母様がいた。

 

「ミタリアお帰りなさい。先程、リチャード王子殿下から婚約申し込みの書類が、早馬で先程届いたわ」

「ミタリア、良かったな。書類にサインと判は押したからな」


(えっ、書類に判とサインを書いてしまったの!)


 両親の話によれば私の馬車よりも早く、早馬は婚約の書類を両親に届けていた。両親はその書類を見て大喜びしたもよう。


 ――ま、間に合わなかった……王子、仕事が早すぎ。


 すでに書類には両親の名前と、保証人の名前が書いてあった……保証人はご近所の虎伯爵様に頼んだみたい。

 あとは空欄に、私のサインと判子を押すだけになっていた。


(もう、婚約を断りたいなんて言えない)


「さぁ、ミタリア」

「書類のここに名前を書くのだぞ」

「……はい」


 喜ぶ、二人に見守られながら名前を書きました……とほほ。

 その書類を早馬に渡して、夕食は婚約祝いのためか豪勢だった。


 滅多に飲まない、高級なワインをお父様は開けていた。


「ミタリア、幸せになるのよ」

「リチャード王子殿下に沢山愛してもらいなさい」


「う、うん、殿下が私を愛してくれるなら……ははっ」


(お父様、お母様ごめんなさい……王子にはヒロインいるから私が王子に愛されることはない。学園最後に婚約破棄されるわけだし)



 ムズ……お腹がムズムズする、ポリポリ……なんだろ? まさか王子ってノミで飼ってる? 俺がそんもん飼うか! て言うわね。常に澄まし顔で僕って言っていたのに、急に態度と呼び方が俺に変わっていたし、楽し雄に笑われていた。


「いやぁーめでたい、めでたい!」

「ほんと、めでたいわ!」


 食事の終い頃に両親はワインを一本、仲良く飲み干して、食堂のスペースでダンスを踊りだした。


(嬉しそう……いつまでの仲良いな、私も結婚するならお父様の様な優しい人がいい)


 ダンスとワインを楽しむ両親に『疲れたので、先に寝ます』と部屋に戻り。ナターシャにお風呂の準備をしてもらった。







「なっ、なに、これ?」


 脱衣所でドレスを脱いで驚きの声を上げた。

 洗面所の鏡に映る自分のお腹の右下に、赤いアザの様なものができていた。


 これが、むず痒いもと?

 いつ出来たの?

 何処かでぶつけた? 


 お風呂場でスポンジで擦っても泡で洗っても消えないし、触っても痛くない。ほっとけば治るかな? 諦めて湯船でゆったりして上がった。

 部屋のドレッサーの前でナターシャに髪を乾かしてもらっていた、鏡に映る彼女もまた私の婚約が嬉しそう。


「ミタリアお嬢様、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとう、ナターシャ」

「もし、専属メイドを選ぶときは私を選んでください」


(年頃なのに結婚もせず私の面倒ばかり見ていたんだ。ナターシャは結婚はいいですとは言わず、王都でいい旦那様を見つけて幸せになって欲しいな)


「分かったわ、専属メイドはナターシャにするね」


 絶対ですよと、ナターシャと寝る前の挨拶を済ませて。ふかふかオフトゥンに転がり枕を胸に抱きしめた。


「まただ、お腹のアザがむず痒い」


 ポリポリ……獣化とへそ天を王子に披露したばかりに、王子に気に入られたて回避したかった婚約者になってしまった。でも、あんなに喜ぶ両親の顔を見たら婚約を無しにしたいだなんて言えなかった。


 王子は止めれると言っていたけど、実際は王子からの婚約の申し込みだもの、突っぱねることは不敬罪にあたる。


「婚約者か……」


 オフトゥンの上で王子を思い浮かべた、獣化した狼王子の姿は素敵でカッコ良かった。

 王子を好きになってしまったら、実らない恋にいなる。


 そうだ王子に嫌われて、こんな奴とは婚約破棄したいと思われよう。

 大好きな、ふかふかオフトゥンに潜り込むそう決めた。



 むず、むずむず――また、お腹のアザがむず痒い。

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