08話.[行動してしまう]
「みお? あれ……」
開けてくれたから入れたのに何故かリビングにみおがいなかった。
サチはソファの上にいたものの、寝ていたから起こすわけにもいかずにまた廊下に戻ることになった。
「あ」
よく見てみたらメインの部屋にした部屋の扉が開いている。
荷物でも取りに行ったんだろうと思って近づいたのが悪かったのかもしれない。
「ふっ、かかったな」
「え、ちょ、なんで閉めるんです?」
カーテンもしめているから物凄く暗い、暗闇が苦手じゃなくても不安になってしまうぐらいだ。
「残念だ、まさか本当になにもしてこないとはな」
「なにもしてこないって当たり前じゃないですか」
閉じ込められたぐらいでなにかをするわけがない、ましてや、みおだってこの部屋にいるんだから尚更のことだった。
寧ろこんな夜みたいに暗い場所でなにができると言うんだろうか?
「はぁ、戻ろう、サチに触れて癒やされたい」
「そうですか」
俺としてもああいう存在がいてくれた方がありがたいから賛成だった。
今日の彼女はおかしい、こういうときにひとりで対応すると喧嘩別れすることになるかもしれないから気をつけなければならない。
ちなみにサチはリビングにご主人様が移動した瞬間にソファから下りて足の周りをとことこし始めた。
「うみから聞いたんだ、結構楽しくやれているって、仲良くなれているってな」
「まあ、そのために先輩に近づいているわけですからね」
多分上手くいっていなかったら教えることはしていなかったと思う。
高嶋のことだから自分の中にだけ抑え込んで、きっと異変に気づいた彼女が聞こうとしたって笑ってごまかすはずだ。
そういうことは容易に想像できる、気づいたら不安になっている人間だから全てが間違っているということもないだろう。
「それなのにこっちの後輩はずっとこんな感じだ」
「え、楽しいですよ? それに仲良くなれているじゃないですか」
家に誘ってくれるようになったのもその証拠だろうに。
母なんて俺が彼女と過ごしてきたと言う度にハイテンションになるぐらいなんだ、だから言っている意味が分からない。
春休みになったことで学校にも行けずにひとりの時間が増えた結果、寂しくてこういう風に構ってほしくなったというだけなんだろうか?
風邪なんかを引いているということならいますぐにでも休んでほしいが……。
「……お前は私とそういう関係になりたいのではなかったのか?」
「最初はともかく、いまはそういうつもりで動いていますけど」
「その割にはお前、なにもしてこないだろうが」
ああ、って、名前で呼ぶことで勇気を使い果たしたとも言ったはずだぞ俺は。
情けないことを言っていないで大胆に来いということなら分からなくもない。
なんというか中途半端だからだ、それは俺でも感じていることだった。
「高嶋と先輩が思ったより進んでいて気になったということですか? でも、影響を受けて急いでもそれは本当の意味で仲良くなったとは言えませんよ」
「言い訳だな」
「いや、俺はみおのことを考えて――……どうしちゃったんですか」
倒されたこっちの腹の上でゆっくり休み始めるサチ、この瞬間になんとなくみおがああ言った気持ちも分かった。
流石にこの状況で休むというのはどうなんだ、関係ない立場だからこそだとは分かっているが逃げるとかしてもいいはずだ。
「そもそも一ヶ月に一回程度しかいられなかったのも気に入らない、どうしてお前は私を避けていたんだ?」
「避けていたんじゃなくて最初の頃は慣れない学校生活に対応しようと忙しかったんですよ」
ある程度慣れてからはもちろん近づこうとしたさ、だが、ちくりと言葉で刺してくることが多かったからすぐに自分から近づくことはやめた。
相性が悪いとまでは考えなかったものの、所詮春休みにちょっと話すことになった程度の俺らなんだなと分かったことになる。
「うみがいたからか、うみはにこにこと柔らかい態度で接してくれるもんな」
「それは事実ですね」
遅いとかそういうことを言ってきたことはあったが悪く言ってくることはなかったし、こっちがなんにも努力をしなくても近づいてきてくれたから。
「ちくちく言葉で刺してくる人間なんかよりよっぽどいいよな、なのにどうしてお前は私といるんだ? なんで私にしたんだ?」
「消去法じゃないですよ?」
「……当たり前だ、消去法なんかで選ばれてたまるか。だが、どうしてあんなに魅力的な異性が近くにいたのに私なんだ」
「悪いところをちゃんと指摘してくれるからです」
いま我慢しているなら戻してくださいと言っておいた。
あれは悪口じゃない、どれも俺には必要なことだった。
もし無理をしているということなら今後邪魔になるから駄目なんだ。
