第2話

 私はオフトゥンで眠れるだけで幸せ。


 狼王子リチャード殿下は乙女ゲームで見てきた通り銀髪、青い瞳で素敵だった。私は他の婚約者候補の様に王子一筋、目がハートにはなることもなく。婚約者候補達で開かれるお茶会に参加しても、女の子同士の歪み合いを遠目に見ていた。


 ――正直、可愛い子達があんなキツいことを言うなんて……怖かった。


 私が婚約者に選ばれたら恐怖しかない!


 そんな月一の王子デート、他の候補者の令嬢達はリチャード王子殿下といろんなデートをしているみたい『私は王都で買い物デートをしましたわ』『演劇に行きましてよ』『私は遠出に』とか優雅にお茶を嗜みながら言い合っていた。

 

 私は、私なりに一年に一回の王子のデートを、それとなく過ごした。

 まあ毎回、同じことを言うので王子に飽きられているとは思う。これもみな、私が王子の婚約者にならない様にする為には仕方がないこと!


 


 毎年同じデートを繰り返し、月日が経ち、

 

 王子の婚約者候補として選ばれて――早々、五年、私は十五歳になった。

 まだ、ほかの候補者令嬢の中に番紋(つがいもん)が現れていない。私を含めた十二人のご令嬢たちは、未だに婚約者候補のままである。


 五年間もの間、他のご令嬢に紋様が浮かんで! と願っていた。しかし、その願いは叶わなかった。


 誰しもが王子の心をゲットできなかったのか? はたまた、乙女ゲームのヒロインではないと浮かばない、仕様なのかもしれない。



 

 初夏の七月――今宵は満月。


 朝早くから、アンブレラ公爵家では鳴き声が上がった。

 七月は私の王子デートの日で、夏様、肌触りがよいオフトゥンに包まり、気持ちよく微睡んでいる所を叩き起こされた。


「いっ、いや、嫌にゃー!!」


 オフトゥンから出ることを嫌がる私から、専属メイド白猫ナターシャはオフトゥンを剥ごうとした。


「ミタリアお嬢様、本日は王子とのデートの日です。大人しくペンダントを付けてください!」


「嫌にゃ!」


 毎年の恒例行事を嫌がり、王城に行きたくないと駄々をこねる私を、子供をあやすよ様にあやすナターシャ。


「ミタリアお嬢様は今年で十五歳です。文句ばかり言わず、素直にお風呂に入ってピカピカになりましょうね」


「お、お風呂は昨日の夜に入ったにゃ!」


「お嬢様、本日は第一王子リチャード・ローランド王子殿下とお会いする日なのですよ。身も心も綺麗にしなくてはなりません! さあ、獣化を解くペンダントをお着けてください」


 ナターシャがいま言った獣化とは――本来の姿になること、すなわち私は黒猫の姿なのだ。


 見た目は人型で、頭に耳とお尻に尻尾がある獣人たちが住むローランド国。

 その中でほんのわずかな獣人は獣化する、王族は狼に、ネコ族は猫の姿になり、獣化するものは特殊な力を持つとされる。そのため獣化するものは王族に従えているものが多い。


 ――私は生まれて、すぐに獣化したらしい。


 そして泣く、怒る、笑う、感情の起伏が激しい時には、いきなり猫の姿になってしまう。

 ひと昔は子供の頃に施設で感情を抑える訓練をしていたらしいのだが、いまは獣化を抑える魔石が開発されて、訓練をしなくてもよくなった。


 私の両親と、両親のお爺様、お婆様――そして先祖達は獣化しない猫獣人。何故か私だけに原種の血が濃くでてしまった。


 でも、おかしいのよね……ゲームの中でミタリアは獣化していなかったし。獣化のとき話すと、猫語になるのは正直恥ずかしいけど。リラックス出来るから猫の姿でオフトゥンで寝ていることが多かった、スルスルと逃げ足も早いからね。


