07話.[絶対にそうなる]

「おお、許してないけど三年生になっても新水君と同じクラスでよかったよ」

「俺もだ」

「え、じゃあ新水君も私を許してないってこと?」

「勘弁してくれ、同じクラスになれたというところだけで判断してくれ」


 そういうちょっと面倒くさい絡み方は望月先輩にしてくれ。

 ただまあ、本当に同じクラスになれてよかった、同学年に友達と言えるのが高嶋ぐらいしかいないというのが影響している。


「私は望月とは離れることになったが、お前達みたいに『同じクラスでよかった』とか言いたかったな」

「ん? な、なんかトゲトゲしいですね……」

「なーに、別にうみが悪いわけではない」


 俺が悪いというわけじゃないからそうか、友として望月先輩から離れることになって悲しいということか。

 高校最終年だ、気持ちは分からなくもない。

 なんか可愛いな、意外とそういうところで引っかかったりするんだな。


「うみの気持ちがよく分かる、私も新水が許せないからな」

「おお、じゃあ仲間ですね」

「ああ、仲間だ」


 新水高という人間はいつまでも許されない人間なのかもしれなかった。

 したことがしたことだから高嶋からならともかくとして、どうして先輩がこんなに怒っているのかが分からない。


「高君は駄目駄目だね、その点、七端さんもうみちゃんも明るくていい」

「そりゃまあ女子と男子では扱いに差が出て当然ですよね」

「女の子でも誰だっていいわけじゃないよ?」

「当たり前じゃないですか」

「そうだね、だから君も七端さんにあんなことを言ったわけだからね」


 違うぞ、勝手にばらしてくれたのはこの人だ。

 俺はあのままスルーされても構わなかった、名前呼びができればそれで十分だったからだ。

 つか、名前呼びを許可してもらっても先輩呼びをしている限りはあんまり意味もないよなこれ……。


「む、その話詳しくっ」

「この人から別の場所で聞いてくれ、俺はみ……先輩と話があるから」


 あのときは呼べたのに情けない俺は呼べなかった。

 幸い面倒くさいのは連れて行ってくれたから一対一になってやりやすくなった。


「……気持ちは分からなくもないが複雑だ」

「え? どういうことですか?」

「む、お前は私にあんなことを言っておきながらなんだその意識はっ」

「ま、まあまあ、落ち着いてください」


 なんだ、そういうことだったのか。

 誰と会話しようが嫉妬されたことなんてこれまで一度もなかった、それなのに今回はこんな結果になった驚いている。

 別にそんなに悪くないってことなら……嬉しいとしか言えないが。


「嫌じゃないんですか?」

「……嫌ではない、が、調子に乗られるのは嫌だ」

「そりゃ誰だってそうでしょうね」

「だから気をつけてくれ、だが、遠慮は無用だ」


 と言われても俺にできることは名前で呼ぶぐらいだけでしかない。

 大胆なことができるのなら俺はもう去年の五月とかの時点で動いているところだ。

 この調子だとなにもしないと怒られそうだ、なにより情けないとか言われかねない状態だった。


「あー、残念ながらこの前のあれで勇気を使ってしまったんですよね、異性のことを名前で呼ぶだけで精一杯ですよ」

「言えばいいのにごちゃごちゃひとりで考えるからだろう? それに名前で呼んでくれたのはあのときだけだ」

「先輩呼びが楽でいいんですよね」

「私のことを名前呼びにすればわざわざ望月先輩と言う必要はなくなるぞ」


 お、それはいいかもしれない。

 正直、先輩が先輩なのに望月先輩と呼んでいるのは違和感しかなかったから。


「みお先輩」

「先輩はいい、私も高と呼ぶからそういうことにしよう」

「は、はい」


 一方通行ではなくて先輩――みおの方からもこうして歩み寄ってくれているというのが不思議だった。

 それこそ自分が言ったようにそういうことになってもおかしくないぐらいの時間を過ごしてきたからなのか?