「ん? 我慢なんかしていないぞ? ただ高が変わったからだろう」
「え、そうなんですか?」
寒いとか言おうものなら「嫌なら出ていけ」とか言っていたんだぞ? 変わってからは寒いと言ってもなにも言ってこなかったのにそれはないだろう……。
だから今日はいつも通りじゃないということにしておいた。
「ほら、これを食べろ」
「ま、待ってください、食材だって本当に好きな人間に食べてほしいと思うんですよね俺」
「その言い訳は聞き飽きた、食材としても好きな人間が増えてくれた方がいいんだ」
恋愛関連のことじゃなくて変なことで頑張るようになってしまった。
母だって諦めたというのにこの人ときたら無駄に頑張ってしまっている。
野菜全般が嫌いというわけじゃないんだ、だからなにも嫌いな食べ物を食べる必要はないと思うんだ。
「私の作ったご飯を美味いと食べてくれたではないか、それならこれだって同じだ」
「無茶言わないでくださいよ……」
目の前で吐いていいということなら食べよう、だが、それはつまり食材を無駄にすることになるから彼女でもできない。
いいんだ、栄養失調で滅茶苦茶弱っているというわけでもない、敢えて嫌いな食べ物を食べなくてもなんとかできる環境があるんだから。
「それより俺達はしなければならないことがあるでしょう?」
「しなければならないことはこれだ、彼氏になるであろう人間がいつまでも好き嫌いばかりをしているようでは嫌なんだ」
女子側が飯を作るということが当たり前ではないが、なんか違う気がする。
仮に作ったとしても相手の好みに合わせた感じで――これは押し付けだろうか?
とにかく、嬉々として嫌いな食べ物を食べさせるのは違う、違うよな?
「はぁ、まあいい、それならこれを食べてくれ」
「え」
「私が言っているんだ、食べてくれればいい」
違う、そういうことを聞きたかったんじゃない。
せっかく作ったのにほとんど食べていない、これはおかしい。
「最近、量も減らしていますけどまさかダイエットとかしていませんよね?」
「……してない」
「駄目ですよ食べなきゃ」
女子はすぐに始めるから困る、ツッコミ待ちというわけでもないから質が悪い。
四十を超えている母でも気にしているから共通のことなのかもしれないが、正直、分かりやすく太っていなければダイエットなんて逆効果でしかない。
仮に自分の気に入らない肉があるのならこれまでみたいに歩けばいいんだ。
「俺らは春休みでも歩いているじゃないですか、そのうえで食べれば全く問題はありませんよ」
「……簡単に言うな、人間によって体質が違うんだから」
「みおは問題ありません」
他者からどう見られるかを気にしてそういうことをしているのに他者である俺が言っても聞いてくれないのが困りどころだった。
「結果としてお前のためにもなるんだぞ?」
「まだ春ですよ、見ることもできないじゃないですか」
夏まで続けたらガリガリになってしまうぞ、病的な感じになってしまったら魅力は半減どころの話じゃない。
なにより普通に話しているときでさえ顔とかの変化が気になってしまうはずだ、ここは友達として絶対に止めなければならない。
「だからそういうときのために私は――」
「駄目です駄目です駄目ですよ」
「……腹が立つなその顔」
「そんなの知りません、頭がいいのに馬鹿なことをするからです」
というか、そんなことを気にするのかと意外に感じているところだった。
そういうのは無駄に考えすぎた高嶋みたいな人間がすることだろ、で、彼女が「食べないのもよくないぞ」と止めるところなんだ。
それだというのにこんな結果で、初めてこの人に呆れたことになる。
「はぁ、食べればいいんだろ食べれば! 返せ!」
「どうぞ」
ただ、こういうところは何故か彼女らしいと感じた。
「もう作ってやらないからな!」
「ちゃんと食べてくれるならそれでいいです、そもそも当たり前のことだとは考えていませんから」
今日だって呼ばれたから来ただけで昼飯を食べさせてもらうつもりなんかなかったんだ。
作ってくれちゃったから食べるしかなかったというだけ、本当に期待して来たわけではないから勘違いしないでほしい。
「……もう一緒にいないからな」
「いつも通りでいてくれるならそれでもいいですよ。幸い、俺らは誰かさんがなにもしていないからノーダメージですよね?」
サチの頭を撫でてから彼女を見る。
これで終わりなら寂しいが仕方がない、嫌がっている人間のところに嬉々として行く人間ではないから普通のことをするだけだ。
「……冗談に決まっているだろう、食器を洗ってくるから待ってろ」
「みおがそう言うなら待っています」
ふぅ、冗談とはいえ唐突に終わらせようとしてくるところも質が悪い。
向こうへ行ってから今更ながらに心臓が暴れ始めた。