「嫌にゃ! 王城になんて行きたくないにゃ。王子にも会いたくないにゃ。大好きな、ふかふかオフトゥンからも出たくないのにゃ!」


 ナターシャにふぅーっと威嚇して、爪をたて、オフトゥンを離さないとしがみついた。


「まあ、ミタリアお嬢様!」


 この満月の日に、なぜ王子とデートかと言うと、原種の血が濃くなる日。


 満月の日に王子のお相手となる『運命の番』に番紋が浮かぶと言い伝えられている。約月一で習い事、執務などがお忙しい王子とお昼ずぎに、王都、庭園、書庫、はたまた外で買い物、花畑、乗馬、玉遊び、狩りなど三時間くらい婚約者候補は王子デートをする。

 

 一見楽しげに見える王子デートにも罰則がある。

 王子とは手を繋ぐまで、むやみに候補者からは抱きついたり、キスを迫ってはならない。

 王子からするのは、いいらしい……そして王子の逆鱗に触れれば即、婚約者候補から外される。


 だったら王子にキスでもして、即刻、候補から外れればと思ったけど。

 私も夢みるお年頃――前世でも夢見ていた、初めてのキスは好きな人としたい。

 

「ミタリアお嬢様はリチャード王子のこと、大好きではなかったのですか?」


「それは遠い昔の話にゃ! いまは私はオフトゥンが一番好き、このふかふかオフトゥンと結婚するにゃん!」


「それは無理な話です!」


 ナターシャと言い合いしているとコンコンコンと部屋の扉が叩かれて、扉の向こうからお父様とお母様の声が聞こえた。私とナターシャのドタバタ騒ぎに両親がナターシャの助っ人に来てしまった。


(やばい、捕まる!)


 逃げる前に勢いよく扉が開き、美人のお母様と、イケメンダンディーなお父様がいた。


「ミタリア!、毎年、毎年、いい加減にしなさい! あなた、捕まえるわよ!」


「わ、わかった……ミタリヤ獣化を解いて、大人しく王城に行きなさい」


 優しくさどすお父様と、怒鳴るお母様。


「その爪を引っ込めて、オフトゥンから手を離しなさい!」


「無理にゃ!」


「埒があかないわ、ナターシャ、ペンダントをこちらに」


「はい、奥様」


 お母様は獣化を解く(獣化解除)魔石が埋め込まれたペンダントをナターシャから渡された。


「観念なさい、ミタリア!」

「そうだ、ミタリア。獣化していたら悪い人に捕まるよ」


「お嬢様、旦那様の言う通りです!」


「……うっ、うう」


 獣化する獣人は特殊で見た目も可愛く、人属の間でペットとして高値で売れる、金目当てに誘拐されてしまうことが多い。


 それは怖いけど、私は、


「アイ、ラブ、オフトゥン、にゃ!」


「ミタリアお嬢様、オフトゥンから手をお離しになってください!」


「ミタリア、ペンダントを着けなさい!」


 暴れてもペンダントを着けられて獣化を解かれた『でも捕まるか!』と、裸のまま部屋の中を、走り回ったのだけど、私の扱いに慣れたナターシャに捕まった。


「わぁっ!」

「お嬢様、ご覚悟!」


 彼女の巧みな手捌きでお風呂に入れられ、ドレッサーの前で可愛いドレスを着せられて、当家の馬車に放り込まれガチャリ、外鍵をかけられた。


「あぁ! いつの間にか馬車の外に鍵がついてる!」


 両親とナターシャが頑張るわけは、狼王子の婚約者候補になることは光栄なこと。

 誰もが王子の婚約者候補になれるわけではない、候補者に選ばれなくて悲しむ令嬢もいる。選ばれたのだから最後までしっかり務めなさいと言われた。


 私を見送りに来た両親と、ナターシャは疲れ切って入るが、一仕事が終わりみんなはいい笑顔だ。


「ミタリア、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、頑張るのだぞ!」


 両親は婚約者に選ばれて欲しいらしく、毎回頑張りなさいと言う。

 それに対して私は窓から叫ぶ。


「お父様、お母様、ナターシャも酷いにゃー!」


「いってらっしゃいませ、ミタリアお嬢様。お好きな桃のシャーベットを作って、お帰りを待っておりますね」


 桃……のシャーベット。


「……い、いってくるにゃ」


 私を乗せたは馬車は王城に向けて走り出した。

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