第5話

 俺は第一王子――時期国王となるべく生まれた。だから常日頃、プレッシャーは物心ついた時から常に感じていた。十歳の頃から国王の職務、書類にサインなどの執務に慣れるために簡単ではあるが、父上から書類を少しずつ任され初めた。


(書類整理だけでも大変なのに、婚約者候補たちとデートをしろだと!)  

 

 自分に婚約者候補が十歳の頃に十二人選ばれた。皆、犬族名家の令嬢ばかり、その候補の令嬢たちと満月の日にデートが始まった。彼女たちは毎回綺麗に着飾り俺が近寄れば皆頬を赤らめ、少しでも自分が選ばれようとしているのが目にわかった。


 俺の誕生会はもっと着飾り、他の者――婚約者候補ではない者を下に見て目つきが変わり。

 俺の見ていないところで、彼女たちはいがみ合い、罵り合うと側近リルの報告で呆れていた。


 そして、歳を追うことに彼女たちの行動範囲は広がり、乗馬、狩り、王都デートなどになっていった。

 彼女たちのデートは楽しいが、ご機嫌取りは気を使い疲れる。

 繊細なのか……俺の何気ない言葉に傷付き、泣き出す令嬢もいるほどだ。


 まさか『疲れたな、今日はこれで終わろう』こんな一言で泣くとは……令嬢の体調が悪そうだったから、俺なりに彼女を労ったんだけどな。もう一層のこと俺が優しくない、冷たいと、嫌いになり婚約者候補を辞退してくれてもいい。


 その令嬢たちの中に一人いた。

 黒猫族ーーボサボサに見える黒髪、琥珀色の瞳の黒猫公爵令嬢ミタリア。

 彼女は十歳に初めて会った頃から、毎回綺麗な琥珀色の瞳を輝かせて「日向ぼっこか、読書デートにしませんか?」屈託のない笑顔で俺にそう言った。


 そのあとは俺に媚びることなく、終わりの時間まで読書で終わる。


 今日のデートまで……日向ぼっこ、読書デートと言う。

 まったく俺に興味がないのか、はたまた多忙な俺を休ませるためか、令嬢の魂胆は分からないが。俺としても、息抜きと好きな読書ができるのはありがたいが、俺にもう少し興味を持てよミタリア。


 こうして始まった書庫デート、俺は久しぶりの読書に夢中で気付かなかった。

 近くで読書する彼女側から、コトッと本が倒れた音が聞こえて、次に硬い物音を聞いた。


 それに気付き、どうしたのかと彼女を見た俺の目に飛び込んだのは。パカーンと、へそ天であられもない姿で、眠る綺麗な黒猫がいた。その下には彼女が身につけていたドレスなどが一式落ちていた。


「この黒猫は、獣化したミタリア嬢なのか?」


 ほんとうに彼女なのかと、俺がミタリアの名を呼ぶと。

 呼ばれた黒猫は尻尾でフリフリ、呑気に返事を返したのだ。


 ――へそ天……なんて寝相なんだ。


 あ、あまり見ては彼女に失礼か……いや、勝手に獣化して、へそ天を晒したのは彼女自身だ。小さく可愛い、彼女を見つめた。俺は父上、自分の側近などの他に、獣化をする獣人にいままで会ったことがなかった。


(皆おおがただったから、猫の獣化は初めて見た、小さくて可愛い……そうか、毎年、彼女の胸にあったペンダントは、獣化を抑制する魔石のペンダントだったんだな)


「にゃっ、にゃー」


 夢を見ているのか、寝言を言い、その姿のままクネクネするミタリア。


「俺を信頼してくれるのは嬉しいが、気を許し過ぎだ」


 いま、人はらいをしているとはいえ、書庫の扉の前には警備騎士がいるし、このまま、ここにいれば――獣化した彼女の姿を見られる。それに彼女の獣化は婚約者候補の資料に書かれていなかった。


 彼女の普段の態度からして、俺の婚約者に選ばれないように、わざと書かなかったのか。


 ――クックク、嘘はいかんぞミタリア……彼女を問い詰めればどんな顔をする?


 しかし、このまま書庫にいるのはまずい。

 俺はぐっすり眠る彼女を自分のジャケットに包み、側に落ちていたミタリアの服などを集め外の警備騎士に部屋に戻ると告げて、自分の部屋に連れていきベッドに彼女を寝かした。


「にゃぁ、にゃぁ」

「ミタリア、起きたのか?」


 ……いや、気持ちよさそうに、寝ているな。


「おい、こらっ、ヘソ天するな!」


 呼んでも、彼女はまた自分の名前に尻尾を振り返事を返すだけで、一向に目を覚まさない。


「またか……まさか、俺を誘っているのか?」


 と、彼女に言ってみても、スースーと無防備に寝息をあげている。こんなにも彼女に男として見られていないと思うと、段々イラついてきた。


「勝手に獣化して、無防備に俺の横で眠ったのが悪い」


 彼女のもふもふな頬をガジガジかじった。歯が頬に触れると眠っていても分かるらしく、やめてと嫌がり体をよじる抱け、頬をツンツンされても目を覚さない。


 ――こんな可愛い、彼女を俺のモノにしたくなった。


 彼女を逃さないよう、確実に捕まえなくては。そうだ――はミタリアをベッド寝かしたまま部屋を離れて、父上の執務室に向かった。父上にまだ番紋は浮かばないが、俺がミタリア・アンブレラ嬢を気に入り婚約者にしたいと伝えた。父上は書類から顔を上げて『そうか、リチャードは決めたのだな』俺はその言葉び頷いた。


 用意された、書類にさっさと自分の名前を書き、公爵アンブレラ家にその書類と手紙を早馬で送った。他の候補者への報告は後日するとして、いま送った書類が手元に戻れば正式にミタリアが俺の婚約者に決まる。

 手続きに三十分くらいかかり、ミタリアも目を覚ましているだろうと戻ったが……彼女はまだ、ぐっすり寝ていた。


 彼女は俺のオフトゥンが気に入ったらしく、くねくねと体をくねらせ、ベッドの感触を楽しみながら寝ていた。


(……可愛い、手放したくないな)


 父上に『人前では外すな』と言われている魔石付きの腕輪だが。お前は俺の婚約者なのだから、いいだろうと外して獣化して隣に寝そべった。


「ミタリア嬢、いい加減に起きろ!」


 彼女は俺の胸元のもふもふをしばらく楽しむと、気付いたのか驚き、可愛い鳴き声を上げて目を覚ました。

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