「それでもとりあえずは戻らないとな、いつもと違ってまだ朝だ」

「ははは、じゃあ今日は俺の方から行きますよ」

「そうか? それなら待ってる、いつでもいいから来てくれ」

「はい、それじゃあまた後でよろしくお願いします」


 みおと関わることが増えてからも集中できなくなった、ということはなかった。

 集中したうえで一緒にいたり歩いたりしているから引っかからずにいられている。

 じゃあもっと分かりやすく関係が変わっていったら俺はどうなるんだろうか?

 それはそれ、これはこれと意識を切り替えてできるような人間なのか、まだ誰とも付き合ったことがないから分からない。

 悪い方に考えても仕方がないからできると考えておこう。

 今日は体育や移動教室がなかったからずっと教室だった。

 窓際でも廊下側でもないから黒板に意識を向けたり机に意識を向けたりしている内に授業は終わっていった。

 発言した通り、みおのところに行ってみたら普通に対応してくれて変わったんだななんて感想を抱いたぐらい。


「簡単に変わるなあ」


 いい方へだから気にしないでおくことにした。




「ふふふ」

「もしかして複雑なんですか?」

「えー? こんなに楽しそうにしている僕を見てよくそんなことが言えたね」


 俺だったら複雑になるというだけの話だった。

 振った相手が特定の男子と仲良くしている、先に出会っていたのに、こっちを振ったのにって絶対にそうなる。


「複雑なんかじゃないよ、だって僕のところにはうみちゃんがいてくれているから」

「高嶋か」

「うん、本当にありがたいタイミングで来てくれたよ」


 だからってやっぱりすぐにどうこうできることじゃないだろ。

 あ、だからこそ高嶋がこのタイミングで来てくれて嬉しかったということか。

 すぐに理解できない人間だからこういうことになる、これも学生中にはなんとかしておきたいことだった。


「というか、なんで俺と先輩のふたりだけなんです?」

「そんなの七端さんがうみちゃんと遊びに行っているからだよ」

「だからって俺達が集まる必要はない気がしますが……」


 先輩と仲良くしたところで高嶋が困ったときに行動できるというわけじゃない。

 最初に大きな失敗をしたせいで次と動くのがちょっと怖くなっているんだ。

 それにまだ許してないらしいからごちゃごちゃ考えつつも表に出さずに見ておくことが一番――と、言い訳をしているだけなんだろうか?