聞こえたのかどうかは知らないものの、珍しくサチが「にゃ~」と鳴いてこっちを見上げてきた。
「大丈夫だ、心配してくれてありがとな」
そうしたらまたいつもみたいに足の上で丸まって苦笑する、やっぱりこういうときだけは猫であるサチが羨ましかった。
「違うぞ高、サチはなにもできないお前に呆れただけだ」
「していいんですか?」
「適当にお前といるわけではない、あと、誰だって家に上げるわけではないぞ」
見つめ合って十秒、二十秒、三十秒、その間はどちらも発言しなかった、動いているわけでもないから絶妙な距離感のまま俺らはそうしていた。
結局、俺の方が負けて違う方を向いてしまったからいまどんな顔をしているのかは分からない、情けない……と呆れているような顔をしているかもしれない。
「ま、まあ、サチもいるところでやったら教育に悪いですし、仕方がないことです」
「そうか、なら私がやる。元々待つような人間じゃないんだ、言っただろ? 欲しい物ができたら手に入るまで行動してしまうと」
「つ、つまり?」
「お前はじっとしているだけでいい、私が全部してやるからな」
怖いから慌てて距離を作った、が、あっという間に詰められて駄目になる。
こういうときだけ俊敏に移動して逃げたサチは裏切り者だ、今回に限ってはご主人様の近くでとことこもしていないんだから卑怯だ。
「ほら、サチも空気を読んで離れてくれたぞ? いまなら自由にできるぞ?」
「じゃあこうします」
「……なんだできるじゃないか」
そりゃ相手のことを一切考えないでいいのであればできるさ。
いまみたいに抱きしめることだって、キスすることだって何回でもな。
マイナス思考をする癖も少しずつなくせていけている気がするからもう少し時間をくれればもっと彼女に似合う男になれる気がした。
「俺が求めるのはあくまで健全な関係ですからね。なので、飯を食べないとかそういうことも許可しませんから」
「はぁ、別にお前の人生ではないのに……」
「友達だからですよ、友達に無駄なことはしてほしくないじゃないですか」
彼女だって俺がそういうことをしていたらすぐに注意してきていただろう。
仕返しというわけではないものの、変なことをしているなら止めてやらなければいけないんだ。
「というか、サチが戻ってきませんね」
「私達がやることをやるまで戻らないようにしてくれているかもしれないぞ?」
「はは、もしそうだったらかなり賢い猫ということになりますね」
そういうのに敏感なのは現実の女子だけでいい、猫にまで空気を読まれたりしてしまったら微妙だから。
って、そうか、サチも女子だからそういうことになるのか。
つまり、全く当てはまらないということもないのかもしれなかった。
「俺達らしくゆっくりやっていきましょう」
「ゆっくりは嫌だ」
「わ、わがままですね……」
大胆に行動したらしたで「ま、まだいいだろう?」とか言いそうな人だ。
そういうところが容易に想像できる、いつでもポーカーフェイスで対応できる人ではないからきっとそうだ。
まあ、そういう差に俺も惹かれたわけなんだからそうであってくれないと困るということもあるんだがな。
「好き嫌いをして言い訳をしている人間に言われたくはない、だが、そういうところも可愛いからいいと言えばいいんだがな」
これもそうだ、どうしてすぐに可愛いとか言いがちなんだろうか?
格好良くはないから格好いいと言われなくてもそれは仕方がないことだが、可愛くもないのに可愛いと言われてしまうのは複雑だった。
あんまり言いたくないように弄られているとか? って、なわけない。
「私はもうお前を逃さないからな、ふふ、ふふふ」
「じゃあみおとずっといます、だって逃げたら怖い顔で追ってきそうですし」
……逃げたのに追ってくれなかったら悲しくなるし。
そういう点でも今更離れるなんてことはできなかった。
こういうところは弱くてよかったのかもしれない。
「よし、うみに報告してくる」
「じゃあ俺はサチと遊んでます――ん? あれ、いつの間にかいたのか」
「サチと一緒にいすぎだ、私も相手をしてほしいから連れて行くとしよう」
えぇ、じゃあここでなにをしていればいいんだよ。
考えてもやることが思い浮かばないから寝っ転がっておいた。
そんなときにふと衝撃を感じて目を開けるとサチじゃなくてみおだった。
「やっぱり付いてこい」
「はは」
「な、なんだその顔は」
「いいから行きましょう」
人間ではないが姉妹といられるんだ、行かないということはできない。
途中、サチと目が合ったからこんな感じなんだと言っておいた。
今回も興味がなさそうにこっちを見てくるだけだった。
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