絵を食むぼく

初月・龍尖

絵を食むぼく

 

 ぼくらの世界は連続している。

 そして各人の選択によって分岐されている。

 分岐先は無限に広がっており今日ぼくらが住まう世界も一瞬で分岐の波に呑まれてしまう。

 そんな広がり続ける世界のひとつでぼくは細々と絵を描いている。

 誰の目にも留まらない様な絵だ。

 別に批評が欲しくてアップロードしてる訳ではない。

 ぼくはぼくの絵が好きだ。

 だからぼくがどこからでも見られる様にアップロードしている。

 それがそのサイトだっただけの事だ。

 

 ぼくはぼくの絵が好きだ。

 ぼくは、ぼくだけがぼくの絵を粉々に破壊していい。

 

 ぼくはぼくの絵が好きだ。

 ぼくは、ぼくだけが真っ黒く塗り潰しても、真っ青に塗り潰しても、ビビットな色に塗り潰してもいい。

 

 ぼくはぼくの絵が好きだ。

 ぼくは、ぼくだけが印刷したその絵を煮込んで食べてしまってもいい。

 

 ぼくはぼくの絵が好きだ。

 ぼくは、ぼくだけが縮まったその絵をもぐもぐと食んでいい。

 

 そんなに好きだったぼくの絵を今はちらりとでも視界に入れたくない。

 なぜそんな状態になったのかぼくには解らない。

 あれだけ好きだった絵を描いては眺め、食む行為を止めてから1年と半分になる。

 彼女が出来た訳でも無く、生活が変わった訳でも無い。

 ぼくらの選択は分岐を増やし世界を無限の無限乗に増やしている。

 ぼくが絵を食まないと言う選択肢を選んでも世界は変わっていない。

 ぼくも、多分だけど変わっていない。

 ただ時間だけがするすると流れて行く。

 食んでいた時と変らな景色が目の中に入って来る。

 ぼくが捻り出していた意識が全て仕事へと捧げられる事となった。

 身を壊すくらい根を詰めて働き強制的に休みを取らされ、今ぼくは暗い部屋でモニタを見つめている。

 開かれたウィンドウにはかつて描いた絵たちが表示されている。

 そうして見つめ続ける事体感1日。

 自分の中でナニカが土から腕を突き出した気がした。

 ぼくは心の赴くままに、猛烈な勢いを持って画像検索をはじめた。

 ぼくはもう、ぼくの絵が好きではなかった。

 画像検索をして目に留まった絵を片っ端から印刷する。

 そして鍋に印刷した絵を放り込み煮込んで味を調える。

 塩をひとつまみと粗挽きコショウ少々。

 辛みのある絵、苦い絵、甘ったるい絵、何度かみ砕いても飲み込みにくい絵。

 雑多に煮込まれたそれらをぼくは喉の奥へと押し込む。

 絵を印刷して煮込んで、それを何度も繰り返した。

 そうしてからぼくはひとつの絵を描いた。

 その絵はぼくの絵の中ではひときわプレビュー数が少ない絵だった。

 でもその絵はぼくのこれからを端的に表す絵だった。

 それは牛頭人身、いわゆるミノタウロスの様な姿のひょろりとしたイキモノが両手に抱えた絵を食んでいる絵だった。

 絵の題は勿論、『絵を食むぼく』である。

 

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絵を食むぼく 初月・龍尖 @uituki

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