「初対面じゃないんだから仲良くしようよ」

「まあ、損するわけじゃないですからいいですけどね」


 先輩は何故かこっちの頭に手を置いてから「七端さんいるときに邪魔をしたりしないからさ」と言ってきた。


「そういうことを言われれば言われるほど、まだ気持ちがあるんじゃないかって思えてくるんですよね」

「ないよ、もちろん捨てるまでは好きだったけど」

「そうですか」


 何度も言っているからそうなんだろう。

 しかし、だ、高嶋もなんでこのタイミングでみおと遊びに行くんだ。

 別にみおといられなくて寂しいということじゃない、どうして先輩と一緒に過ごして仲を深めないんだと言いたくなるんだ。


「乾杯」

「……もう三度目ですよ?」

「いいじゃないか、注ぐ度にしたって」


 一回だけで十分だ、いや、しなくたっていいぐらいだ。

 飲食店内は賑やかだった、こうして黙っていても気にならないぐらいにはだ。

 会話がなくても気まずくないというのはいいことなのかもしれない。

 まあ、先輩がこうして緩い感じでいてくれるからなんだろうが……。


「先輩はどうか知りませんけど、俺、先輩のこと嫌いじゃないですよ」

「おお、そっかそっか」

「この前はすみませんでした、そういえば謝っていなかったことを思い出しまして」

「僕はうみちゃんにあんなことを言ったことの方が嫌だったけどね」

「はは、なんか先輩らしいですね」


 と、決めつけてしまうのはよくないか。

 色々我慢しているはずだ、理想像みたいなものを押し付けてはならない。


「すみませんって思うならこれからもなにがあったか教えてね」

「Mなんですか? そんなの聞いたって少しも――」

「聞きたいんだ、大丈夫、僕らのことも教えるから」

「え、いいです……」


 高嶋のことを狙っていたわけでもないし、仮に狙っていたんだとしたら最悪の時間になるだけだからいらなかった。

 自由に仲良くしてくれればいい、そして俺がこんなことを考えなくても他者は勝手に仲良くするというもんだ。


「いらっしゃいませ」


 なんだ、遊び終えた後はここに来るように約束をしていたらしい。

 何故か同じところには座らなかったが、横に座ったから距離は近かった。


「あれー? まさか同じ高校の生徒と会えるなんてー」

「はは、うみちゃんは演技が下手だね」

「うっ、もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃん」


 敬語はやめているみたいだ、絶対にこの目の前の人が求めたな。

 高嶋に話しかけるなと言われていたのか、緩い感じになった瞬間にみおもこっちに話しかけてきた。


「うみはちょっと面倒くさいところがあるが、望月からすればそういうところも可愛いのかもしれないな」

「確かにうみちゃんは可愛いね、面倒くさいというところには触れないでおくよ」

「そ、そういう言い方をされると怖いよ……」


 それよりちょっと離れているから面倒くさい、あと、いちゃいちゃを見たいわけじゃないからそろそろ帰ってもいいだろうか?

 ここは空気を読んで金を置いて退店することにした、どうせ帰るとか言うと先輩が止めてくるだろうからだ。


「ナイスだ高、私も帰りたいと思っていたところだったんだ」

「みおは残ってもよかったんですよ?」

「おいおい、私にひとりでふたりが仲良くしているところを見ろと言うのか?」


 俺達は特別仲がいいというわけではないが、これは一応先輩のためでもあった、気持ちは捨てていても振られたということには変わらないからだ。


「それとな、今日も歩かないといけないんだ」

「はは、そうですか」


 じゃあ今日もそれなりに歩こう。

 三月と違っていい点は暗くなるまでの時間が更に伸びたことだった。




「よいしょ……っと、ふぅ、重かった」

「手伝うって言ったのに聞かないからじゃないですか」

「自分の部屋の片付けをしているんだ、自分でやるのは当たり前だろう」


 このタイミングで呼ばれて手伝わないなんてことはできない。

 だから俺は床を掃いたり拭いたりしていた、運ぶと言っているのに聞かないから仕方がないことだった。


「それより、また一気にやるんですね」

「ああ、もう一部屋貰えることになったからな、そっちをメインにしようと思ったんだ。理由は一階の方が楽だからだ」


 トイレは一階と二階の両方にあるから単純に移動距離を気にして、だろうか?

 寝ぼけているときに階段を下りなくていいというメリットは確かにある。

 ……寝ぼけているみおか、髪の毛がぼさぼさしていたりするのか?


「でも、二階の部屋の方が雰囲気がいい感じですけど」

「あの部屋は駄目なんだ、勝手に来てしまうからいつも心配になる」


 別にこの部屋だろうと足元をとことこ歩いているから意味はないと思うが。

 名前はサチ、マルと会わせたらどうなるのかってことがいまは気になっている。

 ただ、こっちはもうじっとしていられないという感じである意味、バランスがいい気がした。


「サチ、リビングに行っていてくれ」


 飼い主の言うことを聞かないところは共通点か、そしてこっちにも優しいところも共通点だと言える。

 もう掃き掃除も拭き掃除も終えたからリビングでサチと遊んでおくことにした。

 足の上にだって乗ってくれるからのんびり休憩と答えるのが一番だが。


「可愛い子だ」

「私は少し心配になる、誰が来ようとその調子で近づいてしまうから」

「でも、家から出すわけじゃないですし、家に入れるなら一応それなりに信用しているはずですよね?」

「そうだな、だが……」


 お客が猫アレルギーだったりする場合は困ってしまうということか?

