或る列車

 門司港の渡船を降りて駅に向かうと2階建ての赤煉瓦が、線路に沿って寝そべるように横たわっている。

 これが九州鉄道本社である。

「汽車はどれもアメリカ製のようだな」

「あれを見ろ、やけに大きいぞ」

 指差す先には炭水車をいていない、いわゆるタンク式の真新しい汽車が停まっていた。


 動軸は3本、その前後に従軸が1本ずつ。運転台後ろには炭庫を背負っているが、少し大きい。

 目を引いたのは、ボイラーを挟む巨大な箱だ。その長さは動輪の端から端まで、高さはボイラーと同じだけあり、前方の視界を確保するためか、軽くするためか、前に向かって斜めに切り取られていた。

 側水槽だろうが、あれだけ大きければ炭水車を率いるテンダー式に匹敵するほど、長距離を走るに違いない。


「これはこれは、鉄道作業局の方ですか?」

 懐かしい声がする方に視線を向けると、私に気づいた仙石が「おやっ」という顔をした。

「久しぶりだな、大活躍じゃないか」

「達者にしていたか!? こっちは、見てのとおりだ!」

 大喜びで私の肩を叩く仙石を見て、同僚は私を連れてよかったと、安堵の笑みを浮かべていた。


「ずいぶん立派な汽車じゃないか」

「アメリカン・ロコモティブ社から今年買った。タンク式の小ささと、テンダー式の長距離走行を両立させたのだ。運転台の下にも水槽があるぞ。何両もの貨車を牽き、山坂も難なく登れるほど力が強い。どうだ、合理的だろう」

「しかし、5軸では重いだろう。線路は傷まないのか?」


 ギクリとするかと思いきや、ニヤリと笑う仙石である。

「これを本州で使わないか? 東海道なら軌道が強いだろう」

 ギクリとさせられたのは、我々の方だった。

 仙石は、国有化を目論んで汽車を買ったのだ。


「立ち話もなんだ、本社なかに入ろう」

と連れられた社長室で、仙石は茶が出る前に図面を広げた。

 今度は客車か、と思ったのは一瞬で、私たちは図面に目を奪われてしまった。

「凄い……何だ、これは……」


 どの客車も3軸台車を履いており、全長は20メートル弱、幅は2.7メートルほどあった。こんなに大きな客車は、見たことがない。

 窓は上辺がアーチ状の飾り窓、便所の窓は楕円で、ステンドグラスを使うことが見て取れた。


 二等車は半室が線路方向に付けられた20名分のソファー、もう半室は30名分の転換腰掛けが並んでいる。

 一等座席車は二等車と同様の配置だが、22名分のソファーには肘掛けが備わっており、転換腰掛けは定員16名とゆったりしている。

 食堂車のテーブルは23名分、うち4名分が特別席として区分されている。調理室も狭くはなさそうだ。

 一等寝台車は中央通路式で、それぞれの窓側に4組ずつ箱型座席が並んでいる。夜は椅子を下段寝台に、上段寝台は座席上から引き出すから定員16名……いや、端寄りに特別室があるから18名だ。その反対に喫煙室と給仕室が備わっている。

 最後は特別車だという。一端には展望デッキ、隣接する展望室に1人掛けソファーが8脚ある。その並びには2名用と4名用の寝台個室、食堂と調理室まで付いている。


「これをアメリカのブリル社に発注した。車軸に発電機を付け、床下中央に蓄電池を下げる」

「ブリルだって!? いくら何でも豪華すぎる……まるで御料車じゃないか」

「こんなものを、本当に走らせるのか!?」

 驚嘆した私の問いに、仙石は北叟ほくそ笑むばかりで答えようとしなかった。


「5両しかないのか? 使い勝手が悪すぎるぞ」

「安心せい、台車と台枠を25両分発注しておる」

「こんなに大きな客車を30両だと!? どれも3軸台車じゃないか! 重たいに決まっている!」

「本州ならば使い道があるだろう」

 これを鉄道作業局が引き継ぐというのか!?

 仙石め、ふざけるのも大概にしろ!!


「あの汽車も、この客車も、九州では持て余すのではないか!? それを発注して鉄道作業局に押し付けるのか!? 一体、何を考えている!?」

 私が荒らげた声に、仙石は動揺も怒りもせず、こんなことは予想の範疇と言わんばかりに、椅子に座ってふんぞり返った。


「これは私から鉄道作業局への提案だ。いつまで非力な汽車で、小さな客車を牽き、脆弱な線路を走らせるつもりか。欧米列強に敵うものを作れ、走らせろ、そして世界一の鉄道になれ」


 九州鉄道買収は、劇薬だ。

 しかし限界まで重く大きな車両を走らせるためには軌道強化が必須となり、それを成し遂げた暁には列車を安全に高速化することが叶う。

 豪華列車の運用が成功すれば、今後の車両製造や列車設定の指針となる。

 鉄道作業局は、新たな一歩を踏み出せるのか。

 仙石め、会社と一緒に喧嘩まで売っているな。


 観念したと両手を上げると、仙石は満足そうにニヤリと笑って、私もつられて口角を上げた。

「わかった、車両の担当者には私から話をつけておく」

「軌道と、それから運用もだ。鉄道作業局に期待しているぞ」


 私と仙石のやり取りに、おずおずとした態度で同僚が割って入ってきた。

「仙石社長。これだけの汽車や客車なら、高価でしょう? 買収価格を吊り上げるため、ブリルに客車を発注したと噂されているのですが……」


 すると今まで泰然としていた仙石が、はじめてギクリと顔を歪めた。

 

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