 扉が閉められた状態でもサチが自由に行き来できるようにしてあるからこその問題というやつがあるのかもしれない。

 あ、そういうことじゃなくて自分達以外にも懐いてしまうところが気になってしまうということなら分からなくもない。


「まあいい、手伝ってくれてありがとう」

「やめてくださいよ、俺なんてほとんどない埃を掃いたぐらいですから」

「いまからご飯を作る、だから食べてくれ」


 こっちでも当然のように手伝うことは許可されなかった。

 ああ言われても未だに弁当を自作していないところから判断したんだろうか。

 味付けはともかくとして、食材を切るぐらいはできるんだが……。


「二階の部屋はどうするんです?」

「あまり使わない物を置こうと考えている」

「意外と物欲というのがあるんですね。何度も往復していましたし、みおは意外なところばっかりですよ」

「私は我慢しきれないんだ、欲しい物ができたら手に入るまで行動してしまう。それがまあ、全部が全部悪いことだとは言うつもりもないが」


 こっちは物欲がないのに弱いせいでどんどんと金を使ってしまっている。

 こっちは悪いことだとしか言いようがない、少しはそういう力に頼らずに頑張ろうとできないところも微妙だ。

 付き合いたいじゃなくて名前で呼べるだけでいいとかで抑えてしまうのも情けないというか……。


「できたぞ」

「あ、運ぶの手伝います」


 美味そうだ、食べたい気持ちとこういう風に作ってみたいという気持ちがある。

 もし作ることができるようになれば母のために動けるし、みおに食べてもらうことで勝手に近づいてくるような環境を構築できるかもしれない。


「「いただきます」」


 まあ、実際のところは俺がこの作ってくれた飯を食べたくてみおの近くに行く、ということになるんだが。


「美味いです」

「なるべく濃い目にしたんだ、濃すぎないか?」

「はい、絶妙な感じでいいですよ」


 美味い飯に足の上にサチが乗ってくれているという最高の時間だった。

 だが、もっと分かりやすくこっちもみおのためになにかをしたかった。

 彼女がこっちのことを求めてきていたのであれば一緒にいるだけでそういうことになるが、残念ながらこっちが求めた側だからその点での期待はできない。


「俺、どうすればみおのためになにかができるんですかね」

「はは、それも本人に聞くのか?」

「考え込んでも悪い方に傾いていくだけですから」


 これからはいつでもこうしよう。

 これもまた直視しないようにしているだけではあるが、直視しすぎて自滅はしたくないからだ。


「そうだな……あ、一緒に歩いてくれればいい」

「それは俺が好きだから行っているだけです、もっとこう……」

「私も好きだということだ、それで十分だろう?」


 駄目か、これは延々平行線だ。

 分かってくれてない、そんなのは彼女のためにできているとは言えない。

 全く意識していなかった俺の行動でどうこうならいいが、いまも言ったようにその時間が好きだから駄目なんだ。


「ごちそうさま、洗い物は任せてください」

「駄目だ、高はお客さんなんだからゆっくりしてくれればいい」


 め、目がガチだ、……サチでも愛でてゆっくりしていよう。

 それでも常識として流しまでは皿とかを持っていった。

 が、俺とみおが動いたことでサチはみおの方に移動してしまった。

 ご主人様の足の近くでとことこ歩いていることが好きなようだ。


「……サチはまだ分かるが、どうしてお前もそこにいるんだ」

「ここじゃないとサチもみおも見られないじゃないですか」

「わ、私は見なくていい、サチを連れてあっちでゆっくりしていろ……」


 どっちも振られて力なく戻ることになった。

 一定の距離離れると意識から消えるのかまたこっちの足に座ってくれている。


「振られたんだぞ?」


 一瞬こっちを見て、すぐに興味をなくして丸まっただけだった。

 みおとはいつだっていられるから珍しい存在といることの方が優先なのかもしれなかった。

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